第4話 傷を舐め合う関係
「あれ、広瀬さん早いですね」
集合場所についたとき、おまえもなと言いそうになった。
さすがに30分早く着いたら誰もいないだろうと思っていたのに。
「松井こそ早いね。さすが幹事」
「いやー、会社の用意したアパートで共同生活っすよ。男ばっかり四人って、いくらなんでも横暴すぎません?」
「広さによるだろうけど、それは帰って寝るだけのパターンだよね」
というか、雑魚寝するだけでも一苦労なのでは。
「そっすよ!やばいっしょ?経費節約するにしても部屋二つ契約からの二人ずつ突っ込むのがノーマルですよね!?一週間の研修にしてもひどいっすよね!?」
なんとなく。 その先が分かるような気がした。
「かわいそうと思うならどうか!広瀬さんとこに泊めてください!」
ぱんっと手を合わせるところからも、陽気で人懐っこくて、人の懐に入っていける松井の性質がよく分かる。
「ごめん、今妹が来てるから」
いつもなら二つ返事で引き受けるが今は無理だ。
「あ、じゃあ予定が早まったとかで、行けそうだったらまたお願いします」
「うん、ごめんね」
「といいつつ実は彼女が来ていたりして」
油断、していたのかもしれない。
「……はあっ!?」
「もしかして図星とか?」
「んなわけないやろ!」
「関西弁出てますよ」
「……そんなんじゃ、ないから」
絞り出してきた声は、思いの外低かった。
駅の喧騒からここだけ切り離されたようだ。
「……なんか、すみません」
松井はそれ以降、深く聞いてこなかった。
僕と奏多の関係は、僕自身もよく分からない。
おかしいと思ったのは、講義が始まって10分を過ぎたときだ。
水曜日の昼イチ、3限目は奏多と一緒に授業を受けていた。
お互い用事がなければ出席するし、休むならレジュメの融通について早くにやりとりする。
女友達からの連絡は入っていない。
「今日休み?一番左の前から六番目にいるよ。レジュメもとってる」
机の下でメッセージを送り、スマホをポケットに入れる。
だけど90分が経っても来なかった。
もう一度スマホを確認すると、奏多からの着信履歴が残っていた。
普段電話はしないのに。
ざわめく廊下の隅っこで、着信履歴から電話をかける。
呼び出し音が8を越えたころ、繋がった。
「もしもし、八城ーー」
「ねえ広瀬、どうしたらいいのかなあ」
「………え?」
弱々しく、どことなく掠れた声だった。
「わかんないよ、もう」
鼻をすする音が電話口から聞こえる。
「八城、どうし」
「振られちゃった」
彼女は無理やり明るく絞り出していた。絶句するしかない自分がもどかしかった。
「ごめんね、連絡くれてたのに返せなくて」
「…………なんで」
聞かずにはいられなかった。名前も知らない奏多の相手にぶつけるべき疑問だったはずなのに。
「そんなの、わかんないよ」
泣くのをこらえているのだろうか。
「…………ごめんね、電話、ありがとう」
「ちょ!」
電話は切れた。
二人の間になにがあったかは知らないし、立ち入ることはできない。
大学四年の初夏だった。
別れたあと奏多が受験した公務員試験は全滅。民間も落ち続けた。
学食では、僕の頼んだ定食のミニうどんをすすり、就活ダイエット、などとのたまう。
秋も深まって内定式を過ぎた頃には、10キロくらい落ちていたように思う。
会社の飲み会では、男ばかりという場もあって、節操ない話で盛り上がっている。
「うわ、ないわー」
「そんなん付き合い続けなくてよかったっすよー」
「他にいい人いますって!」
「そだね」
院進学と同時に振られた話はすっかりネタとなっていた。
本当のことだし、隠すことでもない。
彼女はきっと、いたら楽しいけれど、いなくても大丈夫。
一方の奏多はどうだろう。
少なくとも、四年前から彼女の本心はわからなくなった。
全てを忘れたように研究に打ち込むか、ラブホに行こうと言ったみたいに突拍子がないことを言うか。
順調に付き合っていたときの八城奏多は、まるで死んでしまったようだった。
ぼんやりと講義室に座り、大学図書館では参考書を開いたまま目は動いていない。そんな姿が目に焼き付いている。
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