The Evil Castle 10

 

   *

 

「おら、並べ、並べー!」 兵士のひとりが手にした松明を振り回し、横柄な口調で声をあげる。

 別な兵士に突き飛ばされて、隣人の男性が自宅の壁に背中からぶつかった。

「貴様ぁ、並べといったのが聞こえなかったのか!」

 突き飛ばした兵士が、後頭部を打ちつけたのかかぶりを振っている隣人を手にした松明で殴りつける。

 横殴りに倒れ込んだ男性の鳩尾に何度か蹴りを入れたところで、兵士は怒鳴り声をあげた。

「立て!」 身を起こしかけた彼の顔を脚甲を着けたままの爪先で蹴り飛ばし、兵士が鼻を鳴らす――なにが気に入らないのか、兵士はさらに二度男性の顔に蹴りを入れた。一撃が口を捉えたのか、蹴りを受けて頭がぶれた拍子に折れた歯が軒下の雪の山の上に落下する。

「さっさと立て! このうすのろが!」 よろよろと立ち上がって家の前の壁にもたれかかる様にして体を支えている男性を睨みつけ、兵士は彼の顔に向かって唾を吐きかけた。

 周囲に視線を向けると、通りに面した家々の住人たちが雪の降るなか表に並べられているのが視界に入ってきた。

「この家は全員おります」

「向こうの家はふたりおりません」 騎馬にまたがったままの士官に、兵士たちが次々に報告を上げている。

「誰がいない?」 という質問に、兵士のひとりが手にした目録に視線を落とした――おそらく村の住人の名簿だろう。

「娘ふたりがおりません」

「年齢は?」

「七歳と六歳です」

「なら放っておけ――要るのは初潮を迎えた女だ」 えらい下品なことを言いながら、隊長が適当に手を振った。

「始めろ」 という言葉に、兵士たちが動いた――家々の妻や年頃の娘などに数人がかりで群がり、抵抗するのを力ずくで押さえつけて引きずっていく。

「やめろ!」 声をあげたのは、十三歳になった姉を捕まえられた十歳の少年だった――彼は父親の制止を振り切って兵士のひとりに掴みかかり、

「姉ちゃんを放せ!」

「あん?」 それを聞いた兵士が、ゆっくりと振り返る。彼は適当に手を振って仲間たちに少年の姉を連れていく様に促してから、少年の髪の毛を掴んで頭を引き寄せ、顔面に脚甲を着けたままの脚で膝蹴りを叩き込んだ。

 そのまま突き倒す様にして少年の体を地面に引きずり倒し、後頭部を踵で踏み抜く――ほかの兵士たちに引きずられていた少女が、弟の名を呼んで悲痛な叫び声をあげた。

 兵士がそれを無視して、少年の顔に脚甲の爪先で蹴りを呉れる――折れた歯が家の壁に跳ね返り、軒先に積もった雪にめり込んだ。

 二、三回それを繰り返してから少年の頭を踏みつけにして、兵士がねちっこい声を出す。

「姉ちゃんがなんだって? 身の程知らずの糞ガキが――領主様のご命令に逆らう暇があるなら、畑のひとつも耕してこい。おまえらに一丁前に休んで寝る権利なんぞあると思ってるのか――朝から夜が明けるまで、一睡もせずに死ぬまで働け、穀潰しが」

 そう罵声を浴びせながら、兵士が少年の下腹部に何度か蹴りを入れる。

「こちとらあれだ、このクソ寒いのにこんな仕事を仰せつかって苛々してるんだ。あんまり面倒かけるんじゃねえよ、この出来損ないが」

 そう言ってから、兵士は少年少女の父親に視線を向けた。

 気の小さな父親は息子に加えられた容赦無い打擲に助けに入る勇気も出ないのか、石像みたいに硬直している――それを見遣って鼻を鳴らし、兵士は最後にもう一度少年の頭を蹴飛ばし唾を吐きかけてから踵を返した。

「馬鹿者、動けなくなるまで痛めつける奴があるか――ここで殺したりしたら、これ以降働かせられなくなるだろうが」 士官の言葉に、兵士が後頭部を掻く様な仕草を見せる――それ以上咎めるつもりは無いのか、士官はひらひらと適当に手を振った。

 その間にもほかの兵士たちが、大型の貨物用馬車の荷台に載せた檻の中に引っ立てた女性たちを詰め込んでいる――近所の妻もいるし、先ほどまで癇癪を起こした兵士に蹴りを入れられていた隣人の十四歳になる娘もいる。彼自身の妻は、数ヶ月前に連れ去られてすでに家にはいなかった。

 連れて行け、と士官が命じ、めぼしい女たちを詰め込んだ馬車がガラガラという車輪の駆動音とともに走り出した。そのときに――おそらくわざとだろう――路上で泥まみれになって痙攣していた少年を、御者が馬車で轢いた。

 馬が通行の邪魔だと思ったのか避けたために馬の蹄で踏まれはしなかったが、代わりに馬車の車輪がもろに両脚を轢いて、荷台にいた姉の悲鳴があがった。

 だがその悲鳴を聞いても、両足が轢き潰されてちぎれかけた状態のまま痙攣を繰り返す息子の姿を見ても、父親は動こうとはしなかった。

 臆病だと嗤うのは容易い――が、彼らの機嫌を余計に損ねれば、隣人や少年の様になにをされるかわからない。

 だが動かなくても動かないで、連中の気には障ったらしい――士官が手を振って、

「おい、おまえたち。こいつらは村の子供がこんな目に遭わされても、碌に動けもしない屑どもだ。少し根性を叩き直してやれ」 という言葉に、少年の父親が――長時間雪と風にさらされて体が冷えていたために――蒼褪めた顔からさらに色を失う。次の瞬間、面白半分といった感じで兵士のひとりが放った矢が父親の脾腹に突き刺さった。

 続いて別な兵士が剣を抜き放ち、寒くなってきたせいか軒下にうずくまっていた老人を斬り斃す。

「女の子供だけは避けろよ、貴様ら――初潮が始まったら連れて行かなければならんのだからな」 悲鳴を聞き流して、士官がそんな声をあげる。さらに数人が殺されたところで、兵士のひとりが手を止めた。

 鞭の様にしなる細い棒きれで何度となく叩かれていた彼が打擲の手を止めた兵士の視線を追うと、ちょうど馬車が去っていったのとは違う街道のほうから人影が近づいてきたところだった。

 フード付きの黒い外套を纏った、長身の人影だ――纏った外套の中に人がいるのか、裾が妙に大きく広がった外套の裾の下から本人のものとは別に二対の足が見えている。

 人影がこちらの状況を識別してか足を止め、足元を見下ろした――否、外套の中にいた誰かに声をかけたのだろう。

 男の羽織っていた外套の下から子供がふたり飛び出して、道の脇に駆けてゆく。子供たちが離れたところで、人影は歩みを再開した。

「なんだ、貴様!」 士官の言葉を無視して、男が平然と歩みを進める――彼の前を通り過ぎたところで、

「答えんかっ!」 罵声をあげて、彼に打擲を加えていた兵士が抜き放った剣を背後から振り下ろした。次の瞬間には人影の姿が霞の様に消えて失せ、続く一瞬で兵士の体が宙に舞っている。

 空中で見事に半回転して頭から地面に叩きつけられた兵士が受け身をとることも出来ないまま、どさりと音を立てて芋袋の様に地面に倒れ込んだ――頭から地面に叩きつけられた兵士の首があり得ない向きに曲がり、全身が力無く弛緩する。鼠蹊部から湯気が上がり、黄色みがかった液体が地面を覆う雪を溶かし始めた。

「こ――殺せッ!」 フードつきのローブの様な外套を身に纏った人影――おそらく男だろう――を指差して、士官が声をあげる。それを聞いて、馬に乗ったままの騎兵数人が騎兵用の長剣や槍を手に男に向かって殺到した。

 男がばさりと音を立てて外套の裾を捌き、次いで腰から吊っていた長大な曲刀を鞘ごと取りはずす。

 どん!という音を立てて、男は手にした長剣の鞘尻を手近な地面に斜めに突き立てた。地面を斜めに覆う雪を貫き、撃ち込まれた鞘が凍った地面に突き刺さる。

 男は歩みを止めないまま斜めに突き刺した鞘に納められた長剣の柄に手をかけ、歩きながら剣を抜き放った。

 しっ――歯の間から息を吐き出しながら、男が前に出る。

 次の瞬間先頭の騎兵が馬の首ごと胴体を切断され、続いて後続の騎兵ふたりが男に向かって刺突を繰り出した。

 だがいずれも、当たらなかったのだろう――あまりにも速すぎて、彼の眼にはなにが起こったのかまるで理解出来なかった。

 男の黒い外套が風を孕んで音を立て、風圧で振り払われた粉雪が宙を舞う。まるで黒い竜巻の様に、漆黒の影が猛威を振るい――ふたりの騎兵が馬の首ごと胴を薙がれて崩れ落ち、失速した騎馬が家の壁に激突して風穴を開けた。半ばから切断された長剣の刃の切れ端や槍の柄がきりきりと回転しながらすっ飛んで、家の壁や立木に突き刺さる。

 強振した曲刀を、男が振り抜く前に止め――男はそのまま手首を返して曲刀を切り返し、続いて突っ込んできた騎兵に向き直った。

 男が手にした長大な曲刀を、両手で右肩に担ぐ様にして身構える――次の瞬間雪崩のごとく殺到した騎兵たちが次々と胴体を馬の首ごと斜めに切断され、絶命した騎馬の巨体が地響きとともに地面に倒れ込んだ。切断面から異臭を放つ内臓がこぼれ出し、乾いた雪をおぞましい色に染め始める。

 シィィィッ――瞬く間に十を超える屍を量産したその男は歯の間から息を吐き出したあと、ほんの数瞬で挙げた戦果に眉ひとつ動かさぬまま士官に向かって歩き始めた。

 横手から声を立てずに斬りかかった歩兵が、瞬時に全身をばらばらに斬り刻まれて崩れ落ちる。男はそのまま手にした黒い刀身の曲刀を気楽な動作で肩に担ぎ――次の瞬間馬首を返して離れようとした士官の騎馬が鈑金の馬鎧ごと首を切断され、地響きとともにその場に崩れ落ちた。

 落馬したときに抜け出し損ねて馬の胴体の下に片足を挟まれ、馬ごと転倒した士官がギャーと悲鳴をあげる――なんとか脚を引き抜こうとしている士官のそばに、黒い外套を羽織った男が足早に歩み寄った。

 それに気づいて顔を上げるより早く、士官は首を引っ掴まれて高々と持ち上げられ宙吊りにされていた。

「あの子供たちの話を聞くに――」 一体どれほどの腕力と握力があればそれが出来るのか、腕一本で士官を宙吊りにしたままそんな言葉を口にする。

 なんとか拘束を振りほどこうとしているのだろう、男の腕を掴んでじたばたと足を振り回す士官を見上げて――酸欠のために顔を真っ赤にした士官が泡を噴き始めたからだろう、男は少しだけ力を緩めた様だった。

 まるで餌をねだる魚の様に口をパクパクさせていた士官が再び息をし始めたところで、

「この近くで人狩りをやってるのはてめえららしいな。答えろ――貴様らの領主どものところに、俺と同じ様に紅い目の男はいたか?」

「じ、じりまじぇん……」

 荒い息に載せて切れ切れに答える士官を見上げて、男は右手で保持していた漆黒の曲刀を雪に覆われた地面に突き立てた。嘆息の混じった声音で、

「そうか」 その言葉と同時に――ずぐ、という鈍い音とともに、士官が電撃に撃たれた様に全身を硬直させた。背中を弓形にそらし、両足がピンと伸びて、喘ぐ様に大きく開いた口蓋から大量の血を吐き散らす。

 吐き散らした赤黒い血が男の腕を鎧う銀色の装甲を濡らし、そのまま甲冑の輪郭を伝ってから雪の上にしたたり落ちた。

 士官用に仕立てられた装飾過多の全身甲冑の背面装甲を紙の様に貫いて、士官の背中から三枚の刃が飛び出している――男が士官の体をゴミの様に投げ棄てると同時に、血塗れの刃が士官の体から抜けた。

 まるで鎌の様に緩やかに湾曲した形状を基本に複雑な曲線を組み合わせた鋸の様なぎざぎざの輪郭を持った兇悪な形状の刃を三枚、拳を固めた四指の股にはさみ込む様にして保持しているのだ――男は手近な雪の山に刃を刺し込んで何度か抜き差しして血糊を落としてから、除雪された排雪の山から刃を引き抜いて外套の内側にしまい込んだ。

 男が地面に突き刺していた血まみれの曲刀を引き抜いてゆっくりと視線をめぐらせ、近くで硬直していた最後のひとりに視線を留める。数頭の馬の手綱を持っていたその兵士は殺戮者の注意が自分に向いたことを悟るや否や硬直が解けたのか、手綱を持っていた馬の一頭に飛び乗って脱兎のごとく逃げ出した。

 それを冷めた眼差しで見送って――男が外套の中から銀色に光る小さな円盤を取り出した。なにかを操作したのか軽く指を動かすと同時、外周から六本の足の様なものが飛び出し、さらにその先端からジャッと音を立てて鋭利な刃が伸びる。

 男は円盤を保持した左手を右肩に巻き込む様にして構え、そのまま腕を水平に薙ぎ払う様にして手にした円盤を投げ放った。

 風斬り音とともに飛んでいった円盤がすでに百歩ほど離れていた兵士に命中したのか、兵士の体が鞍上で跳ねる様に大きく一度痙攣する。その一撃で絶息したのか兵士の体が馬上でぐらりとかしぎ、そのまま体勢を崩して鞍上から転げ落ちるのが見えた――どういう原理でそうなるのか、大きな円を描いて手元に戻ってきた円盤を男が空中で掴み止める。

 男が手首をひねる様にして円盤を軽く二度振ると、どういう仕組みか外周に飛び出していた刃は格納されて見えなくなった。

「おとーさん!」 幼い声が聞こえて、彼は視線をめぐらせた――見れば、斜向かいの家の娘ふたりが雪に足を取られて走りにくそうにしながら駆けてくるところだった。

「ナタリー! メアリ!」 娘の名を呼んで、父親がそちらに向けて走り出す――泣き声をあげて飛びついて行った娘ふたりを抱き止めて、嗚咽を漏らすふたりを抱きしめたところで、父親はかたわらに歩み寄った男に気づいて顔を上げた。

 鞘に納めたままの長大な曲刀を手にした男が外套のフードを払いのけ、苛烈ながらも整った風貌をあらわにする――まるで獣の尾の様な暗い色合いの金色の髪が、折から吹き抜けていった風に揺れた。

「少し話を聞きたい」

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