第56話熊オジサンの気遣い

 すぐに返事ができず、みなもは二人を見つめる。


 命を賭けてでも、すべて一人で終わらせようと思っていた。

 だからナウムを相手にしながら、心を殺して機会を伺っていた。

 レオニードと一緒になれる未来も諦めて――。


 けれど、これからも生きられるというなら、生きていきたい。


 国を相手に無事でいられないかもしれない。

 しかし二人を危険な目に合わせると分かっていても、差し伸ばされた手を跳ね除けることはできなかった。


「……来てくれてありがとう。すごく心強いよ」


 生きられる可能性が見えてきた以上、全力で足掻きたい。

 みなもは二人に頭を下げると、小さいながらも声に力を込めた。


「俺は藥師として生き続けたい。少しでも久遠の花に近づけるように、いつか俺が久遠の花となれるように……そのために二人の力を貸して欲しい」


 間髪入れず、レオニードと浪司が「もちろんだ」と声を揃えた。


 そしてこれからのことを話し合うために、どちらともなく焚き火を囲む円を縮める。

 話を切り出したのは浪司からだった。


「急な話で悪いが、決行を明日にしようと思っている。みなも、それで構わねぇか?」


 問われてすぐ、みなもは小刻みに頷く。これ以上ナウムに好き勝手されるのは耐えられない。早い決行は大歓迎だった。


 浪司は頷き返すと、こちらに顔を近づけて声を落とした。


「明日の朝、ワシとレオニードが城で騒ぎを起こす。そうすれば、恐らくナウムはお前さんを連れていずみを守りに行くハズだ。後はナウムの隙をついて、いずみから久遠の花の知識を奪ってくれ。その後は――」


 知識を奪えば、必然的に久遠の花として過ごした記憶も消えることになる。

 自分たちが姉妹であることも忘れてしまう。


 いずみに記憶を消す薬を飲むように頼んだ時、すでに覚悟は決めている。

 それでもまだ、姉の中から自分を消したくないと願う気持ちが残っていた。


 浪司の話を聞かなければと思うのに、心がバラバラになっていく感覚が気になり、話に集中できない。


 みなもが動揺を顔へ出さないよう、必死に自分を抑えていると――。

 ――ぽん、とレオニードに肩を叩かれた。


 ゆっくり振り向くと、彼は心配そうな眼差しでこちらを見つめていた。


「……大丈夫なのか?」


 言われて返事をしようとしたものの、喉から言葉が出てこなかった。


 本当にレオニードはこちらのことをよく見ている。

 少しでも気を抜くと、心の揺らぎも、弱音も、彼には筒抜けになってしまう。


 情けない自分を知られて恥ずかしいと思う反面、彼だけは分かってくれるのだと、妙な安心感を覚える。

 みなもは小さく息をつき、わずかに微笑んだ。


「思った以上に大事になりそうで、さすがに不安だけど……大丈夫だよ」


 支えられていると実感した途端に、動揺が治まってくれた。

 ありがとうと呟いてから、みなもは浪司に視線を移す。

 

 話を中断してジッとこちら見ていた浪司の目が、やけに温かく感じる。


 目が合うと、浪司は急に背伸びをしながら大きなあくびをし始めた。


「眠くなってきたぞ。明日に影響するといかんから、話はこれで終わりにしようぜ」


 いきなり何を言い出すんだ?

 あまりにわざとらしい調子に、みなもの頬が引きつる。


「ろ、浪司、まだ話が途中なんだけど――」


「簡潔に言えば、お前さんはいずみの元へ行くことに集中すればいい。それ以外のことは、ワシとレオニードでもう打ち合わせ済みだ。無駄に長々と話すよりも、明日に備えて休んだほうが良いぞ」


 一理あるように言ってるけど、さっさと寝たいだけなんじゃあ……。

 本能のままに動き過ぎじゃないか、この熊オジサンは。


 貴方も何か言ってやってよと、みなもは隣を見やる。

 レオニードも呆れているらしく、いつになく目が据わっていた。


「明日は失敗が許されないんだぞ。抜かりがあったらどうするんだ」


 怒気混じりの低い声に、浪司が「そんな怖い顔するな」とたじろぐ。

 しかし話を続ける気はないと言わんばかりに、立ち上がってクルリと背中を向けた。


「無駄にダラダラと話をするより、もう少しじっくり再会を喜び合うほうが有意義だと思うぞ。……こうやって話せる時間は、限られてんだからな」


 ああ、なるほど。そういうことか。

 せっかくだから、このまま彼の好意に甘えさせてもらおう。


 浪司の狙いがようやく分かり、みなもは強張った表情を和らげた。


「分かった、浪司。確かに寝不足で倒れたら困るものね」


「ワシ、眠気と食い気は我慢できんからな。悪いが先に休ませてもらうぞ」

 

 そう言うと浪司は手をヒラヒラと振りながら、焚き火から遠ざかっていく。


「待て、浪司。話は――」


 引き止めようとレオニードがその場を立ちかけた瞬間、みなもは彼の袖を引っ張った。

 レオニードは腰を浮かせたまま、こちらに視線を留める。

 困惑する彼へ、みなもは静かに首を振った。


「俺たちを二人きりにしようと気遣ってくれたんだよ。……まったく、浪司は変なところに気が回るんだから」


 みなもが軽く肩をすくめると、レオニードは一瞬だけ目を点にしてから、長息を吐き出した。

 

「気持ちは嬉しいが……本当にこれで良いのか、みなも?」


「うん。二人きりで貴方に話したいことがあったから……」

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