第5話(改)

「晶良ちゃんのお友達さん。あれを上げる代わりに代償を欲しいの。誰かに物をただでくれっていうのはとっても失礼なことよ?」


 陽仁はかしこまって正座をする。


「はい、そのとおりです」


「代償をくれるって先に約束して」


「あの、どんな代償なんですか?」


「上げてから教えてあげる」


「い、命とかじゃないですよね……?」


 陽仁は用心して訊ねた。

 それを聞いて、瑪瑙が愉快そうにコロコロと笑った。


「まぁ、わたしそこまで悪魔じゃないわ」


 それから首を傾げるようにして、陽仁に告げた。


「仕方ないわね、特別に教えてあげる。五回術を使うごとに一匹、泥蛆を持ってきて」


 陽仁は驚いて口を開けたまま返事をするのも忘れた。


「瑪瑙姉さん、陽仁さんにまで泥蛆を捕まえろなんて無理です。鍛錬すらしてないのに!」


 晶良が膝立ちになって声を上げた。


「できないなら渡さない」


 瑪瑙が可愛らしく口を尖らせた。

 陽仁は黙ったまま考え込んだ。

 あの、屍人しびとさきがけとも言える泥蛆をどうやってつかまえるというんだろう。それ以上に泥蛆を捕まえて何をするんだろう……?


「持ってまいりました」


 無名が手に黒いものを持って部屋に入ってきた。そしてうやうやしくそれを瑪瑙に手渡す。


「これが、あなたの欲しいものよ」


 つまむようにして黒いものを取り上げた。

 それ何の変哲もない手甲てっこうだった。


「これには五つ術式が編んであるの。一つ使うごとに一本ずつ指の感覚がなくなるからわかるわ」


(それでも十分代償じゃないか……)


 瑪瑙はニコニコしながら続ける。


「それでね、その五つの術式のうちに泥蛆を一匹捕まえられなかったら、指の麻痺を治してあげないことにしてるの」


 晶良が眉を顰めて陽仁に言う。


「これで何人か佐伯のものが駄目にされたんです」


「駄目?」


「この代償のせいで術法が使えなくなったんです」


 不思議そうに瑪瑙が反論する。


「あら、だって、泥蛆を捕まえられなかったんだもの。当たり前じゃない。自分が持っている以上の力が欲しいなんて、贅沢よ」


 そして、ニッコリ微笑んで手甲を陽仁に向けた。


「それで、欲しいんでしょ?」


 陽仁は用心して念を押した。


「泥蛆を一匹でいいんですね。それで晶良の助けができるんですね?」


 クスッと瑪瑙が笑う。


「そうよ。晶良ちゃんを守るんだから、このくらいの代償は当たり前だわ」


 陽仁はつばを呑みこみ、彼女が言葉を聞いて考えたことを口にする。


「あの……俺の指は十本あります。十回使っても一匹捕まえたら麻痺を治してくれますか」


「まぁ、素晴らしいわ。この人間、晶良ちゃん思いね! そうね、晶良ちゃんのこともあるからそれでもいいわ。これって特別なのよ?」


 瑪瑙が手甲を無名に渡す。それを無名が陽仁に差し出した。陽仁は手甲を受け取って眺める。


「これでどうやって泥蛆を捕まえるんでしょうか? まさか手づかみ?」


「いいえ、その手甲は妖し世に繋がっているの。そこを通って、わたしの所に届くようになってるのよ。術を使うときに泥蛆に向ければいいわ」


 陽仁は胸をなでおろした。それなら自分でもできそうだ。ホッとしたのもつかの間、晶良が付け加える。


「瑪瑙姉さん、大事なことを伝えてないですよ」


 すると、瑪瑙が面白くなさそうに頬を膨らませる。


「晶良ちゃんって、いつからそういうふうに生意気になったのかしら。小さいころはわたしの言うとおりにしてたくせに」


「大事なこと?」


 陽仁が尋ねる。


「陽仁さん、たしかに泥蛆は妖し世へ行きます。でもそこから姉さんのところへはいかないんです。姉さんは妖し世に転移した泥蛆を自分のもとまで持ってくることを条件にしてるんです。それができなかったから、佐伯のものは駄目になったんです」


「は?」


(あの妖し世からここに持ってくる?)


「無理に決まってるじゃないか」


「じゃあ、それを返して」


 瑪瑙が手を出してくる。

 陽仁が困り果てていると、晶良が耳打ちした。


「青嵐に運ばせててもいいですよ」


「ズルは駄目よ、晶良ちゃん」


「晶良、この術はここ一番ってときに使うようにする。そうすれば、十回はお前を助けられるだろ?」


 晶良が眉尻を下げる。


「陽仁さん……」


「仕方ない。ただで力が手に入るなんて調子いいこと考えてた俺が悪い」


「そこまでしなくても、僕が陽仁さんを守ります」


「何言ってんだ、お前、岡山で死にかけたの忘れたのかよ」


 岡山で化物と対峙たいじしたときに、晶良は自分の力を使って一度死にかけた。その時、陽仁は何もできなかったのを今でも悔やんでいる。最後の最後まで自分は晶良のお荷物でしかなかったからだ。


「何を言っても駄目ですか?」


「ああ、俺はお前の相棒だからな」


 晶良が悲しそうに陽仁を見つめる。


「ねぇ、それであなたはこれが欲しいの? どうなの?」


「ください」


 陽仁はそう言って瑪瑙を見据えた。

 瑪瑙が楽しそうに笑う。


「どうなるかしら? 楽しみね」


 晶良が深くため息をつき、言った。


「それで、瑪瑙姉さんは今回なんの用で僕を呼んだんですか?」


 瑪瑙が思い出したように両手を胸の前で合わせる。


「あのね、晶良ちゃんがわたしのことを話題にしてたから会いたくなったの」

 晶良が静かに言葉を返す。


「また、僕を見張ってたんですね」


「だって晶良ちゃんのこと、大好きなんだもの」


 最後に、瑪瑙は悪びれずに答えた。





 帰りも妖し世を通って帰ることになり、無名が提灯をげて伴ってくれた。

 妖し世はいつでもほの暗く、夜が明ける前、もしくは日が暮れる直前のように見える。


 帰り際から晶良が珍しく怒っているのか一言も口を利いてくれない。なぜ怒っているのか陽仁にはわかっている。瑪瑙の無茶な代償と引き換えに手甲を手に入れたからだ。


「いつまでも怒ってないで機嫌直せよ」


「怒ってませんよ……」


 そう言いつつも晶良の顔はよそを向いている。陽仁は困り果てて頭を掻いた。

 ずいぶん歩いたころ、辺りが騒がしくなり、暗がりのなかから声が聞こえてくる。


「うまやくれ、うまや」


「お前か」


 陽仁が今朝見た山童を思い出した。


「お前今朝全部食っただろ」


「うまや……」


「人のもの勝手に食ったくせにまだ欲しがるのかよ」


 そこまで言って、陽仁はふと思った。一つ目の弁当を食べたとき、晶良は山童に「いたずらはなし」と言いつけていた。そして実際にいたずらはされなかった。


 しかし、陽仁が結果的に二つ目をやったとき、自分は何も言わなかった。

 そのことがなぜか瑪瑙の言ったことと重なった。


「ただで物を欲しがるのは贅沢だ。代償が必要だ……」


 何気なく呟いた。

 声が答える。


「うまやくれ、なんでもする、うまや」


 ハッとして陽仁は立ち止まって山童に言った。


「うまやをただでやっただろ。これからも欲しいか?」


 晶良が驚いて陽仁を止めた。


「妖かしと取引なんてしちゃ駄目です。面倒ですよ」


「この場合、面倒でもなんでも必要なんだ」


「必要って?」


 晶良が不思議そうな顔をした。


「おい、うまやをやる代わりに俺の言うことを聞くか?」


「きく、きく」


「俺がここに泥蛆を放り込んだら、それを瑪瑙って人の所に届けてくれるか?」


「めのー……」


「妖かしが好きな瑪瑙だよ」


「しってる、めのーしってる」


「そこに行けるか?」


「いけるいける」


 陽仁は声を潜めて晶良に尋ねる。


「ほんとに知ってるかな?」


 すると、代わりに無名が答えた。


「知ってます。妖し世とあの住まいは繋がっておりますから」


(やっぱり……)


 陽仁は改めて山童に話しかける。


「俺は十回、お前に弁当をやる。そのたびに泥蛆を瑪瑙さんのところに届けるんだ」


「まことか、じっかい。うまやくれるか」


「やるよ」


 晶良が手を額に当てて呆れたようにため息をつく。


「契約完了しちゃいましたね……。陽仁さん、妖かしは数なんかわからないですよ。十回なんて、通じないんです。一生あの山童にお弁当を上げることになりましたよ」


 陽仁が驚いて晶良を振り返る。


「マジか?」


「だから知らないですよって言ったじゃないですか」


 ふたりと一体は無事に妖し世を通り、晶良のペントハウスまでたどり着いた。

 もう昼ごろかと思ったら、まだ外は薄暗かった。夕暮れかと思ってデジタル時計を見ると、午前四時のままだった。

 その時に無名が言った。


「山童のためにここに穴を残しておきます。主の約束、くれぐれもお忘れなきように」


 そう言って彼は妖し世の向こうへ去っていった。


「これだから陽仁さんは……!」


「いいじゃないか。弁当くらい毎日お供えするさ。どうせお前の飯のついでなんだし」


 また深いため息を晶良がついた。

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