In the Flames of the Purgatory 16
§
甲冑の摩擦音とともに、数十体の鎧がこちらに向かって歩き出す。
「面倒だな」
楽しげに笑いながら、バーンズが彼の霊体武装を稼働させた――それまではただの戦鎚でしかなかった
「表情と科白が合ってないですよ」 そう返事をしながら、リーラが手にした日本刀の鞘を払った――太刀拵の日本刀の刃に浮いた刃紋が、彼女の魔力を受けてまるで波立つ水面の様に蠢き始める。
彼らの会話を聞き流し、ベルルスコーニは前に出た。先頭に立って歩いて来ていた鎧姿の騎士に向かって、一瞬で間合いを詰める――甲冑のフェイスガードの奥でギラギラと輝く双眸が一瞬光を強めた様に見えて、ベルルスコーニは唇をゆがめて笑った。
長大な
その転身で相手の右側に踏み出しながら間合いに入り込み、そのまま回転の勢いで右のバックハンドを鎧の頭部に叩きつける――右の下膊を鎧う
ベルルスコーニは五十人近いアルカードの弟子の中でも数少ない、『矛』の技術の完全な継承者だ――『矛』は敵の攻撃に対する迎撃だけではなく自身の攻撃の反動に対しても作用するので、格闘戦において自分の攻撃の反動を利用して打撃の威力を増大させる使い方も出来るのだ。
ただし緻密極まり無い魔力制御と圧倒的な魔力容量が必要になるので、人間のベルルスコーニではアルカードがやる様な理不尽なほどの破壊力は引き出せない――だが、それでも自身の打撃の衝撃力を四倍程度まで増幅することが出来る。
霊体を直接加工されることによる刻印魔術の補強強度は、ベルルスコーニの場合で約九十倍――これは聖堂騎士団内でも最大の補強強度値で、本人の訓練量によっては高位の吸血鬼を上回るほどのパワーだ。当然骨格の強度はそれに追いつかないので、備えを十全にしておかないと自分の打撃の衝撃で自分が重傷を負う羽目になるが。
両手足を鎧う
アルカードから所持しているものから分割され譲渡された
アルカードが彼に
当然アルカードが使いこなす様な擬似的な重力制御魔術も使えない。だが、それでも――
ベルルスコーニの魔力強度で可能になる重量操作は、最大でせいぜい二、三キロがいいところだ――だが鍛え上げた肉体の能力を九十倍まで増幅した膂力で三キロの物体を振り回し、さらにその衝撃を『矛』で増幅されればどうなるか?
おそらくあのグリーンウッドの口ぶりからすると、彼らの
回答はこれだ――たとえ
が――踏鞴を踏んだ鎧が手首を返して
ベルルスコーニは打撃を加えた右手を翻して鎧の手首を止め、体の旋廻を止めないままさらに踏み込んで鎧の頭部めがけてリーチの短い鈎突きを撃ち込んだ――横倒しに転倒して起き上がりかけた鎧の頭部めがけて、軌道の低い左廻し蹴りを繰り出す。
いったん起こしかけた上体を再び沈めてその一撃を躱し、同時に鎧が
重い鉄の塊同士がぶつかり合ったときの鈍い音とともに、鎧が再び地面に倒れ込む――いったん熔けて再び固まった硬い地面の上で、鎧が手放した
その回転のまま左足を頭上に振り翳し、横殴りに薙ぎ倒された鎧の脇腹めがけて踵を落とす――衝突の瞬間に発動した『矛』の衝撃が甲冑の
だがとどめを刺すには至っていない――鎧が翳した手の中に金色の粒子が渦を巻きながら流れ込み、先ほどレイル・エルウッドと戦った個体が持っていたものと同じ形状の長剣を構築する。上体を起こしながら振るってきた長剣の一撃を、ベルルスコーニはバックステップして躱した。
長剣の鋒が頬をかすめ、皮膚が浅く裂けて血がにじむ――その感触に唇をゆがめながら、ベルルスコーニは後退した後足を軸にして蹴りを放った。攻撃動作で上体を起こした鎧の顔に廻し蹴りが炸裂し、鎧が風で煽られた立て看板みたいに再び地面に倒れ込む。
そのまま背後を振り返って――背後の空間をバックハンドの一撃で薙ぎ払う。背中を狙って突き込まれた
次の瞬間、鎧の巨体は綺麗に宙を舞っていた――攻撃を躱されたリカバリーのために上体を起こして重心の高くなっていた鎧は槍の柄から引き剥がされた右腕を肩越しに捩じ上げられて簡単に後傾し、そのまま足を刈り払われて仰向けに地面に倒れ込んだ。
顔面を叩き潰す様にして拳を落とし、一歩後退しながら立ち上がる。敵が複数いる以上、回避行動に支障の出る体勢を長時間維持しているわけにもいかない。
そのままその場で再び転身して、ベルルスコーニは先ほど倒した鎧の頭部を踵で踏み砕いた――甲冑の表面を覆う
小さく舌打ちを漏らし、ベルルスコーニはその場で上体をひねり込んでバックハンドの一撃で背後の空間を薙ぎ払った――上体をそらす様にしてその打撃を躱し、頭部装甲が半ばまで陥没した鎧が
「頑丈だな」 そんなコメントを口にして、ベルルスコーニはわずかに重心を下げた――次の瞬間突き込まれてきた
再び発動した『矛』が胴甲冑の
一瞬ふわりとその場で浮き上がってから、鎧の体が仰向けに倒れ込んだ――戦闘不能に陥った鎧が手放した
ごっ、という重い衝突音とともに、鎧が一体吹き飛ばされていくのが視界の端に入ってきた――エルウッドかバーンズが、鎧を殴り倒したのだろう。それにはかまわずに、ベルルスコーニは足元に倒れていた鎧の胸部装甲めがけて踵を落とした――頭部が完全に破壊されるまで攻撃を加えたにもかかわらずまだ起き上がろうとしていた鎧が持続時間をぎりぎりまで短縮して代わりに増幅比率を引き上げた『矛』の打撃を受けて電撃に撃たれた様に全身を大きく痙攣させ、そのまま動きを止める。
「全部で三十――」 ベルルスコーニの脇を抜けて前に歩み出ながら、バーンズがゆっくりと笑う。
「ひとり頭四体ちょいか」
「まあ楽なノルマだな」 エルウッドがそう返しながら、少し離れたところに位置取るのが視界の端に入ってきた――エルウッドの
「擂り潰すよりも、首を刎ね飛ばすほうが楽かもしれませんね」 ベルルスコーニがそう言うと、バーンズは適当に肩をすくめた。
「俺らって効率悪いよな」
「ただの得手不得手だと思いますが」 そう返事を返して、ベルルスコーニはごきりと指の関節を鳴らした。
「まあ、こっちにかかってきたのは、片端からライルの攻撃範囲に放り込みましょう。それで解決です」
「だな」
「そこのふたり、なにサボりの打ち合わせしてやがる」 エルウッドの言葉を黙殺して、ベルルスコーニは鎧の群れに視線を戻した。
「さて――」とんとんと地面に爪先を打ちつけてレイル・エルウッドがゆっくりと笑う。彼が指を鳴らすと、周囲を舞う無数の聖書のページが激光とともに長剣に変化した。
「聞け、全員」
「一分で片づけるぞ」
「だそうだ。頑張れライル」
「あのな、おっちゃん」 プライベートの垣間見えるバーンズとエルウッドの会話を意識から締め出して、ベルルスコーニは重心を沈めて構え直した。
それまでベルルスコーニたちの手の内を見定めるかの様に戦闘を見守っていた残りの鎧たちが、その会話を合図にしたかの様に一斉に地面を蹴る。
「あああああッ!」 かたわらを駆け抜けて飛び出したリーラが、手にした太刀で戦斧を手にした鎧の一体に斬りかかる。
リーラの手にした太刀の物撃ちがぎゃりんと音を立てて斧の刃と衝突して瞬間的に
だがそれで即死はしていないらしい――いったん崩れ落ちたかと思った次の瞬間には、立ち上がった鎧が半ばから刃の斬り飛ばされた斧を振るう。
完全に心臓に届いていたはずだ――心臓に届く軌道で肩を割られれば、中身が人間と似た構造の生物であれば腕を動かすことなどかなわない。生命体の急所どころか筋肉や骨格の構造も平然と無視して攻撃を繰り出してきたのが予想外だったのか、リーラが小さくうめきながら法衣のスカートを翻して後方に跳躍する。
だが間に合わない――援護に入ろうにも、ベルルスコーニは投げつけられる様な武器を持っていない。護剣聖典は一応使えるが、今から構築していては到底間に合わない。
焦燥が意識を焼いたとき、リーラの首を刈り払う軌道で振り抜かれかけていた斧がピタリと止まった。
鎧の全身に月光を照り返して煌めく鋼線が絡みつき、その自由を奪っているのだ――かたわらに進み出たリッチー・ブラックモアがすっと目を細め、次いでわずかに右手の指を曲げた次の瞬間、
「結構堅いね」 そんな感想を漏らして、ブラックモアが全身を弛緩させて今度こそ崩れ落ちた鎧の全身に絡みつかせた鋼線を引き戻す。
鎧の装甲には、全身に紐をほどいたばかりのハムの様な糸の喰い込んだ跡がついていた――鎧の装甲を絞り上げたときに、
甲冑の強度と
先ほどレイル・エルウッドが斬り結んでいた鎧が、再び彼に襲いかかった。
こぉん、と音を立てて――鎧が振り下ろした長剣の刃が、レイル・エルウッドが防御のために翳した
互いにめまぐるしく位置を変え、相手の死角を取ろうとしながら、苛烈な一撃を応酬する。
二、三合斬り合ったのち、レイル・エルウッドがいったん後方に跳躍した。だがそれは後退を意味しない――次撃のために必要な間合いを取っただけのことだ。
ぱちりと指を鳴らした瞬間、それまで彼の周囲で宙に浮いたまま漂っていた剣のうち数振りが鎧にその鋒を向け――次の瞬間ひとりでに飛び出した長剣の鋒が正確に鎧の隙間に突き刺さり、帷子を貫いて全身を串刺しにした。
それが致命傷になったのか、鎧が膝を落とし――だが次の瞬間には、いったん取り落としかけたかに見えた長剣を振るう。
しかしそれよりも早く、レイル・エルウッドの振るった
だがいつまでも眺めている暇も無い――ベルルスコーニは右手を翳し、踏み込んできた鎧の振るった大剣の一撃を掌を叩きつける様にして受け止めた。
そのまま鎧の内懐に入り込み、胴甲冑めがけて肘撃ちを繰り出す。普通ならば腕を傷めるだけだが、『矛』を使えるベルルスコーニにはさほど関係無い――鍛え抜かれた肉体から繰り出される一撃は
彼の打撃を受けることの危険性は理解出来ているからだろう、鎧は即座に後退を選択した。
肘撃ちは空を穿つにとどまったが、続いて踏み込みながら繰り出した低い軌道の廻し蹴りを受けて鎧がその場で膝を落とす。ベルルスコーニはその蹴り足を跳ね上げて、そのまま頭部に上段廻し蹴りを叩き込んだ。
正確に発動した『矛』と
「さて――」 一対一で仕留めるのは難しいと判断したか、二体の鎧がこちらに向かって殺到してくる――それを見遣って、ベルルスコーニはゆっくりと笑った。
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