第140話お母さん! ゴーレム幼女の深層へ

 ■ ■ ■


「おーい! ゴーレム幼女! 居たら返事してくれ!」


 瓦礫の上に立ち、呼びかけるが砂の舞う音と風切り音が聞こえるのみ。

 大きな声を出せば獣に襲われるリスクもあるが、先程、獣もイ○ークも俺を襲わなかった。

 もしかしたら、俺はあいつらにとって襲う価値がない弱者と認識されているのかもしれない。


「ん?」


 数百メートル先の瓦礫の合間から何か白い物体が動くのを見えた。

 もしかしたら、ゴーレム幼女かも... ...。

 斜面を滑走し、岩につまづきながら、乳酸が溜まった足に鞭を打つ。

 あいつはいつも強気な発言や態度を取っているが本当は寂しがり屋なのを知っている。

 今も瓦礫の隅で泣いているのかもしれない。

 と思うと居ても立っても居られなかった。


「___ゴーレム幼女!」


 二メートルほどの高さがある瓦礫を超え、目に飛び込んで来たのはゴーレム幼女ではなく、先程の獣であった。

 襲われないとはいえ、威圧感に再び足がすくむ。


「ふぅ... ...。ふぅ... ...」


「ん? 寝ているのか?」


 獣はこちらに背を向けた状態で熟睡。

 そこら辺に転がっている岩石を頭に叩きつければ壊滅級ダメージを与えられるかもしれない... ...。

 いや!

 辞めておこう!

 危ないし、おっかねぇ!

 俺は思いついた作戦を瞬時に否定した。

 この切り替えの早さこそが異世界で生き抜く為に必要なスキルである事を長い生活で学んだのだ。


『いや、早目にあいつ殺しとけ』


 頭の中で声が男性の低い声が反響して聞こえる。

 誰かが俺に対してテレパシーの能力を使用してきているようだ。


「... ...誰だ?」


『俺だよ! 忘れるなって!』


 ... ...なんだ。

 オレオレ詐欺か。


『違うだろ! 兄ちゃん! 忘れるの早過ぎだろ!』


 ああ。

 そういえば、この声の主を俺は知っている。


「大丈夫オジサンか。何か、スゲー久しぶりの登場だな」


『あ? お前の中にずっと居たよ』


「ずっと居たのか。全然、気付かなかった」


『まあ、干渉しなかったからな。それにしても、お前、逞しくなったな... ...。何か、ハンヌ戦に比べて心の落ち着きようが全然違うわ~。心臓に毛が生えるとはこの事なんだなと実感したわ~』


「... ...改めて言われるとちょっと嬉しいな。それよりも、あの獣を殺せってどういう意味だ?」


『... ...そのままの意味に決まっているだろ。殺せは殺せだ』


 大丈夫オジサンの言葉を受け、俺は改めて、目の前の獣に目を向け、近くにあった拳ほどの大きさの岩を持つ。


「... ...」


『... ...やらなきゃやられる。いいのか? そいつ一人の為にお前は全てを失うぞ?』


 大丈夫オジサンは脅すような口調で岩を投げるようにけしかける。


『救えるとか考えてんじゃねえぞ。もう、魔女になったそいつを元に戻す事なんて淡い期待を抱くんじゃねえ』


「でも! ミーレとレミーは元に戻ったじゃないか!」


『心の底に居たあいつらの本体ブラックのおかげで完全に操られてはいなかったから救う事が出来た。だが、そいつは完全に操られちまっている。手遅れだ』


「手遅れって... ...」


 救う事が出来ない事は薄っすら分かっていた。

 でも、ここは異世界で、魔法も能力もあって、救う手立てが何かあるんじゃないかと期待していた。


「は、はなじぃまあぁぁぁぁ!」


 胸を押さえながら獣は俺の名を呼ぶ。

 俺は獣の手を握り、声を掛ける。


「大丈夫だ! 俺はここにいるぞ!」


 獣はバタバタと足をバタつかせ、苦痛に顔を歪ませている。

 身体の中で暴れまわっている蛇を押さえつけているようにも見える。


「はなじぃまあぁぁ!!!」


「大丈夫だ! 大丈夫! 俺が助ける! 絶対に助けるから... ...」


 垂れ下がった前髪の隙間から金色の瞳が現れ、初めて獣と目が合った。

 結膜は赤黒く充血し、満月のように光る瞳孔を呑み込もうとしている。

 まもなく、赤黒く濁った雲が月を覆う。

 その時、目の前の獣はになってしまうだろう。


『ゴーレム幼女... ...。いや、を救えるのはお前だけだ』


「違う! こいつはゴーレム幼女なんかじゃない! あいつは街を破壊したり! ミーレにあんな事する奴じゃないんだよ!」


 そうだ!

 違う!

 絶対に違うんだ!


「はなじぃまあ!!!!」


 頼む... ...。

 やめてくれ... ...。

 もう、俺の名前を呼ぶのは止めてくれ... ...。


 心の中では小さいオッサンが殺せと言い、獣は悶えながら俺の名を呼ぶ。

 逃げても、逃げなくとも恐らく、どちらも正解であり、不正解だろう。


「くそっ! くそっ!!!」


 心の靄を晴らす為に硬い岩盤を殴るが気が紛れることもなく、靄は瘴気を纏いながら全身を包もうとしている。


「ぐううう... ...」


『兄ちゃん! 早くしろ!!!』


 フラフラと獣は立上り、俺に近付いてくる。

 やはり、恐怖というものに抗う事は出来ずに身体は勝手に後退りし、近くにあった岩に背中が着き、逃げ場を失った。


「___イキャアアア!!!」


『___兄ちゃん!!!』


 細い白い腕が弾丸のように俺の胸に向かって突かれる。

 金色だった獣の瞳孔も完全に赤黒く染まり、目が合ってはいるが恐らく俺の事は見えてはいない。


 俺は弱い人間だ。

 目の前で苦しんでいる友人を殺す事が出来ずに、望んでいないものに変貌させてしまった。

 獣に殺されるのは当然の報い。


 ソッと瞳を閉じて、全てを受け入れた。


 

 ■ ■ ■



「... ...あれ?」


 目を開けたつもりだったのに辺りは暗いままで、手刀を心臓に打ち込まれたはずなのに痛みはない。

 胸のあたりを触っても血が出ている感覚もなく、何がどうなっているのか見当も付かなかった。


『兄ちゃん。何で殺さなかった?』


 大丈夫オジサンは俺の行いの真意を問う。

 穏やかな口調を装ってはいたが、言葉の中に棘を感じた。


「... ...あいつは死ぬ事を望んでいないと思ったから」


『あ? テレパシーの能力を使ってお前もあいつの心に干渉したろ? あいつはもうお前の知っている奴じゃない。そうだな。あいつは死ぬ事を望んではいなかった。だが、生きる事を望んでいた訳でもない。あいつの心の中は真っ黒で何も見えやしなかった』


「... ...そうだな。だから、俺の勘だ」


『... ...勘って』


 大丈夫オジサンは呆れたように溜息を吐いた。


『うっううう... ...。暗いみそ... ...。怖いみそ... ...』


「ゴーレム幼女!? どこにいる!?」


 一点の光もない空間にゴーレム幼女の声が響く。

 跳ね返った声はエコー音のようになり、場所を正確に特定することが出来ない。

 俺の呼びかけに対しても返答もなく、ゴーレム幼女のすすり泣く声だけが聞こえる。


「探しても見付けられん。此処はレインのだからな」


 背後から突然声がして、踵を返すと60代くらいの顔の堀が深い白髪の爺さんがコートのような丈が長い服のポケットに腕を突っ込みながらこちらを見ている。

 周囲は暗闇に包まれているにも関わらず、何故かその爺さんの姿だけはハッキリと見えた。


「... ...だれ?」


「あ? 俺だよ。俺」


「なんだ... ...。オレオレ詐欺か... ...」


「いや! それさっきやったろ!?」


 こいつ、爺さんの癖にテンションとか言葉遣いとか若者っぽくて何か気色悪いな... ...。

 俺は若者に好かれようとしている爺さんの必死さに若干引いてしまう。


「ん? さっきやった?」


 確かに目の前の爺さんはそう言った。

 俺はこの爺さんに会った事がない。

 ただ、爺さんは俺を知っているかのような口ぶりだ。


「ああ。そうか。今、実体を持っているのか」


 実体?

 爺さんは自分の体が物珍しいのか舐め回すように見て、自身の股間を触り、「うん。俺の体だ」と納得したのか、指導者のような口ぶりでこの状況と爺さんの正体を明かす。


「二度言うが、ここはレインの深層... ...。つまり、あいつの心の中だ。そして、俺はヴァ二アル・クック。大丈夫オジサンって言えば分かるだろ? 兄ちゃん?」


 ヴァ二アル・クックもとい、大丈夫オジサンは照れくさそうに自身の鼻に触れながら言った。

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