The Evil Castle 5

 

  *

 

 ガタンという音を聞きつけて、アルカードは目を開けた――正面にあった焚火を飛び越える様にして前方に身を投げ出し、凍結した地面の上で一回転してから体勢を立て直す。

 同時に刺殺用の短剣の柄を握り直し、周囲に視線を走らせ――

 ふたつを除いて、周りの状況はなにも変わっていない――薪がいくらか燃え尽きて火が小さくなっているのと、もうひとつ、つっかい棒がはずれて窓板が閉まっている。

 動きは無い。不審な物音も無い――壁越しに向こう側を透視してみても、熱源は存在しなかった。

 脅威は無い。それだけ確認して、アルカードは右手を見下ろした。

 いつの間にか――いつ抜き放ったのか、どの鞘に納めていたものを抜き放ったのかも記憶に無い、刺殺用の短剣アーマーピアッサー

 完全に無意識のうちに抜き放ったものだ、が――だが咄嗟の場合でも効果的な行動を取れる様にするのが、訓練というものではある。そしてその甲斐あって、こういった状況は生身の人間だった若いころからよくあることだった――行動を終えてから、自分がなにをしたのかを理解する。

 とりあえず、針の様に細い短剣の手元に彫り込まれた数字を確認する――ローマ数字で彫り込まれた番号はXXIV、二十四番。

 太腿の装甲の隙間に仕込んだ鞘のひとつが空になっているのを確認して、手にした短剣をそこに差し込む。

 窓に近寄って窓板を押し上げ出来た隙間から外の様子を窺うと、風はかなり収まり吹雪もやんでいた――穏やかな風の中で舞う様にして、ちらほらと雪が降っているが、それだけだ。雲もかなり薄くなっている――じきに空も晴れるだろう。

 薪の燃え尽き具合から見て、おそらく経過時間は四時間から五時間。休息としては十分な時間だ。

 布は丸めて鞄に押し込み、外套を羽織る――頭に巻いていた布は耳や鼻などの凍傷になりやすい部位に直接雪がつくのを防ぐためのものだから、この天候なら必要無い。

 扉を開けて小屋の外に出ると、ちょうど吹き溜まりになった洞穴の入り口に大量の雪が堆積しているのが視界に入ってきた。山道に出てみるが、馬の姿は見当たらない――アルカードが降りた時点で、どこかに逃げたのだろう。

 望み薄ではあるが、生きていればいいのだが――そんな独白を胸中でだけつぶやいて、アルカードは作った橇沓かんじきを足元に放り出した。

 最初は東方で輪橇沓かんじきと呼ばれるものに近いものを作ろうと思っていたのだが、途中で飽きてやめたのだ――最終的に収納の扉をはずして貫通孔を開け麻紐を通し、裏面をギザギザになる様に削って加工したものを作った。

 輪橇沓かんじきと違って一枚板なので、重いが効果はさらに高い――体重と装備を合わせて四百ポンドを超える彼の重量を考慮すれば、効果的なものを使うに越したことは無い。

 雪の上にかがみこんで橇沓かんじきの上に足を置き、麻紐を足に巻きつけて橇沓かんじきを足に固定する――アルカードの重量では気休めにしかならないだろうが、まあ無いよりはましだろう。足裏側には鋸状の断面のギザギザの刻みをいくつも入れてあり、それが雪を噛んで滑り止めとして機能する――道がある程度平坦なので、滑る恐れはおそらく無いだろうが。

 そんなことを独り語ちて、アルカードは雪を踏みしだいて崖道を歩き出した。

 崖を切り拓いて造った山道に分厚く積もった湿気の多い雪が、一歩足を踏み出すたびに深く沈み込む――橇沓かんじきは厩番の老人に教わったものよりもかなり大きめに作ったのだが、それでもまだ力不足らしい。

 まあ、無駄な努力なのかもしれないが。普通の橇沓かんじきは、人間三人ぶんの重量を支えることを想定して発明されてはいないだろうし。

 そんなことを考えながら、脚を踏み出すたびに太腿の付け根まで雪の中に沈み込むのに苦労しつつしばらく進む――向かい側の切り立った稜線と、その縁を白く彩る堆積した雪のコントラストが際立って非常に美しい。月が出ていればまさに絶景だったのだろうが――その点だけを残念に感じながら、アルカードは崖から視線をはずした。

 やがて不意に視界が開けるのと同時に、急に地面に積もった雪がほとんど無くなって、橇沓かんじきは必要無くなった――向かい側との距離が開いて気流の流れが変わり、結果として山道にほとんど雪が積もらなくなったらしい。

 念のためにはずした橇沓かんじきを革紐を使って腰に吊り、にわかに歩きやすくなった山道を歩いて進んでゆく――そのまましばらく進んでから、アルカードは足を止めた。

「――ここか」

 切り立った崖の下、見晴らしのいい開豁地に建てられた巨大な城に視線を据える。

 フランスの城塞の建築様式にはさほど詳しくないが、設計思想からしていわゆるフランス・ルネサンス様式から乖離していることはわかる――ワラキア公国の兵士の末席として意見するなら、まあ防備に長じた城だと言えるだろう。

 金が無いのか必要無いのか、ざっと見た限り大砲のたぐいは見当たらなかった――まあ、アレは防御側が使ってもあまり役に立たないものだ。

 移動経路が極めて狭隘に限定されている場合であれば、そこに集中砲火を加えることで効果的に撃滅することも出来るのだが――残念ながらここの城の立地の様に砲火が見えてから着弾までの間に回避のために移動する場所に恵まれている場合は、ばかすかやかましい置物でしかない。

 それにまあ――別に、この城の場合は大掛かりな警備など必要無いのだ。少なくとも、あの魔術師の持ってきた情報の通りなら。

 馬車の轍は残っていない――ここへ辿り着くまでの間に降っていた雪によって、埋もれて消えてしまったのだろう。

 あの城へ空を飛んで接近したとは思えないから、おそらく馬車が降れる程度の勾配のある経路もあるのだろうが――

 まあ、探すのが面倒臭い。唇をゆがめて、アルカードは歩を進め――崖の縁でいったん足を止めてから、おもむろに虚空へと足を踏み出した。

 そのまま宙に体を躍らせ――耳元でうるさく鳴る風の音。自由落下に任せてあっという間に肉薄する雪の積もった地面――空中で猫の様に体をひねり込んで柔らかい雪の積もった地面に着地し、アルカードはその場で立ち上がった。

 アルカードの滑落に巻き込まれて落下してきた大人の胴体ほどもある巨大な雪の塊が数個、粉雪の上で砕け散り――もうもうと巻き上げられた乾いた雪がパッと舞う。

 頭上から降ってくる粉雪に目を細め、アルカードはかなり距離のある城に向かって歩き出した。

 城門前の開豁地は城の敷地がそのまますっぽり収まりそうなほどの広々としたもので、ところどころに石造りの円柱が立っている――円柱が支えているはずの構造物が朽ちたのか端から無いのか存在しないため、円柱がなんのために存在しているのかは判然としない。円柱の配列も不規則、というか子供が地面に小枝を突き刺して遊んだ跡の様にてんでばらばらで、なにかの意図を以って築かれたものの様には見えなかった。

 だが、人工物である以上意図があるのは間違い無い――軍事的な設備には見えないが。脅威になるとは思えなかったので、放っておいても問題無いだろうが。

 そんなふうに結論を出して、アルカードは一度止めた歩みを再開した。

 だだっ広い開豁地を特に急ぐでもなく悠然と横切って歩きながら、空を見上げる――夜空を分厚く覆った黒雲はいつの間にか晴れ、強風に吹き散らされてちぎれた乱層雲の上から差し込む黄金色の月明かりがしんしんと降り落ちてくる雪の静かな舞を美しく彩っていた。

 城の向こうに見える切り立った山の稜線が、黒々として美しい。城の尖塔が背負う蒼褪めた金色の巨大な満月が、まるで傷跡の様にも見える無数の隕石の衝突痕を見せていた。

 開豁地の半ばまで達したところで、足を止める――円柱のそばを通ったときに折から吹き抜けていった突風が巻き上げた粉雪が目に入り、アルカードは顔を顰めた。

 周囲に人影は無い――城には跳ね橋があるので、城の防衛としてこちら側に歩哨を配置しておく必要は無いのだろう。

 城には堀の向こうに巨大な城壁があり、それが武骨な威容を見せている――跳躍して登るのが難しい高さではないが。

 そんなことを考えながら、アルカードは城を囲む様にして掘られた濠に接近した――外濠は水が張られ、流れがあるのか凍結はしていないが、大量の雪が降ったために水面がシャーベット状になっている。

 正直なところ水濠というのは肉食魚か鰐でも飼っていなければあまり意味が無いのだが――泳いで渡れるからだ――、ここの城主はそういった意趣にはあまり興味が無いらしい。どのみち、肉食魚や鰐がこの気候で生き延びられるとも思えないが。

 水濠を泳いで渡るのは簡単だが――濡れるのが嫌だったので、アルカードはあっさりとその選択肢を却下した。

 跳ね橋を飛び越える様にして跳躍し、跳ね橋のへりを掴んで軌道を変え、そのまま堀の向こう側に着地する――城壁のアーチと跳ね橋のへりの隙間を抜ける様にして城壁の内側に降り立つと、跳ね橋の上端と太い鎖で接続された起重機を用いた操作装置と警衛詰所が視界に入ってきた。

 透視して判断する限り、巡回動哨に出ているのか警衛詰所に人はいない――それもどうかとは思うが。

 詰所の横にある城壁の上部に通じる石段の上部に積もった雪の上に登りの足跡だけが残っているから、城壁の上に上がって戻ってきていない様だった――吹き込んでくる雪によって足跡が消されていないところをみると、階段を昇ってからほとんど時間がたっていない。

 通常であれば、歩哨は立哨動哨問わず二名ひと組が基本になる――人攫いしか芸の無い田舎侍の集まりとは云え、その程度の基本訓練は受けているだろう。

 幸か不幸か、城門の内側は雪が積もっていない――石段の上半分に、開口部から吹き込んできた雪が積もっているだけだ。

 胸中でつぶやいて、アルカードは先ほどくぐり抜けた城壁を見上げた。高度視覚で城壁上部の通路の熱源を探知するのは無理だ――石材が分厚すぎる。

 小さく舌打ちを漏らして、アルカードは床を蹴った。高さ十数ヤードの城壁の上部に、ひと跳びで跳躍する――城壁上部の通路に降り立つと、ぱっと粉雪が舞い上がった。

「――な、なんだ貴様!?」 横合いから聞こえてきた誰何の声に、すっと目を細める――あの村で斃したのと同じ様な装備の兵士がふたり、数ヤード離れた場所に立っている。ひとりは松明を持っているので片手がふさがっていたが、もう一名はこちらを確認して剣に手をかけていた。

「どうもこんばんは、不審者です」 そう返事をして、アルカードはふたりの兵士に向かって殺到した。

 剣の柄に手をかけた兵士が抜剣するよりも早く内懐に飛び込んで、向こう脛に足刀を叩き込む――脚甲の上から撃ち込まれた蹴りで装甲板ごと脛骨を叩き折られ、兵士が豚の様に鳴き声をあげながら転倒した。

 続いてその場で転身しながら、もうひとりの兵士の腕を捕る。一連の動作で相手の腕の外に出ながら転身動作で兵士の腕を回転に巻き込みつつ足を払い、アルカードは自分の胴体の下敷きにする様にして捕った腕を逆関節に極めながら、敵兵をその場で引きずり倒した。

「ぐぁッ……」 一瞬で完成した六-九-四で肩と肘を同時に固められ、倒された兵士が苦悶の声をあげる。

「さて、質問の時間だ――質問はふたつある。まずひとつ――この城で真紅の瞳に黒髪の男を見たことは?」

「ふ、ざけるな……放しやがれ」 口答えする根性はたいしたものだ――そんなことを胸中でつぶやいて、アルカードは一直線に伸ばす様にして関節を極めた兵士の腕を逆にそらす様にして力をかけた。

「……!」

 激痛に声をあげることも出来ないまま、兵士が苦悶のうめきを漏らす。

「もうひとつ――この城に近所の村から攫ってきた女どもがいるだろう。そいつらはなんのために攫われてきて、今どこにいる?」

「くたば」 れ――と続けるいとまも無かった――嘆息とともに腕を肘の関節から逆方向に折りたたむ様にしてへし折られた敵兵が、その場にうずくまって悲鳴をあげている。アルカードはその場で立ち上がり、うずくまっている兵士の後頭部をブーツの踵で踏み抜いた。

「くだらん口答えの時間は終わりでいいか? なら、さっさと質問に答えてもらおうか――寒いから長居したくねえんだよ」

 そう言って、アルカードは再び兵士の脇にかがみ込んだ。まだ無事な左腕を捕って小指を外側に向かってそらしながら、

「ところで俺、こういうのが得意でな。新技の開発に協力するもしないも、おまえたち次第だぜ?」

「お、女どもは地下だ――攫ってきた女どもはそのまま地下に運ばれてる!」 という兵士の言葉に、アルカードは指をへし折るためにかけていた力を少しだけ抜いた。

「全員か? 目的は?」

「女どもは兵士の宿舎に運ばれたが、そのあとは地下に監禁されたはずだ――攫ってきた女は兵士の宿舎で、俺たちが慰み物にしていいことになってる。なんでか知らねえが、孕ませるのは禁止されてるが、触ったり銜えさせたりは自由なんだ。だから突っ込む以外はなにをしても――」

 嘆息して、アルカードは指を捩る手に力を込めた。

「で、女どもをひとしきりおもちゃにしてから地下に運んだと。全員か?」

「そうだ――全員だ。連れてきたその日の決まった時刻には全員地下室に運ぶことになってるから、全員地下に監禁した」

「そうか」 うなずいて、アルカードは兵士の小指をぽきりとへし折った。

「がぁぁ!」 兵士の口から悲鳴が漏れる。彼は折れた指を見つめながら、

「なんでだ、ちゃんと答えたじゃねえか」

「どうせ殺すんだから、指の一本なんぞどうでもいいだろ」 立ち上がりながらそう返事をして、アルカードはうずくまった兵士の首根っこを掴んだ。そのまま畑の野菜でも引っこ抜く様にして兵士の体を持ち上げ、城塁の向こう側の水濠に向かって投げ落とす。

 悲鳴は水音とともに途切れ、その水音もすぐに聞こえなくなった――落水した瞬間に心臓麻痺でも起こしたのだろう。もし無事だったとしても大量のシャーベット状の水になけなしの体温を奪い取られ、衣服と甲冑に全身を絡め取られて溺れ死ぬだけだ。

「さて、次はおまえだな」 そう告げて、アルカードは足を蹴り折ってやった兵士に視線を向けた。

「女どものほうはもう聞いたからいいが――おまえは黒髪に赤目の男を見たことは?」 あまりにも無造作で躊躇の無い行動に名状しがたい恐怖を覚えているのだろう、冷たい風も手伝って歯の根を鳴らしながら、兵士はかぶりを振った。

「知らない、見たことが無い」

「そうか」 アルカードは深々と嘆息して敵兵のそばに歩み寄ると、彼の顔を鷲掴みにして雪の上から引き剥がす様にして持ち上げた。

「じゃあおまえにも用は無い。おやすみ」 そう告げて、水濠に向かって投げ落とす――先ほどと同じ様に、悲鳴は水音とともに唐突に途切れた。

「さて――」 つぶやきを漏らして、アルカードは階段を下りて再び城壁の内側に降りた。

 どうもこの城の城塁は二重構造になっているらしく、正面にもう一枚の城壁が築かれ、濠が掘られて跳ね橋が架けられている――二重防衛としては、城壁同士の距離がやや近すぎだと思うが。

 再び跳躍して濠を跳び越え、内濠と城門の隙間から内側の城壁の内部に着地する――内濠を跳び越えるときに下を見下ろすと、底に大量の鉄杭を植えられた空濠になっているのがわかった。

 内門の内部には経営詰所は無いが、代わりにこれが兵士たちの宿舎なのだろう、大きな建物が建っている――高度視覚で透視すると、建物の中に無数の熱源が存在することがわかった。横になっている者もいるが、椅子に座っている様な姿勢の者もいる。

 暗がりの中から現れたアルカードの姿を目にして、宿舎の玄関の両脇を固めていたふたりの歩哨が身構え――次の瞬間撃ち込まれた指弾で冑の上から眉間を粉砕され、彼らは赤いものを散らしながら崩れ落ちた。

 さて――

「グレードIIIの精霊魔術と儀典魔術の同時起動マルチタスクか――今の俺の技量で巧くいくかな」

 そんなことを独りごちて、アルカードは呪文を口にした。

壁よ――阻めGiran ―― ira」 短い呪文とともに、幾何学模様の光の壁で構成されたドーム状の障壁が宿舎の建物の全周を取り囲む。

 儀典魔術による防御障壁は防御能力に限界はあるものの、ほぼ完全に宿舎を隔離している。内なるものは出さず、外にあるものは入れず、内外にまたがる者は境界線に沿って悉く寸断される――結界そのものは地中にも及び、地面や岩盤、石畳まであらゆるものを寸断しながら球状に宿舎を取り込んでいる。

 防御結界は出力設定を変えれば、空気の行き来すら禁止することが出来る――それはすなわち、防御対象を完全に隔離してしまえば、結界の内側でなにが起こっていようが、震動や轟音で事態が露見する可能性は無いということだ。

 構築した防御結界は、二語の術式なのでさほどの強度は無い――アルカード自身が全力で攻撃すれば、簡単に破れてしまうだろう。だが、アルカードのやろうとしていることを実行するにはそれで十分だ。

 胸中でつぶやいて、アルカードは両手を頭上に振り翳した。同時に展開した精霊魔術の術式が、魔力を隅々まで流し込まれて力を持ってゆく。

 同時に兵舎の周りの石畳にびしりと亀裂が走り、細かな砕片を撒き散らした。玄関脇に立っていた警衛二名の体が、まるで叩き潰された蚊の様に潰れ始めている――人体とそれを鎧う甲冑がに耐えられなくなり、重量に負けて潰れてきている。本来であれば重量と強度は釣り合うものだが、重量だけが一気に増えたためにその均衡が崩れてきているのだ。

 ふっ――鋭く呼気を吐き出しながら、頭上に振り翳した両手を縦に振り下ろす。

 次の瞬間、宿舎が崩壊した。

 ファイヤースパウンで精霊魔術の第一人者たるセイルディア・グリーンウッドから受け継いだ精霊魔術――崩地破砕グラビティクラッシャーの凄まじい破壊はまるで見えない巨人の足に踏み潰されたかの様に宿舎を周囲の地面ごと叩き潰し、地面を陥没させて、無慙な痕跡だけを残している。凄惨な破壊状態であるにもかかわらず微振動すら伝わってこない無音の中で行われた大破壊は、まるで絵画を眺めているかの様にどこか現実感に欠けていた。

 防御障壁に遮られて、結界内部で舞い上がる埃はこちらに押し寄せてはこない。

 それを確認もせず、歩き出す――どうでもいい。

 崩地破砕グラビティクラッシャーは重力制御魔術――標的周囲に高重力をかけ、周囲の地面を標的ごと陥没させる荒技だ。もっとも親和性の高い精霊であるために、グリーンウッドがもっとも得意とする系統の魔術でもある。

 無論重力は建物や地面ばかりでなく、兵士たちの体にもかかる――急激に体重だけが数十倍にまで増幅されれば、筋肉や骨格は到底その負荷に耐えられない。

 高重力だけでも兵士たちの大部分は圧殺されているだろう。生きていてもそれも本来の重量の数十倍にまで重くなった瓦礫の下敷きになって、それで死んでいるだろう。重要なのはそれだけだ――胸中でつぶやいて、アルカードは正門の前で足を止めた。

 門を力任せに押し開け、門扉の隙間から内部に入り込むと、そこが城に通じる前庭だと知れた――広々とした前庭の、ただし城主が保全にあまり興味が無いのか雑に手入れされただけの前庭の向こうに、防御に長じた三階建ての低い城が、それでも見る者を威圧する威容を見せている。

 頑丈な城の正面玄関に向かって歩きながら、アルカードはつい数時間前の出来事を脳裏に思い描いて唇をゆがめた。

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