月影にくぢらの歌や通ふらん

 月影つきかげにくぢらのうたかよふらん


【季語】

 くぢら(冬)


【語釈】

 月影――「1 月の形。月の姿。月。2 月の光。月のあかり。月光。3 月光に照らされて映る人や物の姿」(デジタル大辞泉)。

 通ふ――ここでは「交差する。入り交じる」(デジタル大辞泉)。

 歌や――はここでは疑問・反語の助詞。


【大意】

 このような夜には、くじらの歌う声が月の光に響きあっていることであろうか。


【補説】

 月光に鯨の歌声が通う趣向は、斎宮女御さいぐうのにょうご徽子女王きしじょおう。929-985)の古歌「琴の音に峰の松風通ふなりいづれのおより調べそめけむ」や、初唐の詩人李嶠りきょう(645-714)の「風」と題された詩の一節「松声しようせい夜琴やきんに入る」を参考にしている。せっかくなのでいまここにその詩の白文(原文)と訓読文(書き下し文)を掲出したい。


 落日正沈沈  落日正に沈沈ちんちん

 微風生北林  微風北林に生ず

 帶花疑鳳舞  花を帯びてほうの舞ふかと疑ひ

 向竹似龍吟  竹に向かつてりゆうの吟ずるに似る

 月影臨秋扇  月影げつえい秋扇しうせんに臨み

 松聲入夜琴  松声夜琴に入る

 蘭臺宮殿下  蘭台宮らんだいきゆう殿下てんが

 還拂楚王襟  かへつて楚王そわうの襟を払ふ


 なお、「捕鯨」「鯨汁」も冬の季語の由。


【参考句】

 雁門がんもんや鯨さばしる五月雨さつきあめ 露沾ろせん

 菜の花や鯨もよらず海暮ぬ 蕪村

 十六夜いざよひや鯨来めし熊野浦 同

 突留た鯨や眠る峰の月 同

 既に得し鯨や逃て月ひとり 同

 鯨売市に刀をならしけり 同

 暁や鯨のゆる霜の海 暁台きょうたい

 こがらしに鯨潮吹く平戸かな 夏目漱石


 山おろし一二のもりののぼりかな 蕪村


 をのをのの喰過がほや鯨汁 几董きとう

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