『桃太郎』作者への3,000字インタビュー!!

逢坂千紘

インタビュー!!

数々のメディアで取り上げられ大ベストセラーにもなった『桃太郎』が、このたび最大手「K.K.ペイパアワアクス」で紙芝居化されるということで、作中のお婆さんであり作者でもある川住かわすみさんに、本日はお話を伺ってまいります。川住さんは女性ならではの苦悩をテーマにノンフィクションで記してゆく作家さんであり、二か月ほど前には「かぐや」という女性に取材した内容をもとに、過保護な家庭で育った女性の困難な青春について記した『かぐや姫』を出版し、話題になりました。




―― 『桃太郎』は桃から生まれた桃太郎が、お婆さん、つまり川住さんの助言と援助でもって仲間を集め、最終的に鬼を倒したことを語る、ややアドベンチャーな要素もあるノンフィクション小説ですが、話は桃太郎の生まれる前のところから始まります。



川住さん(以下、川) これは格好つけているわけじゃありませんが、インスピレーションがあったんです。最初の構成ではあの子が産まれたシーンから書こうとぼんやり思っていたんですけど、川のくだりから入ったほうが日常と非日常のあわいを表現できるような気がして、いいなって思ったんです。



―― そういった確信はふだんの創作時にもあるものでしょうか。



川 毎回あると言えばあるんですけど、私の場合、前回の作品よりもバイブスがあがるようなインスピレーションじゃなければ意味がないと思っております。



―― 失礼かもしれませんが、もうすぐ九十歳になるかたとは思えないバイタリティですね。



川 だいじょうぶですよ、みなさんそう思っているでしょうし(笑)さいわい、小説家や作家というのは、上がどかなくてもそこまで大きな弊害になるわけではありません。九十になれば九十の見えたものが書ける。ノンフィクションであれば、九十のババアに失うものなんてないから、そういう取材もできるようになる。いま若い子たちが売れ悩んでいるのは、じぶんの立っているところから書くべきものというのがわかっていない、というのがあると思います。



―― つまりじぶんのオリジナリティをわかっていない。



川 そうです、オリジナリティ、私はよく「ちょうどよさ」とか言ったりしますが。それはべつに超肯定的な意味ではなくて、この道しかないよね、という諦めに近い感覚ですね。おまえにはおまえがちょうどいい、なんて詩を書いた坊さんもいましたが、その道しかないんだという感覚になれれば書くべきものもわかってくる気がします。



―― 川住さんにとってそれが『桃太郎』だった。



川 はい。いまの若い子たちは、作家とか小説家という容れ物に夢中になっているのではないかと感じます。じぶんのことや他人のことに興味をいだけないと、容れ物への興味だけで終わってしまいます。その容器のなかでじぶんがなにをするか、なにを書くか、というところまで考えていけるひと、そして「ちょうどよさ」を理解して諦めていけるひとが作家として大成するかと思います。あくまで私の考えですが。



―― 経験が大事、ということでしょうか。



川 そうとも言えます。私の同時代で言えば、もう亡くなってしまった浦島さんのファンタジー的な自叙伝ですよね。カメを助けて海に連れていかれた、という突飛な経験をどう描いたら拒絶されることなく伝えられるか。そこを十全に用意したからこそ、あの作品だったと思います。此掘こぼりさんは、飼っていた犬が夢に出てきて助言してくる経験から、隣人に殺された犬をキーにしたミステリー調の感動ストーリー『はなさかじいさん』を上梓しましたよね。


―― どちらも名作で、すでに同社から紙芝居化されております。このふたつの名作と肩を並べるというのはどのような気持ちでしょう。



川 謙虚ぶるつもりはありませんが、肩を並べるだなんて畏れ多い限りです。『浦島太郎』や『はなさかじいさん』とはちがって、私の作品は私の経験した部分をほとんど書いておりません。ですので、あの子がなにを経験したのかというところをしっかり書くぞと決めて書き始めました。特に道中で仲間と出会うところを印象的に、豊かに書けるようこころがけましたね。



―― きびだんごというアイテムが、シーンを引き立てていて好きです。



川 ありがとうございます。やはり食べものを共有する、飲みものを共有する、そういうところから仲間との基礎的な信頼をつくっていく、ということが書きたかったんです。それが書けていたらよかった。



―― これは読者のあいだでも憶測が飛び交っているのですが、桃が流れてきたというのはとても不思議なことで現実離れしております。よく拾おうと思われましたね。



川 これは明かさないほうが盛り上がっていいんじゃないですか?(笑)



―― とおっしゃるということは、動機が地味ということでしょうか。



川 さすがミステリーがメインのレーベルの編集者さんですね。



―― ありがとうございます。ただ話は逸れませんよ。動機についてお伺いしてもよろしいでしょうか。



川 そうですね、そもそもの話になってしまうのですが、私の作品には「動機」らしきものがほとんど描かれてないと思います。鬼退治とか、きびだんごというマクガフィン(編集注:物語を進めるために用いられる仕掛け)はありますが、どうして拾ったとか、どうして退治を決めたとか、どうしてきびだんごで手を打ったのかとか。



―― たしかに描かれていませんね。動機を伏せることで想像の余地を与えている。



川 いえ、動機なんてない、と思っております。もちろんそれは極論すぎるので絶対とは言えませんが、私たちの行動にいつだって確かな動機がセットされているわけじゃないと思うんですね。その不可知な無の動機のことを「運命」と呼ぶこともできます。そんな印象的な表現をしなくてもいいです。ただ、動機がないことだってたくさんあると知ることで、私たちは自由になるんです。



―― 哲学的ですね。



川 そうかもしれません。私自身は哲学だなんて思ったことありませんが。こどもに対して「なんでそんなことしたの」と説明責任を求める親とか、「本音を言ってくれ」と別の発言を求める恋人とか、まずそんなものがあるのかどうか立ち止まって考えてみてもいいんじゃないかと思うんですね、私は。たとえ建て前のようなことをしゃべっていたとしても、その「裏」とかいうところに「本音」とやらが「隠されている」ことなんてめったにありません。本音は建て前だし、建て前は本音になっていて、もはや分けるだけトラブルのもとなんです。だから、『桃太郎』を通じて、みんなには自由になってほしかったんです。



―― 特に……。



川 ええ、特に鬼退治したあと、じぶんの行動がよかったのかわるかったのかとひとり思い悩み、孤独に入水してしまった桃太郎に……。



―― ありがとうございます。最後に、川住さんから若い作家へのメッセージをお願いいたします。



川 これは書くしかないんだと諦めることのできる経験をすること、そのために必要な技術を真剣に身につけることが大事です。教則本をたどっているだけでは、テクニックに書かされてしまうんです。酒に呑まれている酒豪、韻に踏まれている詩人、鎌に刈られているうちの主人、そういうものに成り下がってしまわぬよう、テクニックの奴隷になってしまわぬよう、執筆というひとつの大きな川の流れのなかで、じぶんの位置を見失わないでほしいなと思います。




(おわり)


構成:猿渡  撮影:雉村






※この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません

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