分かれ道の先で 3/6

                    *



「……おい」

「なにかね」

「ここラブホじゃねーかよ!」


 きっかり1時間走ったところで、車は車庫と部屋がセットになった、原っぱの真ん中辺りにポツンと立つ、カラーリングが変な横に長い平屋の建物にたどり着いた。


「いやね? ここだと車がまるごと隠せるし、万が一撃ち合いになっても、ここなら後片付けとかが出来るからってだけだから」


 他意は無いから、とキレられたと思ったのか、オッサンは必死にそう弁解してくる。


 受付中、根回しはしているとはいえ、流石にこのザマをさらしたくないから、荷物のフリをして車庫に入ってシャッターが降りるまで待つ。


「やれやれ……。やっと自由になれるか……」

「いやあ、お疲れさま。あと30分ぐらいで迎えが来るはずだよ」

「気が重めえ……」


 オッサンは車から降りると、スライドドアを開けて私の身体のハーネスとベルトを外した。


 袋から上半身までい出て拘束具を外させると、ちょっと汗ばんだ指で、全開の前ファスナーを上げた。


「あー、いってえ……」


 車庫内に出た私は、いてえいてえ、とぼやきながら、所々凝った身体をグイグイ伸ばす。


「……?」


 ちょっと狭い事もあって、身体の向きを変えて前屈していると、オッサンが車の前辺りで何かに気付いた様子でかがみ込んだ。


「どうしたオッサン」

「いや、これは参ったね。どうやらつけられていたらしい」


 下唇を噛んで、そう言いながら立ち上がったオッサンの手には、トリモチに包まれた丸い機械があった。


「発信器か」

「多分ね。同じのを見たことある」

「マジかよ……」


 ってことは、少しもしない内に連中が乗り込んでくるという事だ。


 『地下』は組織を愚弄ぐろうしてくる相手には、どこまでも執念深く報復を行なってくる。それが連中の厄介さの主成分だ。


 まあ、それで言えば、ウチの雇い主も大概だが。


「俺が囮になるから、君はどっかに隠れていなさい」


 オッサンは責任を感じているのか、ドアに発信器をはっつけて乗り込もうとする。


「――ッ!」


 そのとき、外で発砲音がして、私とオッサンはセオリー通り床に伏せる。


 だが、どうやら防弾仕様らしく、弾がシャッターに次々めり込んだだけだった。


 対応できる、ってこういうことか。


「もう来てんのかよ!」

流石さすがの行動力だな」

「感心してる場合か! あっち入れ!」


 部屋の方へ行くドアを指さして、ガンガンゴン、とやかましい着弾音の中で、私はそう声を張り上げてオッサンに怒鳴る。


 2人同時に姿勢を低くして、全力疾走で建物内に転がり込む。ドアを閉める直前、弾が貫通してきて跳弾ちようだんした。


 オッサンが部屋のドアを開けたところで、私から見て左側から足音が聞こえてきた。多分、そっちの方に従業員出入り口でもあるんだろう。


「チッ。入れ!」

「痛っ!」


 通路の曲がり角から、アサルトライフル(小銃)の銃口が見え、私はオッサンの背中にドロップキックをらわせて、一緒に部屋へ雪崩なだれ込む。


「すまん!」


 うつ伏せに倒れたオッサンの方を見ずに謝ってから、部屋の入り口に移動した私は、背中のパックを開けつつ顔だけ出して敵の様子を確認する。


 4人か。多分もうちょい外にいるな……。


 カタン、と降りてきた、パレットみたいなホルスターにさささっている、9㎜を抜いて反撃しようとしたが、その前に弾幕を張られてすぐに引っ込む事になった。


 廊下の内装やらなんやらに当たって、木くずやら粉やらが飛び散った。


「そんなところにあったのか……」

「まあこういう事態に備えてな。それより、あっちの窓から入ってこないか見てろ!」


 銃の右下の位置にホールドされてる、9発入り弾倉2本を抜いて、腹のベルトについたホルダーに差す。


「おいオッサン! 何か得物持ってねえか!?」


 銃声とかでバリバリうるさいから、弾幕が切れる隙を覗いつつ、窓を見ているオッサンにデカい声で訊いた。


「警棒ぐらいだ!」

「チャカは!?」

「そこらの一般人と同じだよ!」

「持ってねえんだな!」


 監視ぐらいにしか使えねえか……。


 人影見えたら言えよ、と言った私は、


「グゲッ!」

「ガッ!」


 一瞬弾幕が薄くなった隙に顔と銃を出すと、弾倉を交換して顔を出した2人の額に一発ずつぶち込んだ。


「うおっ」


 顔を出すヤツを片っ端から、とやろうとしたが、上中下と3人がいっぺんに顔と銃を出してきて、私は銃撃が再開される寸前で慌てて引っ込んだ。


 弾倉が大容量タイプなのを見るに、一応は、私がどういう相手なのか把握しているらしい。


 しっかし、何人いるかわからねえ、ってのが厄介だな……。


 手持ちの弾だけで『地下』の人海戦術を相手にするのは、どう考えても無理なのは明白で、最悪の場合、宗司の救援が来るまでに私は連中の手に落ちるだろう。


 希望があるとすれば、蜂須賀に同僚の誰かがついてきている場合だが、アイツはそういうことは嫌がるタイプだから望み薄だ。


 まあ要するに、いつもと同じで私の運任せって事だ。


 かといって、諦めて捕まるつもりはさらさらないので、縛り上げられる瞬間までは抵抗しよう、と考えていると、


「うわあ。騒がしいと思ったら撃ち合いしてる」

「なんでラブホでやってんのよ……」


 銃声に紛れて、やけに聞き覚えのある2人のドン引きする声がした。

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