悦に浸るには
グロサルト領に滞在して3日目の朝。
今日も宿から出ると女商人に捕まって、領地の観光に連れ出される。
行き先は冒険者ギルドだそうな。
ここにきてからというもの、美味しいものがいっぱい出てきて空腹を感じたことがなく、生活に不自由していない。
高級ベッドに体が慣れ、お肌がツヤツヤ、髪もサラサラ。
栄養のあるものを食べさせてもらっているおかげで、アリアもどんどん可愛くなっていく。
このままではダメになる。
でも、一度手にした快楽は手放せない。
こんな生活が続くよう、領主がいつまでも探し物を続けていればいいのに。
そう考えてしまうほど堕落してしまった。
「——ここがグロサルト自慢の冒険者ギルドです! 早い! 安い! 確実! をモットーに運営しているのです!」
商人の案内によって浮わついていた心が引き戻された。
冒険者ギルドと紹介された建物は、見たことのあるようなかたちだ。
ギルドというのは、どこも同じような設計なのだろう。
首にかけているドッグタグ。
これは私が冒険者であることを証明するギルドカードだ。
その存在を忘れてしまうほど、習慣的に身につけている。
すべてが始まった時から一緒なので、何気に大事にしているモノの一つ。
これさえあれば、私もここで依頼を受けることができるのだろう。
「今日は冒険者たちの仕事ぶりを見てもらうようにと、領主様のお達しです!」
女商人に先導されて、ギルドの中に入る。
荒くれ者ばかり集まった、冒険者特有の喧騒に出迎えられると身構えたが、意外にも静かだった。
『いらっしゃいませ!!』
カウンターにいる職員が一斉に挨拶をする。
ひとりは天井から吊るされた木の板を棒で叩いて、お祝いをするみたいに私たちの来訪を歓迎した。
「他の街のギルドでは、冒険者も職員も態度が悪くって、依頼人がギルドに入りにくいことが問題になっています! ですがグロサルト領のギルドでは、丁寧な接客対応を徹底し、依頼人に気持ちよく利用してもらえるように頑張っています!」
女商人が我が子のようにギルドの自慢をする。
私の知るギルドとは違う有様に、ぶら下げていたギルドカードをそっと服の中にしまい込んだ。
巻き込まれたやイヤだ。
「さあさあ、何か依頼をしてみましょう! 安心してください! リルフィ様からお代はいただきません!」
妙に目がキラキラした冒険者たちの視線を受けながら、依頼カウンターへと向かう。
そこに近づくにつれて、受付の表情がどんどん笑顔になっていく。
「いらっしゃいませこんにちは! 本日はどのようなご依頼で?」
ただ案内されて来ただけで、困っていることは何もない。
女商人はなんでも言っていいよという目で訴えかけてくる。
強いていうなら、言うことがない現状に困っている。
私が黙っていると、エリスが一歩前に出た。
「……じゃあ、砂糖が欲しい。あとミドリンゴと麦粉とたまご」
それはただのおつかいだ。
冒険者ギルドで依頼することじゃないでしょう。
確かに砂糖は貴重かもしれないが、探せばどこかに売っているだろう。
隣に女商人もいるし。
「はい喜んで! ご依頼ありがとうございます!」
『ありがとうございます!』
受付が声をあげると、ギルドの中の全員がそれに続く。
いきなり全方位から声が出てきてびっくり。
全ての視線がこちらに集中し、いたたまれない気分になる。
金にがめつい冒険者なら、さっさと私たちを捕まえにきて、懸賞金を狙うだろう。
それが普通なのに。
でも、そういう輩がここにはいない。
とても気持ち悪かった。
「それではこの依頼を受けたい冒険者はいますか!?」
受付が依頼書を貼り付ける間も無く、口頭で募集をかけると。
『はい! はい! はい!』
『俺だ!』
『わたくしです!』
『いいやオレが!』
『ちょっと、俺が一番に手をあげたんだぞ!』
椅子に収まっていた冒険者たちが、一斉に身を乗り出してアピールを始めた。
建物の中が、自己主張の声でいっぱいになる。
声なのか振動なのかわからなくなるほどの音量。
「はい、ではそこのあなた!」
受付が指差すと、一気に静寂が戻ってきた。
指された方向から、ひとりの冒険者が歩み寄ってきて、私たちに深くお辞儀をする。
「リルフィ様、この度はご依頼いただきありがとうございます。このわたくしが必ずや、注文以上の成果を成し遂げて参りましょう!」
金髪のキレイな女性だった。
前髪は切りそろえられ、キズひとつない整った顔。
高価そうな防具を身につけていて、まるで冒険者とは思えない格好だ。
このひと、会ったことある……?
「あの、ついこの間、会いませんでしたか?」
私が雪国からエルフィードに帰ろうと決心した日。
金髪のエルフィード人が、私たちのボロ家に訪問してきた。
代わり映えのなかった日々に、変化をもたらした出来事だから、鮮明に覚えている。
「ええ、お会いしたでしょう。ですがわたくしは今、なによりもリルフィ様のためにお仕事がしたくてしょうがないのです。積もる話はまたあとで……!」
そうか、ここの冒険者だったのか。
何かの依頼で国外まで行かされたのかもしれない。
普通ならお断りするような無茶振りだが、グロサルトのギルドならやりかねない。
「それでは行って参ります!」
金髪の冒険者が走って出て行く。
アリアがひょっこり現れて、不思議そうに私の顔を覗いてきた。
「……あの人、知ってるの?」
「ああ、アリアは会ったことがなかったか」
雪国で金髪の冒険者と出会ったのは、アリアの意識がまだ戻っていなかった頃だ。
あの冒険者が魔石を置いて行ってくれたおかげで、アリアが目覚めた。
一応、命の恩人と言っても良いのかもしれない。
「私たちがエルフィードに帰るきっかけをくれたひとだよ」
「……ふーん」
アリアはつまらなさそうに、顔を背けてしまった。
私が他のひとのことを得意げに話すから、嫉妬しているのかな?
可愛いアリアは一歩離れて、こちらを向く。
さっき金髪の冒険者が立っていた位置だ。
「ねえリルちゃん、あれ、追ってみない?」
そう言ってくるアリアの姿は、よく見てみると金髪の冒険者と似ている。
色と性格が違うだけで、印象がガラリと変わって気づかなかった。
「アリアはあのひと、知ってるの?」
ただ似ているというだけで、直感的に聞いてしまった。
もしアリアがあのひとと知り合いだったらどうしよう。
アリアが私から離れて行く気がして、寂しくなってしまうかもしれない。
それは嫉妬だ。
私もひとのことを言えないね。
「しらなーい」
……まあ、当然かな。
アリアは私とずっと一緒にいたのだから、人間関係も似てくるだろう。
そこまでで変な想像をするのをやめて、私たちはギルドを後にした。
・・・・・・・・・・・
私たちは依頼をこなしている最中の冒険者の後をつけた。
ちゃっかり女商人もついてきているので、4人という大所帯でひとりを追っているのだ。
これじゃあ自分たちで買いに行くのと変わらない。
ギルドの人間にとっては、冒険者の仕事ぶりを見せるのが目的だろうから、これでもいいのかな。
まず最初にたどり着いたのは、肉屋。
路地のスキマから冒険者の姿を見守る。
注文した品物の中に肉類はなかったハズだけど。
「そこの商人! 砂糖とミドリンゴと……卵を用意しなさい!」
すごく高圧的に、場違いな注文をしていた。
なんだアレ……。
エリスとアリアも身を乗り出して、その様子を観察する。
「……店を間違えてるし、麦粉を忘れてる」
「ばかだね」
エリスとアリアが小声で感想を言った。
結構な辛口コメントだった。
女商人はやってしまったという表情で、ため息をついている。
「リルフィ様、すみません……。商人の人選ミスです……」
「いや、あなたのせいじゃないよ」
「一人のミスは街全体のミスなのです。リルフィ様に見苦しいところをお見せしてしまったとあれば、領主直々に謝罪させることも……」
お?
もしかしたら領主に会えるチャンス?
「いやいや、そこまでしなくていいですから」
「そうですか……すみません」
と、考えよりも言葉が出てきて、領主に会う機会を棒にふってしまった。
私の中の怠惰な部分が、本来の目的に勝ってしまった瞬間である。
領主に会ったら「王の遺産」を渡されるかもしれない。
そしたらここでゆっくりするのも終わり。
再び食うか食われるかの殺伐とした日常に逆戻りだ。
私たちの幸せのためには、いつかはそこに戻らなければならないことは分かっている。
アリアに申し訳なくなって、後ろのアリアの存在感が重くなっていく。
「リルちゃん、おぬしもワルよのう」
実際に背中に体重をかけられていた。
耳元でささやいてきて、私の企みがバレバレなのが分かった。
ごめんね。
「——なんですって!? そんなものは置いてない!? あなたそれでも商人ですか!?」
金髪の冒険者の怒鳴り声が聞こえてきて、尾行の最中だったことを思い出す。
「……肉屋だよ」
エリスがぼそりとツッコミを入れた。
女商人はとうとうガマンできなくなったのか、路地裏からズカズカと出て行ってしまった。
肉屋と揉める冒険者の腕を掴んで、店を後にする。
見失わないように、私たちも少し離れてその後を追った。
「あなたはリルフィ様の付き人……! こんなところで油を売っていて良いのですか!?」
「商人は油売りではありません! とにかくこっちにきてください!」
女商人と冒険者は、大通りを進んで私たちの宿の方へ向かっていく。
つまり、女商人の店に向かっているのと同義。
「はいつきました! ミドリンゴと砂糖と麦粉と卵ですぅ!」
「おお、でかしました!」
露店の裏の倉庫から、商品の在庫を持ってくる。
小柄な女商人の両手いっぱいに、目的のモノが抱えられていた。
「早く持って行って依頼を完了させてください! もう!」
「礼を言いましょう! それでは!」
金髪冒険者は商品を受け取ると、お金も払わずにギルドの方へ帰って行った。
残された商人は木箱に手をついてガックリうなだれている。
お疲れさま。
商人を残して、私たちは冒険者の後に続いてギルドに戻った。
建物に入ると、今度はみんなで「お帰りなさいませ」との挨拶をもらった。
そして、金髪の冒険者は勝ち誇った顔で、私に品物を渡してくる。
全部見ていたんだぞ。
「はぁ、はぁ、どうでしょうリルフィ様、一時間もかからずに、依頼を達成してみせました!」
「依頼人はエリスなんだけど……」
「……対応はリルフィに任せるよ」
エリスに面倒ごとを押し付けられた。
働きたいって言ってたのに、肝心なところではサボるんだ!
「どうでしょう、わたくし、リルフィ様のお役に立てましたか!?」
「あーありがとーございますー」
不正を目撃している以上、素直に褒めることはできない。
テキトーにお礼を言った。
とりあえず受け取った荷物をエリスに渡す。
金髪の冒険者は、私のぞんざいな対応でも満足したのか、鼻息を荒くして冒険者カウンターへと歩いて行った。
入れ違いになるように、アリアが姿をあらわす。
「トイレ?」
「うん」
なら仕方がない。
依頼が完了したことが受付に伝わり、ギルド中が例の熱気に包まれる。
『ご依頼いただきありがとうございました! またのご依頼を心よりお待ちしております!』
ポンポンポンポン、木の板を打ち付ける音。
それに加えて他の冒険者たちが拍手をする。
お誕生日会かな?
ただのおつかいが終わったごときで、大げさすぎる。
これがグロサルト領の異常なギルドなのだ。
——とりあえず、今日はやることがなくなったから、帰ろうか。
アリアとエリスはいつでも動けそうな様子。
冒険者たちの歓声が大きく、日常会話がままならないような状態だから、目配せをしてアリアとコミュニケーションをとる。
そうしてギルドを出ようとしたところ、女商人が乱暴にドアを開けて入ってきた。
商人もここまで走ってきたらしく、肩で息をしている。
「リ、リルフィ様、お待ちください、冒険者のみなさん、例の計画を……っ!」
まだ何かあるの?
内心、帰って部屋のプールで浮かんでいたい気分だ。
プカプカと。
『オォーッ!』
そんな私の気持ちとは反対に、冒険者たちが女商人の言葉に盛り上がる。
「領主様の提案で、リルフィ様の故郷……ノーザンスティックス領を、復興することになったのです!」
ええ……。
女商人の話は、素直に喜べない内容だった。
聞けば、エルフィード軍に滅ぼされたノーザンスティックスの村を建て直し、グロサルト領が管理・維持すると言う。
そうすれば私はいつでも故郷に帰れるし、帰れば今みたいな手厚い接待を受けられる。
領主が私のためにと、最大限のプレゼントをしている感覚だ。
でもうがった見方をすれば、事実上、グロサルト領がノーザンスティックス領を吸収し、領地を広げることになるのだ。
領地が広がれば、人口が増え、お金が回るようになるし軍も強くなる。
領主の発言力は一気に増え、貴族社会での地位は揺るぎないものになる。
私一人を適当にもてなす労力で、領主はその何十倍もの恩恵を得ることができる。
こんな田舎の土地をまとめたところで、そこまでの期待はできないかもしれないけど、そう解釈してもおかしくないのだ。
政治的な話を抜きにしても、故郷をいじられるのはイヤだ。
村がよみがえったって、ひとは戻ってこない。
両親のいない実家があっても、悲しくなるだけ。
ノーザンスティックス領の復興なんて、余計なお世話だ。
結論として、ノーザンスティックス再建計画は反対。
『オォーッ! オォーッ! オォーッ!』
女商人の後ろで、冒険者たちが列を作ってギルドを出て行く。
それを複雑な心境で見送る。
暴力とは違う、あまりにも大きなチカラの前で、イヤとは言えなかったのだ。
「さあ、商人たちも外に出ましょう!」
冒険者の列の最後尾に続いて、商人も嬉々としてギルドを出て行く。
ギルドの中はあっという間に静かになった。
乗り気じゃないけど、場の流れにしたがって私たちも外に。
ギルドの前には、大勢の人々が並んでいた。
冒険者が、きっちり整列しているのだ。
そのほかにも、一般市民や商人たちも紛れている。
街中のひとが集まっているんじゃないかと思うほどの数。
先頭に、ギルド長らしき老人が立っており、列をなす人々に号令をかけていた。
「どうでしょうリルフィ様! これがグロサルト領の本気なのです!」
女商人は私たちのお世話役を任されているのか、行列には加わっていない。
この光景に何も言えないでいると、列が動き始めた。
「なんとしてでも、3日以内に! ノーザンスティックス領を復興してみせます!」
それはムリだろう。
私たちが北の山からここまでくるのに、3日以上かかっているんだぞ。
馬車があるのならまだしも、こんな大人数を運ぶ馬車なんて用意できないだろう。
「無理ではありません! ずっと走れば、寝ずに働けば、不可能なことなどないのです!」
女商人の言うように、街の外へ向かう人々は、気づけばみんな駆け足で移動していた。
道中は魔物も出る。
そんなペースだと、絶対にもたないだろう。
「グロサルトの民は! 領主様に労働を捧げるのです! 領主様、ばんざーいっ!!」
『領主様、ばんざーい!! 領主様、ばんざーい!! 領主様、ばんざーい!!』
女商人がおもむろに、行列に向かって両手をあげる。
遠くからも、領主を讃える声が繰り返し聞こえる。
みんな、そうやって叫びながらノーザンスティックス領へ向かっているのだ。
女商人も、他の人々も、自分の幸せを信じて疑わない。
「それでいいのかな……」
自分のことを顧みず、盲目的に領主様をうやまい、尽くす。
それは幸せなことなのだろうか。
「それでいいんだよ」
アリアが手を握って返してくれる。
私にとっての領主様は、アリアである。
アリアのために働くのは苦じゃないし、今までもそうやって頑張ってきた。
この光景はそれと同じなのだ。
だからこそ、アリアは私のひとりごとを肯定してくれた。
「そろそろ私も頑張らないと、いけないかな……」
「わたしを助けてね、リルちゃん」
ここで腐っていても、ホンモノの幸せはやってこない。
堕落していた私の精神が、キュッと引き締まった感じがする。
あんなおかしな光景を見て、やる気を出すというのはシャクだけど、出てしまったものは仕方がない。
終わらせよう、アリアのために。
明日、領主の屋敷に突撃すると心に決めた。
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