第三章

第1話(改)

「アニキー」


 座卓に突っ伏した陽向が陽仁におねだりをする。


「スマートフォン欲しい」


 陽仁は座卓の上の食器類を片付けながら、妹の中学生らしいわがままを受け流す。


「駄目だ。携帯電話があるだろ」


 陽向がぶすっとして頬杖をついた。


「だってさー、他の子はみんなスマホなんだよ? みんなでSNSチャットしてるんだよ。仲間に入りたい」


 陽仁が手を休めて聞き分けのない陽向に言い放つ。


「うちはうち。自分でバイトできるようになってからにしろ。それに学校で話ができるのにチャットとか必要ないだろ」


 陽向が自分の携帯電話を取り出した。


「でもそれは学校で話せないこととかプライベートなこと話すから……。電話の代わりもできるし、ネットで電話ができるんだよ」


 陽仁が食器を持って立ち上がる。陽向も残りの食器を持ってついてくる。


「だからさ、ね、いいでしょ?」


「何がいいのか、わからん。ネットならパソコンがある」


「パソコンは外で使えないじゃん……。あたしは外で使いたいの!」


 駄々をこねる陽向を無視して、流しの食洗機に汚れを洗い流した食器を入れていく。


「駄目なものは駄目」


 陽向が口を尖らせる。


「アニキのケチッ」


「はいはい、ケチで十分です」


 その間中、晶良はテレビを見ている。この兄妹のじゃれあいはいつものことだ。

 お茶を持って座卓に戻ってきた陽仁に、陽向はまだ言い募っている。


「学校で噂になってることとか、先生に聞かれたらいけないこととか、チャット友達に入れなかったら学校で無視されるんだってば」


「そういう器の小さいガキは上から目線で馬鹿にしてろ。それに先生に話せないこととか聞かれたくない話を隠れてするな。それから噂とか信じるな」


 聞く耳を持たない陽仁を陽向が舌を出して怒ってみせる。


「あたしが学校でいじめられたら全部アニキのせいだからね! それに噂の写真も見せてあげない」


「写真まで出回ってるのか」


 陽仁が呆れる。子供の噂なんてたかが知れている気もするが写真によっては消去しなくてはならない。


「見せてみろ」


「ほら、アニキだって興味あるじゃん」


「それとこれは違う」


 陽向が取り出した画像を覗き込む。そこには白く塗られた壁に黒い焦げた影が映っていた。人影よりも薄くまだらで、タバコをもみ消したような跡を点描で人形ひとがたにした感じにも見え、強いて言うなら焼身自殺した後の焦げ跡のようだ。


(どこかで見たことあるな……)


「ね、気味が悪いでしょ?」


 日向のことを無視して、陽仁は頭に収まってる記憶を探った。そして数日前に高級クラブで見た黒い焦げ跡を思い出した。


「ちょっと貸せ」


「あ、何すんの!」


 文句を言う陽向を尻目に、陽仁はテレビを見ている晶良に呼びかける。


「晶良、ちょっとこれを見てくれ」


 ドラマを見ていた晶良が振り返り、言われた通り陽仁が差し出した携帯電話の液晶画面を覗き込んだ。

 しばらく黙った後、静かに言った。


「これ、どこの写真ですか」


 晶良ラブな陽向が身を乗り出して晶良に言った。


「学校。うちの学校の新校舎の壁にこれが今月に入ってから浮き出たんだよ。これの幽霊を見たって人もいるんだ」


 晶良はじっと画面に見入ったまま黙っていたが、やがて口を開いた。


「あの時の人形と同じですね」


「ああ」


 陽仁が答えた。


(どうして学校に?)


 その疑問を晶良が代弁する。


「なぜ学校にあの焦げ跡があるんでしょうね。泥蛆が湧いている様子もないし……」


 急に陽向の眉が曇る。


「何? 晶良ちゃんの仕事と関係あるの?」


 陽仁と晶良は顔を見合わせる。陽向に聞くべきかと晶良が目配せしてきた。

「なぁ、もっと噂話ってないのか。なんか変なこととか」


 陽向が陽仁のほうを見ずに晶良に向かって答える。


「最近、学校に来なくなる子が多いみたい。あと、家出していなくなった子とか」


「そういうのはどこの学校でも普通にあるんじゃないのか?」


 陽仁がそう言うと陽向が眉をひそめて兄を睨む。


「じゃあさ、ひとクラスに二、三人いなくなったり学校来なくなったりって普通にあるの?」


 それを聞いて晶良がテレビから離れる。


「その話、もう少し詳しくできますか?」


 すると、陽向が唇を突き出す。


「だからその話、スマホでないと聞かせてもらえないんだってば」


 そうなると陽仁も考えざるを得ない。けれど、スマホは使用料金も高い。中学生に持たせられるような代物ではなかった。


「しゃあない。俺がスマホを買って使う。お前は携帯電話を使え。その代わり、変なことには首をつっこむなよ」


 それを聞いて陽向が目を輝かせる。


「ほんと? やったー!」


「でも家に帰ってからしか扱わせない」


 陽向が頬を膨らませた。


「ちぇー」


 お茶をすすりながら、陽仁が陽向に告げる。


「その代わり、勉強がおろそかになったら使わせないからな。お前、都立に行くんだろ」


「う〜」


 陽向が悔しそうに唸った。

 医者か弁護士を目指している陽向は自力で自宅学習をしている。もともと頭がいいのか成績は上位だ。授業料の安い都立か国立を目指しているのだ。別に押し付けられた目標ではない。陽向が自分から言いだしたことなのだ。

 だから陽仁に言い返せず、押し黙ってしまった。


「スマホってどんなのですか?」


 そう言われてみれば陽仁もスマホがどんなものかわからない。


「携帯屋に行って聞けばいいだろ」


「あたしもついて行くー」


 と言うわけで次の休みに三人で携帯ショップに行くことになった。





 土曜日の午後、三人でスマホを選ぶために携帯ショップへ行ってみて、陽仁は愕然とした。


「たけぇ……」


 使用料金、携帯本体代金、インターネット接続代金。今使っている携帯料金の優に三倍はする。それでも一番安いプランだと店員に言われた。横でぼんやり店内を見回していた晶良が店員に聞く。


「携帯電話端末代金を先に払ったら安くなりませんか?」


「月に千五百円ほど安くなりますね」


「それでも四分の一しか安くならないな……」


「じゃあ、経費で落とせばいいんですよ。あれってなんでもいいんでしょう?」


 そう言われて陽仁は晶良に言った。


「なんでもじゃないけど……仕事以外に使う可能性あるぞ?」


「でも今回は仕事の一環として使うんじゃないですか」


「まぁ、そうだけど……」


 どこか納得できないまま、晶良が契約し携帯電話端末代金を先払いして契約を終えた。


「電話番号が変わらなくてよかったですね」


 晶良がニコニコして言った。


「やった、これでチャットできる!」


 喜んでる妹を見やり、陽仁は複雑だった。


(もし、チャットなんかさせて陽向がこの焦げ跡の原因に関係したら……)


 それだけが心配の種だ。

 とにかく、原因を探れば、柘榴が発見したものや一連の流れで発見した焦げた跡の謎が解けるかもしれないと思った。





 結局、陽仁と晶良は例の失踪した高級クラブの経営者について調査をすることにした。これで何がわかると言う保証はないが少しでもヒントがあるかもしれないと思った。

 オーナーの鳥羽に連絡を取ると、事務所の女性に彼は失踪したと言われた。


「どう言うことですか? 二週間前にお会いしたばかりなんですけど」


『あのぅ、そちら様で何かお心当たりはございませんか?』


 晶良が隣で聞いていて、通話を代わってくれと頼んでくるのでスマホを渡した。


「あの、清掃の依頼を受けていたものなんですが、失踪したって言うのはいつごろなんですか?」


『一週間前でしょうか。自宅にも連絡したんですけど』


「あの、御社でお話を伺っても構わないですか?」


『社長にちょっと聞いてきます。しばらくお待ちください』


 女性が受話器を保留にした。


「鳥羽さんが失踪か……。どう言うことなんだ?」


「さぁ。事務所に行ってみて関係があるかどうか確かめるしかないんじゃないでしょうか」


「そうだなぁ」


 電話口に戻ってきた女性が『明日、社長がお会いできる』と伝えてきた。

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