第117話お母さん! 天音の思い!

「いつから気付いていた?」


 天音は俺にそう問いかける。

 自分では俺が裏切りに気付いていないと思っていたのだろう。


「うーん。お前の姉がハンヌ陣営にいるって知った時に一応、その線は頭に入れていたよね。で、決定的だったのはトムがハンヌ陣営に付いていたって知った時かな?」


「花島。中々、優秀じゃない」


 あ、褒められて何か嬉しいぞ。

 危機的状況だけど。


「それにしてもどうしてだ?何故、ヴァ二アルを裏切る?」


「あなたに関係あるの?」


「ないだろうな。お前らに出会って一か月そこらだ。ただ、俺は今、ヴァ二アルと婚姻関係を結んでいる。お前らの出方によっては俺にも考えがある」


 トムを倒したこともあり、天音は俺が隠された力を持っているのでは?

 と思い、前に出られない。

 また、本当に殺す気があれば俺が金庫をピッキングしている間に後ろから刺すことも出来たはずだ。


「... ...姉さんがいるから。私は姉さんに逆らう事が出来ない」


 天音は小刀を持っているにも関わらず、怯えた表情でこちらを見る。

 洗脳的な事で逆らえない精神状態になっているのか?


「どうして? 大人なんだから自分の意思で行動を____」


「____うるさい! 分かっている!」


 金切り声を上げながら天音はこちらに突進。

 間一髪のところで俺は小刀の刃を素手で掴み、腕から流れた血が頬を伝う。

 あかん... ...。

 このままでは本当に殺される... ...。


 ____ガチャ!


 騒々しい物音を聞き、誰かが入ってきた。

 このままでは五回戦の内容を把握することも出来なくなってしまう。

 だが、その焦りとは裏腹に意外な人物が部屋に入ってくる。


「____天音! お前、何を!?」


「才蔵!!!」


 部屋に入ってきたのは上半身裸で肌が見ないくらいに包帯をグルグルと巻いた第一回戦の勝利者である才蔵だった。

 天音は才蔵の存在を確認すると馬乗り姿勢になっていた態勢から俺の上体を起こし、後ろに回って羽交い締めの態勢に変え、後ろから俺の首元に小刀を回す。


「近づくな!!!」


 肉食獣のようなオーラを纏った天音は、才蔵に今まで向けたことのないような敵意を見せる。


「... ...」


 才蔵は天音に言われた事を無視し、足を引きずりながらこちらに詰め寄る。

 天音は刃に力を込めながら後退り、息遣いから動揺しているのは感じ取れた。


「来るな!!!」


「... ...」


 距離にして30cm。

 天音は未来から来た殺戮マシーンに恐怖するサラのように、今度は才蔵に小刀を向け、振り回す。


「____あっ」


 振り回した小刀は才蔵の左頬を掠め、まるでボクシングのカウンターのように反対側から才蔵のフックが天音のこめかみに直撃。

 風に吹かれる枯草のように天音はいとも簡単に吹き飛んでしまった。


「天音! 目を覚ませ!」


「... ...」


 天音からの反応はない。

 1m以上も吹っ飛んだんだ。

 恐らく、気絶しているだろう。

 しかし、天音は何も言わずにむくりと立ち上がった。


「どうして、才蔵は私を見捨てないのだ... ...。私はみんなを裏切っていたんだぞ!」


 ほう。

 自覚は一応、あるようだな。

 だとするとこいつは操られていたのではないのか... ...。


「見捨てる訳がないだろう。天音は俺達の仲間だ」


 あちゃ~。

 本当、こいつはダメな男だ。

 ここは「お前が好きだから」でいいだろ。

 何をドヤ顔で言っているんだ。


「... ...才蔵」


 天音はその場で泣きながら崩れ落ちた。

 才蔵とは一言、二言しかこの場でやり取りをしていない。

 ただ、天音の正気を取り戻すにはそれだけの時間で充分だった。


「すまん。花島。俺の部下が... ...」


「部下じゃないだろ!」


「ん? 部下だが... ...。何を怒っているんだ?」


 才蔵はラノベの主人公みたいな天然っぷりを繰り出す。

 それにしても、あばら骨がぐちゃぐちゃになっているのに足を引きずる状態で救護室に運ばれたのに立てているのが不思議だ。

 こいつの精神と肉体は岩で出来ているのではないか?

 ん? ってことはこいつは人間じゃなくて岩ということになるな。


「で、天音はどうしてそんなに姉に頭が上がらないんだ? こいつは姉のためなら人も殺すジャンキーなのか?」


「それは... ...」


 才蔵がしどろもどろになっている姿を見てか、はたまた、これ以上の迷惑は掛けられないと思ったのか天音自ら経緯を語る。


「私は姉と比べられてずっと育てられた。勉強も運動もいつも一番は姉で私は常に二番手だった」


 なにそれ?

 自慢?

 俺は万年、下から五番目とかだったから二番手でも十分羨ましいんだけど。


「それは大人になってからも変わらない。常に姉が私の先を走っていて、私はそれを追いかけることしか出来ないのだ」


「出来ないのだ。って、お前の人生だから自分で歩く道くらい決めろよ。家柄とか身分とか時代錯誤なこと言い出すなよ? 面倒だから」


「あ、あぁ。別に私の家は貴族でもないし、親に進路を強制された訳ではない。単に私は姉に憧れ、慕っている」


 じゃあ、いいじゃん。

 それなら悪に染まりたければ染まればいい。

 それが天音の生きる道なら誰にも強制は出来ないはずだ。

 ただ、今、俺にその事を話している状況を考えると天音の中で何か意識が変化しているのだろう。


「で、お前はどうしたい? 俺を殺したければ殺せ。それでお前は大好きなお姉様に褒められて、一生、姉の玩具として生きられるんだ。素晴らしき世界じゃないか」


 俺は両手を広げ、何処ぞの教祖様のようにこの世界のことわりを語る。


「それは... ...」


 天音は目を背ける。

 心の中では姉が暴走していると分かっているんだ。

 たが、天音は姉に逆らった事がない。

 どうすれば良いのか分からない。


 天音が言葉に詰まらせていると才蔵が一歩前に出て。


「天音がどんな選択をし、何になろうとも俺のお前に対する思いは変わらない。天音。今の気持ちを素直に口に出せ」


「... ...才蔵」


 包帯の隙間から見える才蔵の目は一直線に想い人を見つめる。

 好きだ。

 とは童貞の才蔵には荷が重すぎて言えなかったが、恐らく、気持ちは伝わったのだろう。


 天音の目から今まで抑圧していた感情の粒が実態となり、頬を伝う。


 _____わあああ!


 闘技場から観客達の歓声が聞こえる。

 恐らく、第三回戦の勝利者を讃える声に違いない。


 時間がない中、俺は天音に尋ねる。


「天音。姉を超えたいか?」


「それは... ...」


 やはり、まだ、自信がなさげだ。

 俺が更に言葉を掛けようとすると才蔵が俺の言いたいことを代弁してくれた。


「お前は一人じゃない。俺や皆んながいる」


 才蔵の大きな背中を見て、天音の目の色が変わった。

 恐らく、天音はもう大丈夫だろう。

 流石、才蔵。

 こいつらのリーダーなのは伊達じゃないぜ!







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