The Evil Castle 11
*
十五人目の死体を調べ終えたところで、アルカードは苛立った気分を吐き出す様に肺の奥から深く息を吐いた。
このロビーだけでも死体の数は五十人を超える――ばらばらになっているものを集めてみたら、少なくとも五十人ぶんの部品が集まったのだ。
このホテルは別館も含めると千室を超えるのだ――別に千室すべてが埋まっているわけではないだろうが、複数連れの客もいることを考慮すると、それに近い人数がホテル内にいるものと判断して行動しなくてはならない。
陰鬱な気分で立ち上がり、アルカードは歩き出した――エルウッドのほうも遺体の処理が終わったのか、長大な大身槍を右肩に担いで歩いてくるところだった。
少々機嫌が悪いのか、歩き方が若干荒くなっている――ふたりは『人』の幹事の様に下側だけが二又に分岐した階段の近くまでやってくると、どちらからともなく足を止めた。腰に手を伸ばし、超小型無線機の送信ボタンを押して神田を呼び出す。
「
耳に捩じ込んだイヤフォンから、若干ひずんだ声で神田の返答があった。
「わかりました。十分にお気をつけください」
「ああ、ところでSATの展開状況は?」 という質問は、ここへ来る途中にSATの狙撃チームによる周辺監視を依頼したからだった。特に制圧は期待していないが、暗視装置と組み合わせて敵の動きを監視することが出来る。
依頼した時点ではあまりあてにはしていなかったが、敵が天井に張りつく様な相手であることを考えると思ったより頼りになりそうだ――当然壁にも張りつけるだろうから、ホテルの外壁伝いに移動する可能性もある。
「警視総監の直接命令で、狙撃チームがホテルの建物の周辺監視に当たっています」
全部で二十チームだ、という男性の声が聞こえ、紙を広げる音がして、神田が先を続ける。
「本館の建物の監視に二十チームを展開しています。南のNTT日比谷ビルと南東のNTT霞が関ビル新館、北の宝塚劇場、西側ですが日比谷公園越しに環境省の屋上から対物狙撃銃で監視チームを展開しています。あと四チームが展開していますが、まだ
「仕方無いだろうな――今のこの状況で、事情を正直に話して自衛隊を出動させるわけにもいかんしな。警視総監には感謝していると伝えてくれ――吸血鬼がどうのこうのいう胡散臭い情報だけでこれだけ部隊を動かしてくれたことだけでも、大変な無茶をしただろうからな。ところで各チームのコールサインは?」
今、関東地方はかなりの大雨に見舞われている――気象情報によると降水量は一時間に二百ミリを超えるそうだ。その大雨の中監視所を設営している狙撃チームの姿を脳裏に描きながらそう返事をすると、その質問に向こうの
「アルカード教師――でよろしいですか」
「どうぞ」 伊東の言葉にそう返事をすると、彼は安堵した様に息を吐いてから、
「南のNTT日比谷ビルに展開する四チームがブラック・ワン、ツー、スリー、フォア。南東のNTT霞が関ビル新館に展開する四チームはグリーン・ワン、ツー、スリー、フォア。宝塚劇場に展開する四チームは同様にブルー四チーム、環境省はレッド四チーム。貴方たちが直接彼らに呼び掛ける場合はシルヴァーのコールサインを使ってください」
「わかりました。では私はシルヴァー・ワン、もうひとりいる教会の魔殺しはシルヴァー・ツーのコールサインを使用します。それでよろしいですか」
「了解しました、ドラゴス教師。では貴方がシルヴァー・ワン、ライル・エルウッド神父がツー。我々がいる主作戦指揮所はゼロ・アルファのコールサインを使用します。現在日比谷公園内に展開している、狙撃チームを統制と現場の封鎖を行う前方作戦指揮所がゼロ・ブラヴォーです。ゼロ・アルファよりシルヴァーを除く全コールサイン――これより作戦を開始する。全コールサイン、
「ブラック・ワン・ワン了解」
「レッド・ワン了解」
「グリーン・ワン・ワン了解」
「ブルー・ワン・ワン、了解」
「ブルー・ツー・ワン了解」
「レッド・ツー・ワン了解」
「ブラック・ツー・ワン了解」
「グリーン・フォア・ワン了解」
「ブル・ツー・ワン了解」
「グリーン・ツー・ワン了解」
狙撃チームの分隊指揮官が、それぞれ返答を返す――彼らの
「シルヴァー・ワンより全コールサイン――まずは本館を重点的に監視し、外部から確認出来る動きがあれば教えてほしい。それと、屋上の動きにも注意してもらいたい」
「ブラック・リーダー了解――各班
「グリーン・リーダー了解、各班
「レッド・ワン了解――全レッド
「ブルー・リーダー了解、全ブルー
「ゼロ・ブラヴォーよりシルヴァー・ワン」
狙撃チームの統制指揮所から呼び出され、アルカードは短く返事をした。
「シルヴァー・ワン」
「ゼロ・ブラヴォー。現在予備の狙撃チーム四班が東京電力本店屋上の鉄塔に移動中。間も無くホテルの屋上全体を射界に収める。コールサインはイエロー・ワン、ツー、スリー、フォアだ」
「シルヴァー・ワン、了か――」 そこでアルカードは言葉を切った。
*
「――領主が女攫いを?」 アルカードがそう尋ね返すと、ジャンと名乗ったふたりの子供たちの父親はテーブルの反対側でうなずいた。
「そうです。連中は大体二ヵ月おきに領地じゅうの村々を巡回しては、村の女を攫っていきます――別段若い娘というわけでもなく、ある程度年嵩の女も攫っている様ですが」 というジャンの言葉に、アルカードはうなずいた。
「だが、老婆はいないだろう?」
「はい」 アルカードの質問に、ジャンもうなずき返して続けてくる。
「ただ、最近はあらかた攫い尽くしたのか、その――毎月巡回しては生理の始まった娘を連れ去る様になりました。剣士様がここに来る直前にも、数人の若い娘を連れ去っていったところです」
それを聞いて、アルカードは侮蔑を込めて鼻を鳴らした――薄汚い腰抜けどもめ。女子供を攫っていくなどという外道な任務を平気でこなす兵士どもも兵士どもだが、自分の女や子供が連れ去られるのをぼさっと見ている連中の神経もどうにも理解しがたい。
だがそれを口にすることはせずに、アルカードは尋ねた。
「領主の名は?」
「ステイル・エン・ラッサーレ伯爵です」
フランス人には珍しい名だ。そんな感想をいだきつつ、アルカードは出された芋のスープには口をつけずに暖炉に視線を向けた。折から薪がパチリと音を立てて爆ぜ、細かな火の粉を撒き散らす。
「詳しくは知りませんが、外国から来た人物が王に登用されて爵位を与えられ、領地に封じられたそうで――五年ほど前の話です」
「それまでの領主は?」
「叛逆罪で処刑されました。詳しくは知りませんが」
なるほど、とうなずいて、アルカードは立ち上がった。
「参考になったぜ、邪魔したな」
そう言って玄関に向かって歩き出しかけたアルカードの背中に、ジャンが声を掛けてくる。
「どちらに?」
「その城さ――そのステイルなにがしを殺しに来たんでな」 肩越しに振り返ってそう答え、アルカードは家の外に出た。
だがまずは、先に連中の兵站拠点を潰さなければならないだろう――子供たちが忍び込もうとしてキメラの群れに追い回されたのは山を越えた向こうにある城ではなく、近くにある兵どもの兵站拠点――というよりも駐屯地が正しいか。
そこにもなんらかの調製実験の設備があるのか、それともただ単に女たちを奪い返しに来た者たちを追い返すために化け物どもを飼っているのかは知らないが――あるいは護送馬車の護衛のために、馬車と行動を共にしていたのかもしれない。
可能性としてはそちらのほうが高い。キメラは大量の餌を必要とするし、寿命も短く、さらに飼い馴らすのが難しい――キメラ製作者の本拠地ならばまだしも、遠く離れた場所の長期間警備には使いにくい。キメラは放し飼いにした場合長く持っても半年から一年、もし戦闘を行った場合は数ヶ月しか持たない。代謝速度の設定によっては数週間持たないことすらあり、戦闘で手傷を負えば高速での治癒と引き換えにその寿命はさらに短くなる。
速い成長と代謝、そして高い運動能力。それらを実現するために設定された早回しにされた生命活動を維持するために、キメラたちはほとんど常に酷い飢餓感にさいなまれており、まるで鼠の様に常に喰っていなければならない。キメラの戦闘とは、敵の死体を餌にするための食糧集めでもあるのだ。
よって、キメラを警備に使うなら衰弱死したキメラの代わりをすぐに補充出来る本拠地の警備がもっとも適切だ――だとしたら、母親がそこにいると思って子供たちが駐屯地に忍び込もうとしたとき、ちょうど村に向かう前の護送馬車とその警備部隊はくだんの駐屯地にいたのだろう。
この村から女たちを攫った馬車がいったん駐屯地に向かったのか、それとも直接城に向かったのか、それはわからないが――
いずれにせよ、駐屯地を襲撃すればもう少し詳しい情報が聞き出せるだろう――軍用地図が手に入れば、城の正確な位置もわかる。
そう判断して、アルカードは手近な木杭につないであった兵士たちから鹵獲した馬に歩み寄った。
‡
ジャンとの遣り取りを脳裏で反芻しつつ、アルカードは唇をゆがめた。
ジャンは妻を連れ戻すことを期待していた様だが、アルカードにはそんなつもりはまるで無い――無力な娘ふたりは可哀想だが、アルカードとしてはジャンのほうにはまるで同情していなかった。
女房子供を守るのは夫の仕事で、他力本願にしていい事柄ではあるまい。
そもそもアルカードは、その妻がまだ生きているとは思っていなかった。とうにキメラを産みつける苗床にされて死んでいるだろう。
「とはいえ――」 まだ生きているのならば、ワラキアの封建貴族家ドラゴス家の雷名を名乗ることを許された身としては助けないという選択肢はあり得ないが――
そんなことを考えながら、アルカードは城の正面玄関の前で足を止め、眼前に聳える巨城を見上げた。
「肉団子の次はステイルなんたらか、グリゴラシュ? おまえの支援の価値があればいいんだがな」 皮肉げに独りごち、アルカードは扉に手を触れた。
*
「シルヴァー・ワン、了か――」 そこでアルカードが言葉を切る――エルウッドもその理由に気づいて、小さく舌打ちした。
「ゼロ・ブラヴォー。シルヴァー・ワン、どうした?
アルカードの頭上、彼が立っている場所のすぐそばの柱に、グロテスクな外見をした化け物が張りついている。
まるで人体模型の様に皮膚が無く筋肉組織が剥き出しになった奇怪な化け物が、頭を下にした四つん這いになって柱にへばりついているのだ。
信じ難いことにアルカードが反応するよりも早く、その敵はアルカードに向かって振り翳した左腕を振り下ろした。
――チッ!
アルカードが小さく舌打ちを漏らすのが聞こえる。彼は身を投げ出す様にしてその攻撃を躱し、床の上で一回転して体制を立て直した――三メートル以上の高さから床に届くほど間合いの広い攻撃らしく、その一撃ですぐそばにあった巨大な花器が台座ごと破壊され、柱の根者が半ばまでえぐり取られて破片を撒き散らす。
「この――」
アルカードが小さく毒づいて右手に持ったままだったSAT隊員のヘッケラー・アンド・コッホMP5サブマシンガンを振り翳し、頭上に向かって据銃した。
次の瞬間、耳を聾する轟音が鼓膜を震わせる――アルカードが立っていたそのすぐそばの角柱に張りついていた化け物が、きけけけけ、と嫌な声をあげながら跳躍し、奇襲の機を逸したからか、そのまま射線上から逃れて天井に張りついた。
「――死ねよ!」 声をあげ――アルカードはそのまま火線を走らせて、角柱から天井までを撫で斬りにした。フルオートで撃ち出された九ミリ弾が天井板を穿ち、砕かれた天井のシャンデリアから細かな硝子の砕片が降り注ぐ。
けけけけけ、とこちらを嘲笑うかの様な鳴き声をあげながら、その化け物はそのまま天井を這い進み始めた。
弾薬の切れたサブマシンガンの弾倉を交換しながら、アルカードが声をあげる。
「ライル! 殺せ!」
言われるまでもない――エルウッドは構築した撃剣聖典を、そのまま高速で天井を這い進む敵に向かって投げ放った。ついでそのまま床を蹴り、はずした場合に追撃出来る様に退路を見定めようと――
するより早く、信じ難いことに化け物が足を伸ばす――猿の様に発達した足の指で物を掴むことも出来るのだろう、敵は足の指で護剣聖典を掴み止め、そのままこちらに向かって投げ返してきた。
護剣聖典は魔力の供給を止めれば聖書のページに戻る――が、その暇も無い。行動を起こすために重心を動かしかけていたエルウッドには回避する術も無く、しかしその鋒が彼の胸元をえぐるよりも早くアルカードの銃撃が護剣聖典の刃に命中して軌道を変え、あさっての方向に弾き飛ばした。
体勢を立て直して追撃の行動を起こす――よりも早く、化け物が撃剣聖典を投げ返したままの姿勢で足をまっすぐこちらに向けてくる。プシュッという音とともに、敵は足首のあたりからなにか液状のものを噴射してきた。
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