In the Flames of the Purgatory 73

 口の中に溜まった血を唾と一緒に吐き棄て、金髪の吸血鬼が唇をゆがめて笑う。悲痛な絶叫がに同時に届き、横倒しに倒れ込んだままだったアモンが泥の中で転げ回る犬の様に熔岩状に熔け崩れた地面の上でのたうちまわった――先ほど銃撃で眼球を破壊された左目の眼窩に、漆黒の曲刀が突き刺さっているのがかろうじて識別出来る。

 アルカードの持っていた魔具だ――尻尾の打撃で吹き飛ばされる瞬間、反撃代わりに投擲したらしい。

 低いうなり声をあげながら、アモンが尻尾をひと打ちする――同時に可燃物も無いというのに燃え盛る炎に包まれてドロドロに溶融し地面に向かって流れ落ちていた岩壁の一部が金銀の粒子を撒き散らしながらごっそりと消滅し、ほんの一瞬だけ無事な岩盤があらわになった。

 細かな硝子片を大量にぶちまけたときの様なシャリシャリという音とともに、金銀の粒子が渦を巻きながらアモンの顔と前肢の付け根に向かって収束し――次の瞬間にはアモンの破壊された左目と右前肢が完全に復元されている。

じゃ、所詮こんなものか――」 そんなぼやきをこぼしながら、アルカードが手元で魔具を再構築する――彼が目を細めると同時に、脳裏に何百という数の男女の絶叫が響き渡った。

 ――

――」 そんな言葉を続けながら、金髪の吸血鬼の口の端が酷薄に吊り上がった。

Iyyy――y――yyyyyyy――イィィィィ――ィ――ィィィィィィィィィ――

 そんな声をあげながら――アルカードが前に出る。胴甲冑キュイラスの変形は今のところ問題になるほどの損傷ダメージではないらしく、彼はわずかに重心を沈め――

――raaaaaaaaaaaaaaaaa――ッラァァァァァァァァァァァァァァァッ!」 ――咆哮とともに地面を蹴った。蹴り足に蹂躙されて一度熔けてから冷えて固まった地面が音を立てて砕け、細かな砕片を撒き散らす。

 そこから先は、なにが起こったのかもよくわからなかった。罵声とともに吐き出したアモンの炎の息が届くよりも早く、アモンの体の前半分が切り刻まれている――アモンの背中を蹴って跳躍したアルカードが、全身から血を噴き出させて崩れ落ちるデーモンロードの背中を見下ろしてゆっくりと笑った。.

「――ッガァァァァッ!」 アモンの発したすさまじい絶叫が、肉体と霊体の耳に同時に届く――轟咆とともに繰り出した炎を纏った尻尾の打擲を、アルカードは跳躍の方向を変えることで躱した。

 おそらく魔力を使った防御技能の一種だ――瞬間的に魔力を凝集させて敵の攻撃を楯の様に受け止める防御技能、それを足場に使って跳躍したのだろう。防御用の『楯』そのものはごく短時間しか持続しないが、使用者の魔力が続く限り回数に制限は無い――それはつまり、自分の好きなタイミングで好きな場所に自由に作れる足場を無数に持っているということと同義なのだ。ほんの一瞬でほつれて消えてしまうので階段を歩いて昇る様なゆっくりとした動作には対応出来ないものの、ロイヤルクラシックの身体能力で空中を自在に飛び回る様な使い道であれば――

「なっ――なんだとォッ!」 そういった空中での立体機動を仕掛けてくることは予想していなかったのか――アモンが驚愕の声をあげる。だが次の瞬間には両肢を薙がれ、続く一撃で喉笛を引き裂かれて、その絶叫は空気を振動させること無く霊体だけに届く様になった。

 両肢を薙がれたアモンの体が、地響きとともに地面の上に倒れ込む――先ほどと違って霊体にダメージの及ぶ攻撃であるからだろう、復元が追いついていない様だった。

「馬鹿なぁ――たかだか人間の変種ごときに、このアモンがぁぁぁッ!」 よほど動揺しているのか、アモンがそんな叫び声をあげる――横倒しに倒れ込んだ半狼半蛇の魔神の巨体を見据え、熔岩が熔けて固まった足場に着地した金髪の吸血鬼が口元に背筋の寒くなる様な酷薄な笑みを刻んで再び地面を蹴った。

 そしてアルカードが殺到すると同時に、爆発が起こる――アモンが自分の体が触れている箇所の岩盤を瞬時に昇華させたのだ。

 細かな飛沫と化して爆発の衝撃波に乗って襲いかかってくる光り輝く熔岩を、アルカードは周囲に発生させた極低温によって瞬時に撃墜した。大量の岩塊が急激に昇華することによって発生した空気の膨張が瞬時に停滞し、次の瞬間には限り無く絶対零度に近い温度にまで叩き落とされる。

 昇華せずに細かな飛沫となって飛び散った溶岩が冷却されて固体に戻り、同様に瞬時に冷却され固体化した地面に降り注いでまるで雹のごとくバチバチと音を立てた。

 あの炎はゲヘナの火と呼ばれる地獄の炎で、地上自然界に存在する炎とは異なる原理で燃えている――常温において固体として存在する物質すべてを可燃物として燃やす性質があり、酸素などの支燃性物質を必要としない。小さな炎であっても鉱物をマグマ化させるほどの超高熱を発し、さらに水の中でも燃える。

 そのため水や砂をかけて消火するのは不可能、燃えているのが岩壁では燃料を取り除いて消火することも出来ない。この世界の物理法則にのっとった方法で火を消し止めるためには、周囲の空間ごとマテリウス温度で二百二十二度――周囲の空気が凍結し固体化し始めるまで冷却しなければならない。アルカードがつい今しがた、そして戦闘開始前にやってみせた様に。

 最初に発生した衝撃波で吹き飛ばされていたアルカードが空中で体をひねり込み、危なげ無く着地して勢いを殺し――唇をゆがめて笑う金髪の吸血鬼の視線の先で、おぞましい半狼半蛇の怪物がすさまじい絶叫をあげている。

 復元したばかりのアモンの左目に、またもやあの黒い曲刀が突き刺さっていた――爆風に巻き込まれて吹き飛ばされる瞬間に投げつけたのだろう。

 低いうなり声をあげながら、アスタロトが残った右目で手近な岩壁に視線を向ける――岩と土が剥き出しになった壁が金銀の粒子を撒き散らしながらごっそりと消滅し、破壊された両前肢に流れ込んでゆく。元通りに再構築された前肢で顔をこする様にして、アモンは左目に突き刺さったままになっていた漆黒の曲刀を抜き取った。抜け落ちた漆黒の曲刀が地面に落下するよりも早く形骸をほつれさせて消滅し、再びアルカードの右手で再構成される。

 ぐるぐると怒りもあらわなうなり声をあげるアモンに視線を据えて目を細め、

吸血鬼が凄絶な笑みを浮かべるのが見えた。彼は左手で保持していた銃をひと振りしてサボットを取り除き、新しい弾薬を装填してからグリップを地面に打ちつけた――その動きで早盒を奥まで押し込んでから、銃を腰に吊り下げて魔具の柄に左手を添える。

「さて――」 つぶやいて、彼は再び地面を蹴った。

Wooaaaraaaaaaaaaaaaaオォォォアァァラァァァァァァァァァァァァッ!」 咆哮とともに、金髪の吸血鬼がデーモンロードへと殺到する。

「図に乗るなァァァッ!」 先ほどの復元で声帯の機能が回復したからだろう、アモンが再び肉声と霊声ダイレクト・ヴォイスで咆哮をあげる。

 同時に天井に突き刺さった尻尾の先端が轟音とともに天井を粉砕し、砕かれた岩塊がドロドロに溶けながら降り注いでくる。セアラはグリーンウッドの魔力供給で維持された強力無比の結界インヴィンシブル・シールドで守られているが――

 アルカードがさもつまらないものを見たと言いたげに頭上を見上げ――おそらく再び極低温を発生させようとしたのだろう。

 そしてそれはただの囮だった。次の瞬間地面を撫でる様にして振るわれた前肢の一撃が、アルカードの体を横薙ぎに吹き飛ば――してはいない。

 撃ち込まれた前肢は目標を失い、地面を引っ掻くにとどめている――金髪の吸血鬼は撃ち込まれてきた前肢を無視してそのままアモンの眼前へと突っ込み、漆黒の曲刀を振るって顔面を水平に薙いだのだ。

 両目を引き裂く軌道で顔面を薙ぎ払われ、アモンが再び絶叫をあげる。そのまま腹から地面に突っ伏す様にして、アモンがアルカードの体を押し潰そうと――したときにはすでに、アルカードはアモンの内懐から逃れている。彼はそのまま間合いを離し、置き土産とばかりに漆黒の曲刀を振るってアモンの肢を切断した。

 そしてそのときにはグリーンウッドがアルカードの極低温の代わりに絶対冷凍覇フリージング・カタストロフィを発動し、周囲の温度を急激に低下させている。

 落下してきた熔けた岩が、瞬時に極低温まで冷却された空気に冷やされて急速に固体化してゆく。絶対冷凍覇フリージング・カタストロフィの魔術はアルカードの極低温と違って自分を中心にするのではなく設定した範囲内の気温を一気に低下させるので、頭上から落下してきていた熔岩の雫も近づく前に固体化させられる。

 頭上から次々と降ってくる熔岩をまるで頭に目がついているかの様に視線も向けずに躱し、アルカードが地面を蹴る――背後から地面を削る様にして肉迫した尻尾を背面跳びの要領で跳び越え、頭上から降ってきた赤ん坊の頭くらいの岩塊を片手ではたき落として、吸血鬼は再び間合いを詰めた。

「ガァァッ!」 吠える様な怒声をあげて、アモンが復元を終えた前肢を振り回す。さすがに間合いが違いすぎて、アスタロトが攻撃を始められる様になるとなかなか近づけないらしい。

 アルカードはいったん後退して距離をとり、

「おい、魔術師。もうちょっと働けよ」

「人使いの荒い奴だ」

「というかもともとはおまえの仕事だろうが、これ」

 反駁する吸血鬼にグリーンウッドはかぶりを振ると、

「それを言われるといかんともしがたいが」

 ――ぎぅんっ!

 金属がひしゃげるときの様な轟音とともに、熔融した状態から一気に冷却されて熱疲労で粉砕された細かな砕片が雪の様に降り積もった地面が、金銀に輝く粒子を撒き散らしながら瞬時に消滅する――次の瞬間、グリーンウッドの周囲に実に五十振り近い皇龍砕塵雷が出現した。そろって鋒をアスタロトに向け、ひとりでに虫の羽音の様な低周波音を発し始める。

 それがやがて耳を劈く様な高音へと変わり、耳を聾する轟音となったあとで可聴範囲を超えて聞こえなくなった。

 幾千幾万の剣オーバーサウザンド・ブレイズ――魔神としての形相干渉能力と魔術師としての技量を組み合わせた、グリーンウッドの最秘奥のひとつだ。

 皇龍砕塵雷は刃の部分が高速で振動することで接触した物体の分子結合を解き、それによって接触した物体を切断する。普通の刃物の様に切り込んでいくわけではないため、理論上これで切断出来ない物体は存在しない。

 グリーンウッドはもともとのオリジナルの皇龍砕塵雷のサンプリングデータをベースに、同じものをいくらでも複製し量産することが出来る――それらを遠隔操作の可能な武器として縦横無尽に撃ち込むのが、セイルディア・グリーンウッドの最秘奥、幾千幾万の剣Over Thousand Bladesだ。

 合計五十振りの皇龍砕塵雷が、まるで見えない手に投げつけられたかの様に次々とアスタロトに向かって飛んでいく。

 皇龍砕塵雷は内部にグリーンウッドの魔力を受けて稼働する魔術装置ディヴァイスが仕込まれており、これが発電を行って高周波振動を維持すると同時に重力制御を行い遠隔操作を可能にするのだ。

 そのため、手元から離れた状態であってもグリーンウッドの意思で自由に制御することが出来る――叩き落とそうとするアモンの尻尾や前肢を掻い潜る様にして軌道を変えながら、殺到した無数の剣はアモンの巨体に次々と突き刺さった。

 無論、アモンからすればそんなものは取るに足りないだろう。棘とまでは言わなくても、せいぜいが針が刺さった程度のダメージにすぎないはずだ。が――

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