分かれ道の先で 5/6

「ガ……ッ」


 反対の壁にぶつかって、廊下に倒れた私を素早く押さえ込んだ兵隊は、私に突き立てるためにためらいもなく振り上げた。


 私は銃で反撃しようとしたが、腕が兵隊の脚の下敷きになっていて出来なかった。


「芙蓉!」

「帆花ちゃん!」


 視界の端の小菅と蜂須賀は、他の兵隊を相手にしていて、私を助けるには間に合わない。


 こりゃ死んだな、と、体感でゆっくり下りてくるナイフを見ながら思った瞬間、


「せいっ!」


 いつの間にか兵隊の後ろにいたオッサンが、ぶっこ抜く感じでそいつにジャーマンをらわせた。


 兵隊は顔を自分の胸に埋めて、断末魔も発せずに絶命した。


「助かった。……お前、結構やるんだな」

「昔取ったなんとやらだ。怪我けがは?」

「そんなヤワじゃねえよっと」


 オッサンが心配して手を差し伸べたが、私はそれを断りつつ、身体のバネを使って跳ね起きた。

 多少下敷きになっていたところが痛むが、まあ大したことは無い。


「そうか」


 なら良かった、と言ったオッサンの口が、子は育つもんだな、と動いた気がした。


 なんて言ったか訊こうとしたが、追加で兵隊3人が入ってきたせいで、そんな暇はなくなった。


 さっきのを見ていたらしく、そいつらは私を押さえ込もうとしてか、小銃を構えずにこっちへ一直線に向かってきた。


めてんじゃねえぞテメエら!」


 コケにされた様に感じて腹が立った私は、その頭を3連発でぶち抜いた。


 流石さすがに短時間で2回も同じ手は喰わねえっての。


「あっちのお嬢様方は大丈夫か?」

「心配要らねえよ」


 応戦しようと構えていたオッサンは、1つ息を吐くとハッとした様にそう言って、素早く蜂須賀達たちの方を向いた。


「よいしょー!」

「あっ! ぶっ!」

「こいつ『雀蜂すずめばち』の――」

「よくご存じでっと」

「ぎゃあ!」


 蜂須賀は余裕綽々よゆうしゃくしゃくで、蹴りを兵隊にたたき込んで顔面を破壊し、


「はーやれやれ。やっぱ『地下』は面倒ねっ、と」

「ガッ!」

「このアマッ」

「汚い手でふれんじゃないわよ!」

「ぐぎゃ!」


 小菅は得物の暗殺銃でサクサクと音もなくほふったり、腕をつかんできたヤツをぶん投げたりしていた。


「……」

「私が接近戦に弱すぎるだけで、普通はあんなもんだからな」


 なんなくボコボコにする2人を見て、目を丸くするオッサンにそう言いながら、また入ってきたヤツが小銃を撃つ前に、私はヘッドショットを喰らわせた。


 弾代がもったいないので、蜂須賀の部屋に足を踏み入れてそいつの小銃を拾うと、 私はさらに追加の兵隊4人を蜂の巣にしてやった。


 流石に相手の駒がなくなったのか、さらにもう1波、という事は無かった。


「帆花ちゃーん。どっか痛いところない?」


 あっちも片付いたようで、蜂須賀が猫なで声でそう言って部屋の中に入ってきた。


「例えばこの辺とかこの――」

「しれっとどこ触ってんだ変態!」

「あいだっ」


 心配してるのかと思ったら、いきなりセクハラしてきたので、ケンカキックを蜂須賀のバッキバキの腹にらわせて撃退した


「何すんのさー」

「そりゃこっちの台詞だ! この痴女め!」

「えーっ、割と久々なんだから仲良くしよーぜー」

「し! ね! え! お前がするのは仕事だ! 仕事しろ!」

「いてっ」


 懲りずに潜り込む様に絡みついてこようとするので、私は全力で拒否しながら、脳天に肘鉄を喰らわせた。


「こっすーん。帆花ちゃん酷くなーい?」


 らったところを撫でながら、蜂須賀はチクるみたいな言い方で、ふらふらーっと小菅に寄っていった。


「当然の対応でしょ。あとこっすん言うな」


 枝垂しだれかかろうとするの蜂須賀に、にべもなくそう言ってそれをよけた。


「うわーん。こっすんも冷たーい……」

「当たり前でしょ? ……こんなの着てても、私には興味ないのね」

「そりゃコイツ、もう本命いるからな」


 そんな事知ってるわよ! と涙目でキレられて、脚に軽めの蹴りを喰らった。


「いってえな。まあ痴話喧嘩げんかは後にして、安全確認すっぞ」

「この格好でさせる気?」

「荷物に服あるからだそっか?」

「お願い」

「他人の荷物だろ?」

「まあいいでしょ。届ける相手死んじゃったし」

「それならいいか」


 蜂須賀は小菅の許可が出ると、ホイホイ、といった感じで車庫に服を取りに行った。


 その服は、小菅が着るのには多少大きかったが、まあずり落ちそうじゃないし問題ないだろう。


 私、小菅、オッサン、蜂須賀の順で、血だらけの廊下を通り、アルミのドアを開けて外に出ようとしたところで、


「――ちょっと止まれ」


 何となく嫌な予感がした私は、後ろにてのひらを向けてそう言った。


「どうしたのよ」

「もしかしたら、狙撃手がいるかもしんねえと思ってな」

「暗視ゴーグルあるけどいる?」

「おう、あるならもってこい」

「おかのした」


 蜂須賀がくるっと踵を返して、自分の車に暗視ゴーグルを取りに行った。


「お、結構良いヤツじゃねえの」

「良いお値段するけど、お財布大丈夫?」

「『情報屋』で切ってくれ」

「りょーかい」


 ヘルメットとセットのそれを受け取って装備すると、右にある窓をちょっとだけ開けて外を確認する。


「どう?」

「こりゃいるな。赤外線照明がこっち向いてる」


 少し離れた安ホテルの屋上に、3組程狙撃手と観測手が待ち構えていた。


 反撃される、とは考えてない様で、全員かなり無防備だった。


「マジかぁ」

「どんだけ兵隊突っ込んでんのよ」

「『地下』だしなぁ」


 とはいえ狙撃銃さえあれば、余裕で仕留められるんだが肝心のそれがない。


「一応訊くが、狙撃銃ないか?」

「あー、あるよ。ほい。マズルフラッシュ消すのもついてるぜ」

「サンキュー」


 望み薄かと思って一応訊いたが、すでに担いで持ってきていた物を蜂須賀がほいと渡してきた。


 古めのモデルで、単発のボルトアクションだったが、かなり信用性が高いやつだった。


「試し打ちとか無しで大丈夫なの?」

「まあ、新品だし当たらねえってこたねえだろ」


 窓をもう少しだけ開けて、下の縁に銃身の先を乗せると、手始めに右のセットを1発ずつで仕留めていく。


 どこから撃たれてるのか分からない、といった感じの反応をして、残り2組が慌てふためきながら弾が飛んできた方を闇雲に撃ってきた。


 まあ、簡単に言えば完全にパニクっていた。


 いくら人海戦術っつっても、もう少し上等な人材よこせばいいのにな……。


 多少はその哀れな様子に同情を覚えるが、連中も覚悟を持ってこの稼業をやってるはずだ。

 とはいえ、苦しんで殺すのは寝覚めが悪いし、せめて一撃で確実に仕留めてやろう。


 もう1組仕留めたところで、やっとこっちに銃口が向いた。


 だが、いっぱいいっぱいな様子の相手が撃つよりはるか先に、私は狙いをつけ終えていて、サッと2人をあの世に送ってやった。


「もう終わったのかい?」

「おう。所詮しよせん相手は雑兵だからな」


 窓を閉めてから、私は1つ息を吐いて、目を丸くしてるオッサンの質問に答えた。

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