第5話 ぶっちゃけた話をする関係
「先に進むのが怖いんよ」
唐突な言葉に素で投げ掛ける。
「どういう意味で?」
「身体的な接触って意味で」
「おおう」
「言わせんな恥ずかしい」
奏多は何杯目かのコーヒーを飲み、僕はコーラをストローでかき回した。
からんころんと、コップの中で涼やかな音をたてる。
喫茶店の外は暑そうだ。
「手を繋ぐより先のことをするのが怖い」
「……そっか」
男女の違いも、カップルそれぞれの事情もある。そこに口を挟めるのは当事者だけだ。
「彼氏は待ってくれてるん?」
「うん、待ってくれてる」
「いい人だね」
悩みなのかのろけなのかよくわからない話をする。
これはこれで気に入っていた。
「広瀬はどんな人がタイプなん?」
「好きになった人がタイプー」
「すっごいフェチを誤魔化してるかリアルオールラウンダーなんかどっちやねん」
「それ僕に対してすげーこと言ってるよね!」
男の会話は実用的なもののみとか、雑談が苦手とか、誰が言い出したのだろう。少なくとも僕は、いってしまえば意味のない、中身のない会話をすることが好きだった。
明日が休みだからと、いかがわしい店に行くかという話で大卒男子は盛り上がっている。
「広瀬さんそういうの興味なさそうっすよね」
「恋愛対象は女の子です~」
先手を打っても質問は止まらない。
「彼女欲しくないんすか」
「いや、欲しいよ?」
「嘘だ~」
茶化しながらも、酒を入れた松井はそう切って捨てた。
「だって広瀬さん、そんなこと言ってても欲しそうに見えないっすね」
知らないうちに隠れていた自分が見つかったようだった。
喉から手が出るほど欲しいのか。
手に入れられなければ涙が止まらないほど誰かと付き合ってみたいのか。
そもそもそんな相手はいるのか。
僕と奏多では、そこが大きく違っていた。
鉛のように重い足を引きずって、自宅へと戻る。
「八城?」
電気はついているから、まだ起きているのだろうか。
横向きに丸まっているのは、僕のTシャツとパーカー、スウェットを着た奏多だ。枕を頭にしかず、代わりに抱き締めて眠っていた。
タオルケットは蹴り飛ばしていた。
男物のSでも首回りが少し大きかったのか、鎖骨も見えている。一時期ガリガリになっていた姿よりも、体重が戻っているようで安心した。
そっとタオルケットをとって、かけてやる。
「っ」
手が滑り、タオルケットは宙を舞った。重力がかかってゆっくりと落ちる。
ふわりと空気が動いた。
ぱちりと目を見開き、奏多が跳ね起きる。
思わず後ずさると、彼女も同じように壁を背に僕から離れた。
二回折った裾から見える足首。
少し上ずった荒い呼吸。
怯えたように目をつむる。
小刻みに震えていた肩を見て、こうさせている原因は瞬時に導き出せた。
「あの、誤解がないように言うと、タオルケットかけただけやからね!」
彼女はゆっくりと呼吸を整え、パーカーの裾をぎゅっと握った。
「…………おかえり」
「ただいま」
奏多はベットから降り、ちょこんと床に座った。
ついさっきまでの動揺が嘘のように、気さくな声を出す。
「飲み会どうやった?」
「楽しかったよ」
スマートフォンを充電し、床に座ったままの奏多を一瞥する。
「ベッド使わへんの?」
「さすがに家主が帰ってきたらね」
「でも女の子床に寝せられへんから使って」
「や、もう女の子って年ちゃうし……」
「じゃあラブホとか絶対無理やろ」
目をぱちくりさせた奏多にとどめをさしておく。
「ああゆーの、二人で一緒に寝るんやから」
固まった彼女に調子が狂う。
「……………広瀬は」
「うん」
「そういうこと、したことあるん」
話がどうしてそんなに飛ぶ。
「私はないと考えてるけど」
「……さーどうだろうなー」
「どないやねん」
「事務所通してくださいー」
「じゃあゲームしよ、負けたら買った方の質問に答えるってことで」
「まじか」
「今夜は寝れると思うなよ」
今夜は寝かさないよって言わないだけましか。さっきみたいな空気にもならないだろう。
僕は諦めて、ゲーム機を箱から出した。
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