第62話駆け引き

    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ナウムの部下の中でも年長と思しき男が先頭を走り、「あっちに行くぞ」と城内を案内しながら向かう先を促してくる。

 彼のすぐ後ろを走りながら、みなもは言われるままに「はい」と頷き、チラリと後方を走る男たちを見やる。


 まだこれだけ動ける状態で、自分の意思を取り戻していることに気づかれる訳にはいかない。

 わざとぼんやりした目をしながら、みなもは疑われないよう不審者や毒を調べるフリをしていた。


 一階から二階へ上がろうとした時、最後尾の男が急に膝をついた。

 突然のことに一同の足は止まり、彼に注目する。


「おい、大丈夫か!?」


 一番近くにいた者が駆け寄り、しゃがみ込んで男の顔を伺う。

 彼は鈍い動きで首を横に振った。


「駄目だ……体が痺れて、思うように動けない。俺に構わず、先に行ってくれ」


「分かった。悪いが行かせてもらう」


 各々に頷き合い、残った者で二階へ向かおうとする。

 しかし動き出した途端に体がよろめき、みなもを残して全員がその場に崩れ落ちた。


 どうやら耐毒の薬と偽って飲ませた、毒の効き目を促進する薬の効果が出てきたらしい。

 好機が巡ってきたと騒ぐ心を抑え、みなもは抑揚のない声で話しかけた。


「すみません。お渡しした薬よりも、城内の毒が強いようですね。……私はナウム様からエレーナ様を守れという命を受けていますから、このまま向かわせて頂きます。ここからどう行けばいいですか?」


 男たちが視線を泳がせ、互いの意思を探る。

 しばらくして年長の男が息をつき、口を開いた。


「ここから二階に上がって、廊下を突き当たりまで向かえ。その後は――」


 体の痺れが強くなり、彼は言いにくそうに言葉を区切りながら道を教えてくれる。

 聞き終えた後、みなもは「分かりました」と言って彼らに背を向けると、足早に階段を駆け上がった。


 二階に足を踏み入れ、後方から男たちが現れないことを確かめると、みなもは眼差しを強くして廊下の先を見た。


(……いずみ姉さん)


 きっと会うのはこれが最後になるだろう。

 記憶を奪われまいと激しく抵抗して、あの穏やかで優美な瞳に憎しみを宿し、こちらを見てくる――そんな姿を少し想像しただけで、泣きたくなってしまう。


 こんな事態になっても、大好きな姉だという思いは変わらない。

 胸の奥には、まだ一緒にいたいと願う気持ちも残っている。


 それでも、大好きだからこそ自分が姉を止めなければ。

 みなもは歯を食いしばり、残っていた未練を押し殺すと、全力で廊下を駆け出した。


 教えられた通りに進んでいくと、以前いずみとゆっくり話ができるよう通された部屋だった。


 即座に全体を見回し、人の気配を探る。

 いずみの姿だけでなく、毒で体の自由を奪われたであろう侍女や衛兵たちの姿も見当たらない。

 あまりにも綺麗に整えられた部屋と、自分の呼吸する音が響いてしまう静けさ。

 城に自分だけしかいないのでは、と錯覚しそうになる。


 ここは王族の私的な応接間。いずみはさらに奥へ進んだ所にある私室に隠れているらしい。

 着実に姉との距離は縮まっているのだと思うと、はやる胸の鼓動が加速した。


 息を整えるため、軽く助走しながら進んでいく。と、


「みなも、ここまで来たのはお前だけか?」


 突然、真横からナウムの声が飛んでくる。

 思わず体を硬直させ、みなもは息を呑む。


 焦りを見せれば、自分が元に戻っていることを勘づかれてしまう。

 瞬時に虚ろな表情を作り、ゆっくりと振り向いた。


 中に人がいないかと注意を払っていたのに気付かなかった。そこには腕を組んで柱にもたれかかるナウムの姿があった――まるでこちらを待ち伏せしていたかのように。


 自分と一緒にいたナウムの部下が動けなくなっているなら、残りも同じ状態になっているだろう。

 一人きりだと居心地が悪かったが、この男と二人きりだと思うと、それだけで腹立たしくなってくる。


 心の中で顔をしかめながら、みなもはコクリと頷いた。


「ああ……思った以上に毒が強くて、耐毒の薬が負けてしまったんだ」


「……急ごしらえで作った薬だからな。それは仕方ねぇな。だが――」


 ナウムはこちらへ体を向けると、口端を引き上げた。


「オレの期待に応えられなかったんだから、おしおきが必要だな」


 こんな非常事態に何を言い出すんだ?

 しかも城内で、姉さんがいる所からも近いのに。

 

 まさかそんなことを言うとは思わず、みなもの胸は激しく動揺する。

 ここへ来てまでナウムに弄ばれるのは嫌で嫌で仕方がない。

 けれど油断を誘うためにはやり過ごしたほうがいいと思い、ナウムの言葉を待った。


 スゥッと、見つめてくる視線の温度が下がったように感じた。


「みなも、オレが良いと言うまでそこを動くな」


 何度も従ってきた命令。みなもは半ば呆れながらも従う。


 わずかにナウムの腰が低くなる。

 そして疾風のごとくこちらへ走り出した。


 彼の手が剣の柄にかけられていることに気づいた瞬間、みなもの背筋が凍りついた。

 

(コイツ、俺に暗示がかかっているか確かめる気か!?)


 避けようとすれば、意思があることに気づかれてしまう。

 動かなければ、肌を突き刺すギリギリのところで剣を止めるハズ。


 恐れなくていい。

 この男は自分を殺さない。

 そう腹をくくり、みなもは言われたままに不動の姿勢を貫こうとする。


 だが、ナウムの剣が届きそうな距離まで迫られた瞬間、全身が総毛立った。


 頭を働かせるよりも先に、みなもの体が勝手に動いた。

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