第96話女神の仕上げ

    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ヴェリシアを祝う祭りとあって、国中の人間が集まっているのかと思ってしまうほど、城下街は人で溢れていた。


 花や植木などで飾り立てられた街はいつにも増して麗しく、街の入り口では初老の男たちが手風琴を奏で、訪れる人々を歓迎していた。


 市場には普段と違う出店が並び、道行く者たちの目と鼻とお腹を楽しませてくれる。

 街のあちこちで繰り広げられる大道芸は絶えず観衆に驚きを与え、人々の歓声を快く浴びていた。


 そんな建国祭で皆が一番楽しみにしていたのが、夕刻から始まる女神のパレードだった。

 まだ日が高い内に場所取りが行われ、大通りの両脇に人々は集まり、談笑しながらパレードの開始を心待ちにしていた。



(もうそろそろ、か……やっぱり緊張するな)


 城下街の入り口に設置された天幕の中。

 ドレスを着替え終えたみなもは、用意されていた椅子に腰かけ、化粧が施されるのを待っていた。


 一刻も早くパレードを始められるようにと、慌ただしく動き回る人々の足音が絶えず外から聞こえてくる。

 否が応にもこれから本番が始まるのだと自覚させられ、緊張が際限なく膨らんでいく。


「みなもさん、入るわよ」


 一声かけてすぐ、化粧箱を手にしたクリスタが天幕の中へ入ってきた。

 若草色の民族衣装に身を包んだ彼女は、ほんのり頬を上気させ、いつになく楽しげな表情を浮かべていた。


「お待たせしちゃってごめんなさい。今からお化粧始めるわね」


 化粧……その単語を聞くと、思わず体が強ばってしまう。

 他の女性たちが化粧をしていても気にならないが、それを自分がやると考えるだけで逃げ出したくなってくる。

 嫌ではないが、馴染みがなさすぎて違和感ばかりが湧き上がる。

 

 みなもがじんわりと背中が汗ばむ気配を感じていると、小さくクリスタが吹き出した。


「たかがお化粧するだけなのに、そんな今にも泣きそうな顔しないで」


「……俺、そんな顔してるの?」


 少しかすれた声でみなもが尋ねると、クリスタは「ええ」と頷きながら苦笑する。


「今からお母さんにお仕置きされる子供みたいな顔よ。……ずっと男として生きてきたから、女性になることに戸惑っているの?」


 ゲイルたちを捕らえた次の日に、約束通りクリスタに真実を伝えた。

 事情を知ったクリスタは最初こそ驚いたが、すぐに「男にしては肌がきれいすぎるな、って思っていたけど、それなら納得できるわ」と笑って受け入れてくれた。


 知り合って間もないが、今ではクリスタは数少ない良き理解者だった。


 クリスタの前では自分を偽らなくてもいい。

 じっと彼女の目を見つめてから、みなもはため息をつき、コクリと頷いた。


「女性として生きるようになっても、俺が俺であることに変わりはないって、頭では分かっているんだ。でも女性に戻ったら、今までの自分を否定してしまう気がして――」


 自分が女性であるということは、弱みにしかならない。

 ずっとそう否定しながら生きてきた人間が、今さら女性に戻ってもいいものだろうか?


 みなもが考え込んでいると、クリスタ息をつき、こちらの肩をポンと叩いた。


「一度変わったら、もう二度と戻れないって訳じゃないわ。いっそその時の気分で、男になったり女になったりしても良いじゃない。きっとレオニードなら受け入れてくれるわ」


 ……そうか、そういう考え方もあるんだ。

 フッとみなもの肩から力が抜け、笑顔がこぼれる。


「ありがとう。そう言ってもらえると、すごく楽になるよ」

 

「フフ、みなもさんもレオニードと同じだわ。ちょっと重く考えすぎね」


 クリスタはこちらに微笑み返すと、慣れた手つきでみなもに化粧を施していく。

 やはり慣れないことで緊張してしまうが、さっきよりも抵抗感は薄れていた。


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