第202話お母さん! 母と魔女⑤

 俺は曾爺さんの記憶の中を垣間見る。

 曾爺さんの思い出の中にはいつもレインと呼ばれる金髪の幼女とエゼキエルと呼ばれるエルフがいた。

 曾爺さん達は旅をしていた。

 圧政が続く国に行っては統治していた代官を倒し、捕虜として捕まっていた人々を救ったり。

 謎の病気が蔓延する村に生き、病気の元凶を見付けて村を救ったり。

 記憶の中の曾爺さん達は強き者に立ち向かい、弱き者を助ける。

 善人であった。


「曾爺さん達が良い奴等だったのは十分分かったよ。で、力を奪ったって言うのはどういう事だ?」


 そう。本題はそこである。


『次だ。少しグロイ映像だから注意しろよ』


「ん?」



 ◇ ◇ ◇



 曾爺さんの発言の直後、再び、映像が切り替わり、目の前には腹部から大量に出血し、雨の森の中で倒れているエゼキエルの姿があった。


「うっ______。マジかよ」


 エゼキエルの呼吸は荒く、雨雲をジッと見つめ、動かない。

 記憶の中の映像だというのに、辺りに満ちた火薬の匂い雨に打たれた土の匂いが鼻についた。


『エゼキエル!!! エゼキエル!!! どこだ!?』


 曾爺さんの声が遠くから聞こえる。

 エゼキエルは長い耳を器用に動かし、曾爺さんを呼ぶように口をパクパクと開く。

 しかし、周囲に響く爆発音と激しい雨音が相まってか、エゼキエルの声はかき消された。


『エルフの王よ。後、数分で君は死ぬ。死は怖い?』


 暗闇の中から赤毛の10歳くらいの少年が突然、姿を現し、倒れているエゼキエルに対して話しかける。

 麻布で出来た服に身を包み、まるで平民のような格好をしているが、少年からはただならぬ殺気______狂気が感じられた。


『あ、あなたは一体......。何者です......。か......』


『僕? そうだなぁ。この世界の神様とでも言っておこうか』


『か、神様......。う、嘘よ......。神様がこんな酷いこと......』


『神様って言っても邪神なんだけどね。数百年万年も良い神様演じているのも飽きちゃうんだよね~』


 赤毛の少年はケタケタと笑う。


『......邪神ロイス。経典に書かれていた......。裏切り者......』


 ______ドン!


 感情が露になったロイスはエゼキエルの顔面スレスレを殴り、地面を抉った。


『裏切り者なんかじゃない!!! 僕はただ、人を好きになってしまっただけだ!!!』


 先程まで平然を装っていたロイスの目は血走り、瀕死状態のエゼキエルに対して感情をぶつける。


『......人を?』


『......お前には関係ない。さっさと死ね。お前の死が”大剣ブラス”の発動条件なんだ』


『わ、私、の死が......』


 エゼキエルの声は段々と途切れ途切れになり、意識も朦朧としているのか、視点も定まらないようだ。

 自身が手を下さなくともエゼキエルは死ぬ。

 それを悟ったロイスはエゼキエルからソッと距離を取った。


『______del piello!!!』


 ロイスがエゼキエルの元を離れたのを合図に紫色の光がロイスを覆う。


『何!? くそ! これは一体!?』


『あなたに大剣ブラスを渡す訳にはいかないわ~』


『あ!? 誰だ貴様!!!』


 空から舞い降りたのはブラック。

 黒いローブを身に着け、長い木の杖を右手に持っており、曾爺さんの記憶の中で大分、時間は経っているはずなのに美しい容姿に変わりはなかった。


『名乗る程の者でもないわ~。ちょっと、あなたには時空の狭間を漂っておいてもらわないとね~』


『クソ! 何だお前! 魔女のくせに神である僕に何故、魔法を使える!?』


 足元から自身の身体が消えて行くのに焦ったのか、ロイスは暴れる。

 しかし、縄が絡みつくように暴れれば暴れるほど、光の輪はロイスを締め上げた。


『千年も魔女をやっていたら神様くらいの力付くわよ~』


『______グッ! ぐがあああ!!! そんなの聞いた事がないぞ!』


『そりゃそうよ~。私が初めてだもの~』


『クソ! クソ! クソ! 神々共め! 絶対に! 絶対にお前らを消滅させる!!!』


『はいはい。じゃ~ね~』


 ニコニコ顔のブラックが手を振り、恨めしそうな顔をしながら光の粒になって消えていくロイス。

 彼の断末魔のような声が雨の森の中を響き渡った。


『......あ、ありが』


『お礼は言わないで〜。別にあなたを助ける訳じゃないのよ〜』


 ブラックは瀕死状態のエゼキエルを見ながらいつも通りのニコニコ顔を浮かべる。

 自身は助からないと知った上で、エゼキエルはブラックに対して微笑んだ。


『あなたは死ぬのが怖くないのね〜。立派よ〜』


『......』


 エゼキエルの目には光がなく、息も途切れ途切れ。

 誰かを待つように心臓だけは微かに鼓動を続けていた。


『エゼキエル!!! エゼキエル!!!』


 雨が上がり、曾爺さんの声が再び聞こえる。

 曾爺さんの声に反応するようにエゼキエルの細い指がピクリと動く。


『......彼に会いたい〜?』


『......』


 エゼキエルはブラックの声に応えるべく、瞼を閉じる。


『そう。少し待っててね〜』


 ブラックは一瞬で姿を消し、数秒後に曾爺さんを連れてその場に再び現れた。


『い、一体、な、なん______』


 ブラックに手を握られた曾爺さんは変わり果てた姿のエゼキエルを見て、言葉を失う。


『エ、エゼキエル......』


 曾爺さんはゆっくりとエゼキエルを抱え、エゼキエルの腕は力なく垂れた。


『あ、あぁぁぁ!!! エゼキエル!!! エゼキエル!!!』


『ちょっと遅かったわね〜』


 泣き叫ぶ曾爺さんと対象的に死を受け入れるブラック。

 雲間から月明かりが差し、絹糸のようなエゼキエルの金色の髪を輝かせた。


『これは......』


『大剣ブロスが次なる鞘を求めているのよ〜』


『次なる鞘?』


『えぇ。ブロスは実体を持たない幻影の剣。鞘となる生物に寄生し、その者と一生を共にするの〜。そして、宿主が死んだらまた次、また次と宿主を変えて行くのよ〜』


 放たれる光は徐々にエゼキエルの身体を侵食し始め、曾爺さんはエゼキエルを抱き寄せ。


『エゼキエル......。愛している』


『ちょっと〜。その子から離れた方がいいわ〜。魔力を持たないあなたは大剣ブロスの鞘になれないのよ〜』


『......放っておいてくれ。少しでもこうしていたい』


『え〜。死んじゃうわよ〜』


『エゼキエルのいない世界で生きても仕方がない』


『かっこいい〜』


 まばゆい光はエゼキエルの身体を覆い、曾爺さんの下半身を飲み込む。


『しょうがないわね〜』


 一向に離れようとしない曾爺さんを見て、ブラックは曾爺さんの背中に右手を当てながら『jn dmgaa』と短く詠唱。

 曾爺さんの背中に魔法陣のようなものが描かれた。


『強制的にあなたの中に魔力回路を埋め込んだわ〜。これで、大剣ブロスの鞘になれるのよ〜。感謝してね〜』


 下半身まで迫っていた光は曾爺さんの身体全てを飲み込み、その直後、俺の視界もブラックアウトした。



 ◇ ◇ ◇



 目を開けると、先程のダイビングに戻っていた。

 曾爺さんは俺に何も言わず、俺の煎れたお茶を啜っている。


「理解出来ましたか~?」


 ブラックは俺が曾爺さんの記憶を垣間見ていたのを知っていたのか、まるで、幼稚園児に話しかけるような声のトーンで俺に尋ねてきた。


「あぁ。何となく」


「怜人ったら酷いでしょ~? 私が助けてあげたのに、こんなに邪険にするのよ~」


 ブラックが細い目で曾爺さんの事を見ると、曾爺さんは「こうして、茶を出してやっているだろうが」と不満気な様子だった。

 曾爺さんは俺が生まれる前に死んだので俺は会った事はないが、母ちゃんの話によると相当、無口で厳しい人間だったらしい。

 突然の来客に対し、茶を煎れたという行為は曾爺さんなりのおもてなしなのだろうか。

 そう思うと、この偏屈な爺さんも可愛く見えてきたぞ。


「それで、お前ら、何故、ここに来た?」


 何故、ここに来た?

 そう言われれば「偶然にも......」と答えるしかない。

 だが、曾爺さんからしてみれば異世界で会った魔女と自身の曾孫が同時に来たのだ。


「あの、その......偶然で......」


 俺が何て言えばいいのか、悩んでいると横にいたブラックが間に入り。


「さぁ~? どうしてかしら~?」


 と首を捻った。


「あの、その、ブラックが魔法を使って、時間を戻したからで......」


「んなぁ事、分かってる。いいか? 俺は偶然って言葉が一番嫌いだ。偶然という事象は自分では気付かない何気ない行為等が関係している事だってある。偶然という言葉を使うのはそれに至る過程を考える事を放棄しているだけだ」


「......そ、そうですね」


 肌はヨボヨボ、杖がないとまともに歩けない小さな身体なのに、発せられる言葉の一つ一つに重みがあり、俺は恐縮しきりだった。


「ちっ! おい。今日は泊っていけ。一晩寝て、ここに至った過程を思い出せ」


「過程を思い出せなかったら......」


「あん? 別に何もねぇよ。帰るんだったら、好きにしろ」


 え、じゃあ、帰りたいんだけど......。

 ブラックを横目に見ると、ブラックが目を合わせて来て。


「あら~。じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかしら~」


 と帰る様子がなかったので、俺も「まぁ、いいか」と一泊曾爺さんの家に泊まることにした。

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