第60話 軍属
「さて、マリア...... この3人の男から何か嫌な気を感じるか?」
シュターク・バイルと名乗る男に少々強引であるが、調査に協力してもらう約束をした俺は、喉元に突きつけていたダガーナイフを静かに収め、スキンヘッド男を解放した。
ナイフを収めれば、この3人が不意を突いて攻撃してきた時すぐに反撃出来ないが、レーヴェが今も低く喉を鳴らして3人に睨みをきかせているから、ナイフを退ける位の要望は聞いてやろう......
早速聞き込みを...... といきたい所だが、まずはマリアにこの3人の発する気配......気を見てもらおう。
マリアがこの強面3人組から、奴隷商人達に感じた気に近いモノ感じれば、この強面3人組ももしかしたらその類の人間の可能性が上がる。
そうなれば、何か手掛かりが得られるかもしれない。
「ん...... ミカド、この3人からは特に嫌な気は感じない...... むしろ明るくて暖かい......ミカドやセシルに近い気を感じる...... 」
「なに?」
と思っていたが、俺の思惑は一瞬で振り出しに戻ってしまった。
マリアの言うことが本当なら、このスキンヘッド男のシュタークと、刺青男のクリーガそしてピアス男のアル......
この3人の男達は、外面こそ鬼の様な強面だが、少なくとも人を拐う様な外道では無いという事になる。
しかも、発する気は俺やセシルに近い気だそうだ。
マリア曰く、人は生まれた時は皆明るく、暖かい気を発しているが、先に述べた奴隷商人等の様に、人を攫ったり...... 傷付けたり...... 妬んだり...... 人を不幸にする事に罪悪感を感じなくなっていくと、その人達が発する気は暗く、黒く、そしてドロドロとした気に変わっていくとの事。
このマリアの話を踏まえると、この3人の男達は、人が傷付いたりする事に罪悪感を感じる至極一般的な人間だという訳だ。
少なくとも人を拐い、自爆を強要する人間ではないと分かった。
となると、有力な手掛かりは持っていそうにない......
シュタークが貧民街をキョロキョロ歩いていて、見るからに怪しいと思い声を掛けたが、どうやら無駄骨になりそうだ。
「さすがエルフだな...... 勝手に気を読まれるのは癪だが、お嬢ちゃんに見えちまうなら仕方ねぇ」
「エルフなんて久しぶりに見たぜ...... 」
「あぁ...... 気を読めるみたいだし、間違いねぇな」
どうやらこの男達は、エルフと言う存在の事を多少なりとも知っている様子だ。
このラルキア王国には獣人を始めとして多少の奴隷が居るらしいが、普通に人間と共存している他種族も一定数存在している。
ノースラント村では奴隷を始め他種族は見た事がないが、ここはラルキア王国の中でも1番大きな街、王都だ。
だからこの男達がエルフの能力や外見を知っていて、王都の何処かで見た事があってもなんら不思議はないか......
さて、マリアのチェックも済んだ事だし、恐らく時間の無駄になるだろうが、今回の爆破事件の手掛かりになりそうな事を知っていないか聞いてみることにしよう。
「そうだ。そこに居る子はエルフだから人の発する気が見える。
そんな事より、シュタークに質問だ。
まず、何故シュタークは俺の名前を知っていた?」
「そりゃ、お前は俺達ラルキア王国軍の中でそれなりに有名人だからさ」
「ミカドがラルキア王国軍で有名?」
「獣人のお嬢ちゃんは知らねぇのか?このミカドって奴は少し前、ユリアナ王女殿下の危機を救ったんだぜ?」
「あぁ、ユリアナ王女お抱えの戦乙女騎士団の奴らが悔しそうに、そこに居るミカドの兄ちゃんの事を話してるのを聞いた事があるぜ。
黒い髪と黒い目をしたミカドと言う男が、姫様の危機を救った...... 本来なら姫様の危機を救うのは我々の役目であり存在意義なのに...... って感じでな。
ありゃ怖かったぜ? まるでお前を呪い殺そうかって位の勢いだったからな」
なんと、どうやらシュタークだけなく、刺青男のクリーガとピアス男のアルも俺の事を知っていた様だ。
そして、アルが何気なしに言ったこの言葉を聞いて、凡その検討が付くと同時に、仏頂面で俺を睨む、戦乙女騎士団の団長ラミラ・アデリールの顔が脳裏に浮かんだ......
ラミラは初対面の時から俺達に...... というか俺だな。
うん。ピンポイントで俺にだけ何処か棘のある接し方だったし、更に敵愾心を向け、その意思を隠そうともしなかったな......
まぁ、それだけユリアナの護衛騎士団を纏める団長としての誇りが有るって事なんだろうけど......
とにかく、これで何故シュタークが俺の事を知っているのか察しが付いた。
大方、俺やセシルがユリアナを助けた後、戦乙女騎士団の団員達が俺達の事を放しているのを他人に聞かれ、それが広まったと断言していいな。
何か、前にもギルド関連で同じ事があったな......
いつの間にか名前が一人歩きしている事......
「......ミカド、本当?」
「確か、あの丞相もそんな事言ってたな...... って事は、マジで本当に!?」
何とも言えない気恥ずかしさの様なモノを感じていると、気付けば不満顔のマリアとレーヴェが俺の方を見ていた。
そう言えば、マリア達にはこの話はしていなかったな......
時間が出来たら簡単に話してやろう......
ん? 待てよ。
さっきシュタークは『俺達ラルキア王国軍の中でも...... 』と言っていたが......
まさか......
「あ、あぁ...... すまん。レーヴェ達には話してなかったな。今度時間が出来たら、どういう経緯でそうなったのか教えるよ。
それより、シュターク...... もしかしてお前達、ラルキア王国軍の関係者なのか?」
「あぁ、そうだ。俺やクリーガそれにアルは、主にこの貧民街に反政府的思考を持った奴が居ないかを調査したり、治安維持を任務にしているラルキア王国軍の軍人だ」
俺はこの言葉を聞いて、申し訳ない気持ちで一杯になった。
シュタークの言葉に続く様に、クリーガとアルも声を発する。
「一昨日から昨日にかけて、ラルキア王国にある軍の駐屯地や、ギルドの支部が爆破されただろ?
俺達の上官はここ、ペンドラゴもその爆破の被害に遭うんじゃないかと、調査を徹底的にする様に命令してきたんだ。
で、俺達の担当地区である貧民街も、その対象になった訳さ」
「といっても、貧民街はならず者や軍に恨みを持つ者を多い...... だから、逆恨みで襲われるのを未然に防ぐ為に、軍属である証明になる鎧や剣は身に付けられない決まりになってんだ。
軍属と分からねぇのは無理ねぇさ。
にしても..... こんな危険な時に護身用の武器の1つも持たせてくれねぇうちの部隊はどうかしてるぜ...... 」
「それは...... 軍属とは知らずに失礼な事をした...... すまない。
いきなり3人に取り囲まれたもんだから、無頼と勘違いしてた」
「いや何、こっちこそ驚かせて悪かったな。
あぁすれば大抵の奴はビビって逃げ出すんだ。
出来るだけ暴力沙汰を起こさない様にしたつもりが、裏目に出ちまったな」
てっきり、俺はシュターク達がそのならず者の類かと思っていたが、盛大な勘違いをしていたみたいだ。
俺は素直に頭を下げた。
それにしても、シュターク達も色々と大変そうだな......
さて、シュターク達がラルキア王国軍人なら、脅して情報収集するなんて野蛮なやり方は辞めだ。
俺達の素性を明かせば、今回の爆破事件の捜査をもっと有効的に協力してくれるだろう......
「改めて自己紹介させて欲しい。
俺の名は西園寺 帝。シュターク達が知っている様に以前ユリアナ王女殿下を助けた事がある......
それと俺はルーク級のギルド組員でもある。今回は俺が良く行くギルドの支部長代理から、今回のラルキア王国全土で起こっている爆破事件の調査を任されて、ここに来ている」
「ギルドが調査を? 」
「仕事が早ぇな」
「事が事だからな。早急に動かないともっと大変な事になるかも知れないだろ? で、隣にいるエルフの子と、獣人の子もギルド組員で今回の調査に協力してもらってるんだ。
本当は調査の依頼書を見せたいんだが、今は別行動している子に持たせてるから、生憎手元に無くてな......」
俺はシュターク達に頭を下げて、早速簡単に俺達の自己紹介をしながら、胸ポケットに入れていたルーク級のギルド手帳を見せた。
本当なら、ミラに書いてもらった依頼書を見せたい所だが、今その依頼書は別行動中のセシルが持っているから代わりにギルド手帳を見せた。
依頼書があれば話は早く進んだかもしれないけど無い物は仕方ない......
説得力に欠けるが、シュターク達が俺の言った事を信じてくれるのを期待するしかない。
「成る程...... 支部長代理って事は、ギルドでも色々と面倒な事が起こってるみたいだな...... んで、ミカドは何で俺に声を掛けたんだ?」
「それは...... 」
シュタークから問われた俺は、何故この王都ペンドラゴに来たのか... 何故この貧民街に来たのか... 何故シュタークに声を掛けたのかを簡単に説明を始めた。
時刻は16:00。頭上を微かに傾いて動く太陽の下、俺は、俺達は、物陰からこちらの様子を覗く男の姿に気が付く事はなかった......
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