第59話与えられた役目
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ガタンッ! と、後ずさった青年の腰に椅子が当たる。
「ま、待ってくれ! 俺は何も知らない! ただ友人に呼ばれて宴に顔を出しただけなんだ!」
血相を変えながら、青年は早口でそう言ってくる。あまりに必死な形相が哀れだと思いながらも、普段のいけ好かない人を嘲笑するような顔が歪んで笑えると、水月は密かに思う。
「その貴方のご友人が、陛下を暗殺する計画を立てていたんですけどね……密偵の話では、貴方は計画を語るご友人の隣で何度も頷いていたと聞いていますよ?」
いつもと変わらない笑みを浮かべながら、グインが一歩踏み出して青年に近づく。
たった小さな一歩。青年の体がビクッと大きく跳ね、ヨタヨタとおぼつかない足取りでグインから離れようとする。だが、すぐに壁へとぶつかって床に崩れ落ちる。
そりゃあ動揺もするだろう。貴族の有力者の息子が自室で優雅に過ごしていたら、唐突にキリルが――王宮内で悪名高い男が現れたのだから。
己の行く末に気づいているのか、青年の全身が震えている。どうにか言い逃れようと口を動かそうとしているが、怯えすぎて声が出ないようだった。
「ご友人が開かれた宴は、その日だけではありませんよね? どなたが足を運び、どんな話をされたのか……すべて話すまでは楽になれないと思って下さい」
言いながらグインが懐から小瓶を取り出すと、蓋を開け、中身を青年に振りかける。
透明な液体に塗れ、青年が体を縮こませる。しばらくしても特に何も起こらず、青年が不思議そうに己の体を見渡し始めたその時。
「カハッ……あ、ぁ……っ」
青年が息を詰め、苦悶の表情を浮かべる。息が思うようにできないのか、口から涎を垂らしながら喉を掻きむしり出した。
「ご安心下さい、それだけでは死にはしません。しかし――」
グインは腰に挿していたレイピアを抜き、青年の頬を掠るようにして目前の床に突き立てた。
「知っていることをすべて話してくれるまで、貴方を切り刻みますから。どうか少しでも長く耐えて、私を楽しませて下さいね?」
青年を見下ろすグインの目に、嬉々とした光が宿る。
あ、これはそろそろヤバい。
横で彼らのやり取りを伺っていた水月は、サッと腕をグインの前へ伸ばし広げた。
「あんまりやり過ぎんなよ、グイン。コイツはエサにするから壊すなって、キリルから言われてんだろ? 遊ぶなら別のヤツで遊べよ」
水月の声に一瞬グインの体が強張る。そして小さく息をついたかと思うと、レイピアを引き抜き、唇を尖らせながら切っ先をゆらゆらと遊ばせた。
「分かっていますよ。まだ余裕がありますから、壊れる一歩手前まで精神を削ごうと思ったのですが……」
「あのなあ、この手の苦労知らずの坊ちゃんは苦痛に弱すぎるんだよ。軽く一撃与えたら、一気にぶっ壊れて使い物にならなくなるからな」
納得していない気配を察して水月が説得すると、ようやくグインは諦めのため息を吐き、「仕方ないですね」と肩をすくめた。
レイピアを腰の鞘に収め直して尋問を始めたグインを見ながら、水月は心の中で安堵の息をついた。
(よかった……俺の言うことを聞いてくれて。ってか、本当に俺で制止できたな)
キリルの部下たちですら恐れ、グインには関わりたがらない。その気になってしまえばキリルですら止められないこともあるらしい。
理由は教えてもらったが、それでもこの厄介な相手が、こんな未熟な人間の言うことを素直に聞いてくれたという事実が未だに信じられない。
思考の海に耽りそうになった水月を、「ギャ……ッ」と青年の短い悲鳴が現実に戻す。 いつの間にかグインが青年の手をかかとで踏みにじり、その手を壊そうとしているところだった。
「だから壊すなって! 傷を残したら、泳がせた時に相手から不審がられるだろうが」
こちらの注意にグインがハッとなる。演技ではなく素の反応だ。どうやら一瞬でも目を離せないらしい。
水月はやれやれと頭を掻いてから、気を引き締めてグインをいつでも抑制できるよう近づいた。
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