第44話 レイ・オーク裁き

 その日の職務を終え、夕餉を済ませたヘオコ族の長、マサ・ヘオコ=ツァオは無地の紙を前に筆を走らせていた。


 仕事ではなく、純粋に自身のための行為である。彼は第三次終結から第四次以後、アメンブルク王国の統治がオーク諸族に行き渡る過程をつぶさに記録することにしたのだ。無論、自身が招き入れたダオ・オークについても記している。


 時折領地から送られてきた干し魚の解し身を齧りながら書いていると、私室の外から声がした。


「マサ様、御来客でございます」

「こんな時間にか?」

「マタル様でございます」

「そうか。少し待っていただけ、すぐ行く」


 書き途中の紙をそっと箱に隠す。悪意があるわけではないが、万一見つかり、怪しまれてはヘオコ・オークの傷になる。そうは思っても、筆を執ると書かずにはいられない己の性に悩みつつ、マサは出た。


 客間では三人、いや、二人と一人の訪問者が待っていた。一人は、自分と同じくアメンブルク王城の一隅に軟禁されているユイ族の若き長マタル・ユイだった。マサは彼を先代の長として長らく一族を率いていた同名の長と区別するため、小マタルと呼んでいる。


 もう一人は、アメンブルクの精鋭戦力にして王の直轄部隊である従士団の筆頭、ハイゼ・フェオンだ。近頃は不慣れな筆仕事に忙殺されつつあると専らの噂だが、どうやら今日もそれに関する事案のようだとマサは勘づいた。最後に、ハイゼの傍に付かず離れぬ距離を置いて座る異貌の小さき者がいる。仄聞するにハイゼの家に居留していると聞くが、何故一緒にここにきているのだろう?


「夜分遅く済みません、マサ殿」この中で最年少になる小マタルが頭を下げる。

「気にされるな、マタル殿。まだ眠るには早い。だが、一献付き合え、という様子では無さそうだが? ハイゼ殿」


「某もそうしたい所ではあるのですがな」


 三者が三者とも、互いに遺恨があるわけではない。もしかすれば立場を変えていたかもしれないと思えば、怨恨を抱くのは無意味なことだし、一個の仁として互いに見る所がある。


 だから、要件を繰り出すにしてもハイゼは寛いだ姿勢でいることが出来た。


「某の所に、妙な報告が上がっております。氏定かならぬ流民がそこかしこの領地に入り込んでいるのです」


「マサ殿。レイ族という一門に付いてお知りではありませんか? 恥ずかしくも、ハイゼ殿に問われても私は分かりませんでしたので、マサ殿に聞いてみようとこうしてきた次第でして……」


 レイ・オーク族。その言葉にマサ・ヘオコに鮮やかな記憶が蘇る。

 苛烈な気質のラアド・レイ。ダオ・オークに敗れて地に降り、戦に乱入し消えた男の岩のような面構えが脳裏によぎった。



 マサ・ヘオコはレイ・オーク族に付いて、知る限りのことをかいつまんで話した。率いていた長ラアド・レイが、第三次アメンブルク攻勢時には北部部族連合に所属していたこと。参戦したダオ・オークに因縁をつけたために墓穴を掘って離脱したこと。第四次攻勢の折、両軍が衝突する瞬間に乱入し、その後行方が知れぬことを話した。


「レイ族の領地は今、無主の地になっていたはずだ。恐らく長もろとも、主だった男連中は討ち死にしたのだろう。武威と統率のみは秀でた男だったからな」


 男手がなければ残った領民は保護を得るために離散するしかない。しかも一族を束ねる長も居ない。


「本来なら、一族を滅ぼした一方の部族が吸収するのが筋だ。だがあの時のラアドにそんな頭はなかったはずだ。リシン・ダオに諸部族の長の前で恥をかかされ、頭に血が上っていたに違いない」


「長の一家で外の部族に嫁いだ者は居ないのですか?」

「さて。聞かないな。そのような者が居たら、その者がいる部族に集まっていくものだ。そうではないということは、そんな当てもなかったということだろう」


 長がいない。長の代わりになる当てもない。そんなオークの集団が散り散りになってどうやって生きるのか? 考えただけでも恐ろしいことだ。


「思ったより、根の深い問題だったね。どうするのさおっちゃん……」

「どうすると言われても、長がおらんのでは筋が徹せぬではないか」


 始めの魂胆では、どこか薄くても長の一族の一人に話を付ければ、レイ族という部族の証明を得られ、もって流民の移動なり、領民取り立てなりの指示が出せるだろうと思っていたのだ。


 だが、当てが外れてしまった。


「マサ殿。何かお知恵はあらぬか?」

「ふーむ……。習慣法は氏を証明出来ぬ者は無姓と見なす、とある。つまり、ホーだな」

「ホーであれば、追い出せます」勢いよく小マタルが応えた。

「だがそれでは問題の解決にはならないだろう。どこぞ知らぬ場所で野垂れ死にしてくれるならまだいい。盗みや殺しを働き、小さき人の国まで押し入られては困る」


 ヒヤリ、とヨアレシュの背筋が冷えた。


「そ、そうだよ! ちゃんと助けてあげないと。おじさんたち偉いんでしょ? なんとかしなよ」

「おじさん……」まだ若い小マタルが静かに撃たれている。

「ホーに姓を与える方法はないのですかのう」

「ない。ホーとは一種の刑罰であるからな。ホーを解くにはホーを与えた部族の長による赦しが必要だ」


 流民となった責任は戦死した長の一門にある。この場合でも結局、レイ・オーク族の長が必要になってしまう。


「ああもう。それだったら誰でもいいから族長にでもなんにでもしちゃえばいいじゃん」


 面倒くさくなったヨアレシュがそう零す。


「そう簡単な仕儀ではなかろうが」

「うむ……いや、まて……」


 マサは浮かんだ考えを練った。習慣法に照らしつつ、波風の立たない案に仕上げる。


「……ある部族が、何らかの事情で部族を分ける、あるいは部族を呑み込む、ということは部族の権利として認められている。例えば構成する成人が増えすぎたとか、長の一門ではないがそれに匹敵する力を得た者がいるなどでな」


「支族ですな」聞きながら小マタルが頷く。例えば跳ねっ帰りの親族衆だったグシャン・ガルウシのガルウシ支族は、元を辿るとシー王国の王ラン・バオ・シーの妻、ピン・ウーが出たウー・オーク族に繋がるという。


「この度は長と一門が討ち死にし、寄る辺が無き事ゆえ特例として、流民たちの集団を各々に支族としての権利を与え、しかる後、この者らを滞在する領地の領民として取り立てる。これで契約の体裁は整うはずだ」


 そう、これは全てオーク習慣法の根幹にある、契約に必要な主体を与えるための便法だ。体裁、形恰好と言えばそれまでだが、大きくなったアメンブルク王国では体裁もまた非常に重要であり、それは筆仕事をするようになったハイゼも納得できた。


「かなり大仕事になりますなぁ」十数か所に分散した流民の団体を、一個ずつ精査し、適当な人物に仮の長の資格を認める。そしてその者を通して、今度は領民に取り立てねばならないのだ。一体どれほどの文書を作らねばならないのだろうと思うと、豪胆で知られたハイゼも気が遠くなりそうだった。


「だが、急ぎの仕事なのだろう? ハイゼ殿。陛下を通さず、私たちに話をしに来たというのがその証拠よ」


「……いかにも。新たに法を作っておられる陛下に、この問題を裁断する余裕はござらぬ。速やかに処理し、レイ・オーク族なる存在をこの世から消してやらねばなりませぬ」


 長は居ないが部族は居る、そんな中途半端な集団が居ては困るのだ。


「ご相談に乗って頂きありがとうございまする。では、急ぎこれにて……いくぞ、呪い娘」

「あ、待ってよー……じゃあね、おじさんたち。おっちゃんや王様と仲良くしてね」


 急ぎ足で出ていくハイゼの背中を追い、跳ねるように出ていった異貌の小さき者の言葉を、残された二人の長はそれぞれに聞いた。


「仲良く、ですか」

「我々は外様だ。長だった故に筆働きを期待されているが、その一点で怪しまれる……耐えよ、マタル殿」


「ええ。せめてツァオ族に恩を売って、一門安堵をせしめますよ。その為に、先代の長は隠居したのですから」


 肩を竦ませる小マタルに、老獪な長の気風が育ちつつあるようだと、マサ・ヘオコは感心するのだった。



「『当地のレイ・オークと称する一団は、当方の権に基づき支族取り扱いと致し候。付いては其方にて適当な仁を於いて支族の長と仕置き候後に、これを当地の法令に照らして御沙汰致し候……』だってさ」


 アメンブルクへ送った手紙がスピネイルに返事として届いたのは、それから半月ほど後のことだった。


「つまり適当なものを支族の長にして、彼らを丸ごと領民にしなさい、というところでしょうか」

「そうだね。さて、帝国法としてはこれ、どうなるのかな?」


「何処から来たのかが分かれば良いのです。この場合、レイ・オークが住んでいた土地は、今はアメンブルク王国の領土に編入されています」


 『アメンブルク王国よりやってきたレイ・オーク族の一派を、王国の承認で領地に入れ、領民に取り立てました』という体裁が、ここに出来上がる。


「あとでこちらから証文を取って送りましょう。後は、ハイゼ様のお仕事です」

「ふふふ。せいぜい机にかじりついてもらおうか。ハイゼ殿にも」

「お嬢様にも、ですよ」

「うっ」不味い所を突かれたスピネイルだった。



 さて。翌日スピネイルはインファを連れて、レイ・オークの流民が住んでいる倉庫を尋ねた。


「たのもーう」

「道場破りじゃないんですから」

「いいじゃない。小言言いっこなし」


 粗末な造りの小屋と言った風の倉庫の戸口を、がたぴし言わせて開け、流民たちは外を覗いた。


「あんた……なんだい?」猜疑心に満ちたオーク語だった。

「貴方たちに聞きたいことがある」

「帰って。代官様を呼んで頂戴」どうやら流民たちは領主が変わったことを知らないらしい。

「代官は居ない。私がこの領地の主だ。貴方たちがレイ・オーク族を名乗っているのも知っている。どうか話をさせて欲しい」


「そんなはずはないわ……」若い女性の声だ。

「代官様は私たちを助けてくれたもの!」

「悪いが、代官は国へ帰ったよ。この村は私が陛下から頂いたんだ。代官は文句も言わず出ていったよ。そこで、君たちの処遇について……」


「嘘よ!」叫びと共に倉庫から人が飛び出した。


 それはオークの女だ。オーク好みの、肉置きがよい、背が瓢箪のように伸びた線を作り、薄灰色の髪は縮れているが長く伸ばしている。赤茶色の肌で、やや丸顔で愛嬌のある相貌だ。その顔が、困惑と悲しみに乱れていた。


「待ちな! ハオ!」

「代官様が私を追いてくはずがない!」叫びながら出たハオと呼ばれた女は、よろめきながら代官屋敷、今はスピネイルの領主館まで行くと、手慣れた手つきで食糧庫の扉の鍵を開けた。


「追うよ! インファはここに!」

「はい」


 小さい身体が弾けるように地を駆ける。スピネイルは開け放たれた食糧庫に入り、続いて開けられた館に通じる戸口を通った。ハオの行方は開けっ放しにされた戸口を追いかけるだけで知ることができた。


 その足取りは階段を上り、嘗ての代官の私室、今ではスピネイルの私室に通じていた。今は透かし彫りの石の窓辺に寝床だけがある殺風景な場所で、ハオという女は立ちすくんでいた。


 立ちすくみ、そして頽れ、泣いていた。



「雑仕事だけで6人の口を満たせているはずがないとは思っていたよ」


 屋敷内に流民一家六人を集めたスピネイルは、全員の顔をよく見た。なるほど、衣服は擦り切れ、満足に沐浴も出来ていないのだろう、饐えた匂いもする。だが飢えているという様子はない。思ったよりも肌艶はいいのだ。


「腰の曲がった老人が二人、まだ育ち盛りの子供三人を大人並に働かせることは出来ません。だから私一人が働き、そして……」


「代官に身体を売っていたと」


 目を伏せるハオ。なるほど、色気のある仕草だ。

 聞けばウェイダ村に至るまでに多くの者が死に、途中から一番体が丈夫な彼女が集団の長を務め、ここまでやってきたのだという。


(顔役たちが私の性別や家族に付いて聞いていたのは、このことを知っていたからだな)


 もしかすれば、彼女は彼らにも体を使って食料を獲得していたかもしれない。だがそのことについて、スピネイルは言及しない。女の恥を曝すほど馬鹿ではない。


 それにハオという女性の落胆ぶりは、それだけではない何かがあると示していた。


「代官は君に何か言っていたのかな? その……寝床で」

「代官様はお優しい人でした……尾羽打ち枯らした私たちを村民から守ってくれました。それに……」

「それに?」

「……最後にお会いした晩、代官様は私を娶って下さると言ってくれました……領地変えの時に一緒に連れていく、最初はただの傍女と思われるだろうが、ゆくゆくはきちんとした妻にしてやる、と……ううぅ」


 伏せたままぽろぽろと泣くハオを老婆たちが慰める。

 こういう状況に慣れないスピネイルは、子供たちと同じような困惑した表情で周囲を見るしかない。


「……インファ、どうしよう」

「どうしましょうか。ハオさん、まだ代官のことをお慕いしていますか?」

「……はい」真っ赤に充血した目で彼女は頷く。

「お嬢様。代官様のご身分は従士でよろしかったですわね?」

「ん? うん、まぁ。一応。でもあの代官、あんまり従士っぽくなかったけどね」


 恐らくウファーゴ王の文官育成計画の一環として、どこぞの部族から取り立て、従士扱いとなった口だろう。


「従士は族長、この場合はウファーゴ王の直属の部下ですわね。彼らの不始末は巡り巡ると長の不面目になりますわ」


「そうだね。……なに? インファ。顔が怖いよ」

「うふふ。恩を仇で返すことになりますが、腹案がございますわ」


 インファはその案をこっそりと主に告げた。


「……うわぁ。たしかにそりゃ、理屈としては間違ってないけど」

「体裁は整っていますわ。ハオさん、貴方、族長の長になる気はございません?」


 ハオは意味が飲み込めず、首を傾げた。



 王国の飛び地を管理するという難題を切り抜けた従士ノルド・スンリはその日、輝くようなアメンブルクの日差しを窓から部屋に入れながら働いていた。


 昨日は全くツいてなかった。ここ数日筆仕事に取り掛かっていた筆頭従士殿が、うっぷん晴らしとばかりに城内の従士を招集して訓練を科したのだ。お陰で昨晩は高価な薬草巻きを何本か吸って眠る羽目になった。


 ノルドは元々、スンリ・オークという小さな部族の出で、しかも従士でもなかった。本来は、スンリ・オークの集落内で使っていた共用倉庫の番が主な仕事だった。小さいころから荒事が好きではなかった彼は、出入りのモグイ商人から算術を習い覚え、倉庫番の仕事を上手にこなした。


 二年前、属するスンリ・オーク族が時勢を鑑みて、アメンブルク王国に恭順すると、ノルドはその管理の才を買われてツァオの王城へと移った。そこでもモグイ族の文官に混じって仕事をこなし、王の目に留まると、王の直轄地の一つであるウェイダ村の管理を任されるようになった。


 代官として赴任したウェイダ村は肥沃で実に管理が楽しかった。少々、小さき者との諍いもなくはなかったが、機転を利かせて如才なくまとめ上げることが出来たと自負している。


 そこでノルドは、任地を離れる直前、忽然と現れた流民の集団の世話をすることになった。その中にいた妙齢の女は、一目見ると体に火が走ったような熱を彼にもたらした。それが、ハオ・レイだった。


 魔が差した、と言えばそれまでである。それまでオークらしからぬ、控えめな人生を歩んでいたノルドは、そこで初めて……まことにささやかなことであるが、冒険した。苦労して村までやってきた彼女らに、丁度空いていた倉庫を貸し与え、村人たちに雑仕事を与えて扶持を分けてやるように言い含めると、今後の相談をしたいと言ってハオ一人を屋敷に招き入れた。


 なんといって関係を迫ったか、今となっては朧気だ。だが一袋の黒麦と引き換えに、こっそりと落ち合う危険は二人を熱く燃え上がらせるのに十分な効果があった。


 いついつまでもそうしていられれば良かったのだが、降って湧いた任地替え、そして村を丸ごと恩賞として帝国人貴族に渡すとの命令が来て、ノルドは目が覚めた。


 ハオとの関係をどうしようかと悩む間に時は過ぎ、結局彼は真実を告げられぬまま彼女と別れることにした。この辺りは、本来の、危険を避ける性格が出たということだろう。


 帰ってみると、陛下は何やら新しい法を作るのに忙しく、筆頭従士殿も降りかかってきた他領の陳情を処理するのに駆けずり回っていたりと、実に忙しない。こうなるとかえってあの牧歌的なウェイダ村が懐かしくなる。


 とは言え、文官としてのノルドの仕事はいつもあり、やがてまたどこぞの領地の管理を仰せつかるだろう。彼はそう考えていた。


 その時である。文官の詰所で控えていた彼を尋ねる者があった。


「従士ノルド・スンリはおりますか」

「私がノルドだ」


 やってきたのは、ウファーゴ王の秘書官であり、王城の文官の総元締めであるドルメンだった。


「ドルメン殿。私に、何か?」

「至急執務室へお越しください。陛下より訓令がございます」


 訓令? またぞろどこかの領地を任されるのだろうか。

 ノルドは居住まいを直し、王の待つ執務室へドルメンと共に行った。

 通された執務室は、幾分乱れていた。数多の羊皮紙が積まれ、墨壺が汚れている。何より空気が淀んでいた。濃厚な薬草の香りが漂っている。


 なぜかというと、出入り口から正対する位置に座すアメンブルク王ウファーゴが、今この瞬間も薬草巻きを咥えて紫煙を燻らせているからである。その眉間には深いしわが刻まれている。


「……従士ノルド・スンリ。参上しました」

「うむ」言葉少なに手で示すと、ドルメンが戸口を閉めた。

「従士ノルド。代官として職務に励んだことを、改めて確認した。褒めて遣わす」

「はは。有り難きお言葉です」

「追って貴様にはまた新しい領地へと遣わすことになるだろうが、今は身辺の整理をして過ごすがよい。こちらも色々と手が回らなくてな」


「存じております」

「うむ。ところでだ」


 ウファーゴの机の上から一枚の手紙が出てきた。


「ハオ・レイという娘を知っているか?」

「……は?」

「ウェイダ村に住むハオ・レイという娘を知っているか、と聞いているのだ。従士ノルド」


 何故、その名を王が知っているのだ? ノルドは衝撃で頭が真っ白になってしまった。


「……はい」

「貴様はその者がレイ・オークという一族の支族であることを知っていたか?」

「……ええ、はい」たしかそんなことを言っていた気がする。自分は殆どホーのようなものだと思っていたが。


「貴様が管理していた領地に移住してきたレイ・オークの支族の長が、私に手紙を送ってきたのだ。『オーク諸族の、部族の中の部族、長の中の長であるウファーゴ・ツァオ陛下。私は名誉あるレイ・オークより一族を分けられた身であるが、貴方の誇り高き従士に辱めを受けたので、その償いをしてほしい』……そんな手紙をな」


 貫くような鋭い眼差しがひ弱な従士に注がれる。間違いない、これは危険な兆候だ。


「そのような……そのようなことは……第一! その、レイ・オークを名乗る一団は、元の長の居所さえ確かなものではありませんでしたし、たまさか支族だなんて、そんな……」


「ほう。だがな、従士ノルド。筆頭従士ハイゼの調べで既に多数あるレイ・オークの支族の行方が分かっておるのだ。それらの報告も上がっておる……なぜおまえの所だけ、報告が上がってこなかったのだ?」


 それに、と王は言葉を継ぐ。


「この者は『辱めを受けた』と私に訴え出ているのだ。従士の不始末は仕えている長、すなわち私が面倒を取らねばならんのだ……今後発布する『アメンブルク法典』でも、そう決めておる。従士の過失は王が責任を取り、従士はその責を受けて王に従う、とな」


「は、はぁ……」


 緑色の肌が血の気を失って白んでいるノルドは、その圧迫感に今にも気を失いそうだった。


「貴様をこの場で処断し、国庫から慰謝料と、貴様の首を差し出すのは容易いことだ。……だが、幸いにも先方はこちらに条件を出している。それには貴様の意思を確認しなければならん。聞け、ノルド・スンリ。貴様はレイ・オーク支族の長代理、ハオ・レイ嬢を婚姻にて一家に加える意志があるか?」


 婚姻?! 一家に加える?! ハオを?!

 今にも泡を吹きそうなノルドは前方に座る王から、そして横に控えているドルメンから無形の圧力を浴びていた。婚姻か。さもなくば潔く死ね。そう言われているのだ。


 普通のオーク、少なくとも従士として斧を持ち戦うオークなら、ここで毅然とした態度を取っただろう。嫁に貰えぬ、と言っても、そこに整然とした理由を述べるだけの肝っ玉があるからだ。


 だが、根っからの小心者、斧を振るうより筆を握って帳面を弄っている方が好きなノルド・スンリにそんなものはない。命だって惜しい。


 であれば、出来ることは一つ。首を縦に振ることだけだった。

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