第15話 ブラウンヴォルフ




依頼の準備が完了した俺は大量の狩り道具を持つダンさんと共に、黙々と森の中を進んでいた。


狩人としてこの森で暮らすダンさんは慣れたもんだとばかりに、太腿の辺りまで生えた草を掻き分けスイスイと木々の間を進んで行く。

一方の俺はというと、付いて行くのがやっとな状態だ。


それでも何とか喰らい付き20分程歩いていると、小高い丘が見えてきた。


今度はハイキングか? と思いつつ丘を登ると、その頂上には今回一緒に依頼をこなすダンさんの狩人仲間3人が待っていた。今回はダンさん達と付き添いの俺を含めた計5人で依頼をする事になっていたのだ。


そして合流したこの丘を、今回の依頼で使う物資等を置く拠点として使う事になった。


俺は狩人仲間の皆に、ダンさんの元で居候させていただいている旅人だと自己紹介した。

仲間の皆は、始めは俺の髪の色と瞳の色を物珍しそうに見ていたが直ぐに打ち解け‥‥‥


「ほぉその年で1人旅か中々出来る事じゃねぇな!」

「俺の息子も見習って欲しいぜ」


等のお言葉を頂いた。

皆ダンさんみたいに迫力のある顔付だったが、とても気さくで良い人達だった。


俺は早速打ち解ける事が出来た仲間の人達と、物資置き場兼休憩所となるテントを組み立てる。この合間に、今回の依頼の茶狼ブラウンヴォルフの習性等を分かり易く教えてもらった。

ブラウンヴォルフの習性は以下の通りだ。


茶狼ブランヴォルフは通常2頭~4頭の家族で行動する。複数の家族で群れを形成する事はない。

●肉食で凶暴。

茶狼ブラウンヴォルフが長い年月をかけて成長すると、体毛が白く変化して白狼ヴァイスヴォルフと呼ばれる様になる。


と、こんな感じの話を聞きながら作業をして拠点となるテントが組みあがった。

この拠点に俺やダンさんが持って来た矢や、他の狩人さん方が持って来た食料や医療品などを置く。

それが終わると、ダンさんは今回の依頼の計画プランを組み立て始めた。


「よし、そんじゃ俺達4人は東西南北に分かれてブラウンヴォルフを狩ってくる。

アンちゃんはまだこの森の地形とか分からないだろうから、ここで待機して、狩ったブラウンヴォルフの牙の剥ぎ取りとか怪我を負った奴の治療とかのサポートを頼む。

それと‥‥‥ もし此処にブラウンヴォルフが来たら自己防衛って事で狩っていいぞ。自衛の為に狩ったなら、ギルドの連中も文句は言わねぇだろ」

「わかりました。皆さんお気をつけて!」

「任せておけ! こちとらベテランだ! ブラウンヴォフル如きに遅れはとらねぇよ!」

「応よ! よし、今日こそはダンより先に狩ってやる!」


ダンさんや仲間の屈強な男達は頼もしげな笑みを浮かべながら、それぞれの方向へ歩みを進めていった。



▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼



4人が森に姿を消してから15分程経過した頃、ダンさんが1匹の茶狼を担いで戻ってきた。


白狼ルディ程ではないが中々の巨体だ。


「へへっ! どうだ!」


ダンさんはどんなもんだとドヤ顔で笑う。俺もつられて笑顔になった。


「さすがダンさん! ダンディーで男気に溢れて、狩りも上手いなんて憧れます」

「よせやい! 照れるぜ」


本心からそう言い、2人で笑い合いながら依頼達成の証拠品となる茶狼の牙をダンさん指導の下切り落とし、皮を剝ぐ。


この皮は今回の依頼の報奨金とは別に狩った者の貴重な副収入となる。

戦争映画とかを沢山見ていたから、血を見る事にそれなりの耐性はあったつもりだが、実際に生き物を解体する場面を見ると非常にグロテスクだ。


それを顔に出さない様、慣れない手付きで剥ぎ取り作業をしていると、急にダンさんが真剣な顔付になった。


「でも少し気になる事があってな‥‥‥」

「気になる事‥‥‥ですか?」


取り留めもない雑談を中断し、ダンさんは小さく呟く。

その表情には不安感が滲んでいた。


「あぁ、森の雰囲気と言うか‥‥‥気配がいつもと違う気がするんだ」

「気配ですか?」


普段この森で暮らすダンさんにそう言わしめる程だ。何かが起こっているのかも知れない。

俺の脳裏には白亜の狼の姿が思い浮かんだ。


「まぁ気のせいかも知れねぇけどな」


俺の不安そうな顔を見てダンさんは冗談めかしく言ったが、この時感じた不安を解消させるには至らなかった。

なんとも言えない空気の中、ダンさんは剥ぎ取り作業がひと段落すると、矢を補充して再び森に姿を消した。



▼▼▼▼▼▼▼▼



ダンさんが森に姿を消した直後、異変は起こった。


俺は手持ち無沙汰になってしまい、拠点の近くで中脇差を使って素振りをしていた。すると森の北側から嫌な空気を感じた。


丘から50m程離れた所の茂みがガサガサと揺る。


「なんだ?」


すると、2頭の獣がノッソリと姿を見せたのだ。

現れた獣の上に名前とレベルが浮かび上がる。


「ぶ、茶狼ブラウンヴォルフ!?」


現れた2匹の獣は、グルルルと小さく喉を鳴らし俺を睨む。 浮かび上がった名前を見る限り、此奴等が今回の依頼の獲物ターゲットである事が確認出来た。


名前の横には、其々【レベル : 2】【レベル : 5】と浮かんでいる。恐らく夫婦の狼なのだろう。


ダンさん達の話では茶狼達の住処はもっと森の奥の筈なのだが、ダンさん達に追われ今俺がいる此処に逃れてきたのかもしれない‥‥‥


俺は初めて生きている茶狼ブラウンヴォルフを見た。

だが、1度白狼ルディを見ているお陰か小柄な茶狼を見てもさほど恐怖感を感じなかった。せいぜい大型犬くらいだ。


しかし‥‥‥


「なっ!?」


2頭の名前とレベルを確認し終わると、更にその2頭の後方から通常2頭~4頭の家族単位で行動し、群れを作らないはずの茶狼の大群が姿を現した。


俺は息を飲んだ。

その数は最初に現れた2頭と合わせて計15頭にも上ったからだ。


レベルは1番低くて【レベル : 1】。1番高くて【レベル : 5】だった。


「ちっ! 数は多いけど俺に近づく前に矢で数を減らして、最悪脇差でケリをつければイケるか?」


数は多いが大半はレベル1や2なので問題ないと判断した俺は、事前に教えてもらった習性とは異る行動をする狼達に多少狼狽えつつも、素振りで使っていた中脇差を鞘に戻し、直ぐに矢を放てる様に短弓を手に取り矢を番えた。


警戒しているのか、茶狼達は動く気配がない。


俺は今のうちに前回の白狼ルディとの戦闘の反省を生かし、現れた茶狼より多い20本の矢を近くの地面に突き刺して、直ぐに番えられるようにした。


ルディの時は矢を刺した場所から動いてしまった為、僅かだがタイムラグが発生し隙が出来てしまった。

だから今回は出来るだけこの場所から動かずに、矢によるアウトレンジ戦法で茶狼達を全滅させる作戦を立てた。


ワォォォオン!


素早く矢を地面に刺し、20本目の矢を地面に突き刺し終わるのと同時に、レベル5の茶狼が声高らかに吼えながら突っ込んできた。


「くっ!」

キャウン!?


俺は小さく声を漏らしレベル5の茶狼の頭を狙い矢を放つ。 矢は太陽の光を反射してキラリと輝きながら吸い込まれる様に茶狼の頭に命中した。

矢が頭に命中した茶狼は、糸が切れた操り人形のように力無く地面に倒れこんだ。


よし! 1番レベルの高い【レベル : 5】の茶狼を1発で仕留める事が出来た!


これならイケる!


ガァァアウ!!


だがそう思った直後、頭に矢を受けた茶狼が地面に倒れると同時に、残った14頭の茶狼の群れが一斉に俺の方へ突っ込んできた。


「っ!やっぱ数が多い!」


俺の考えが甘かった。

もしかしたら仲間が倒された事で逃げてくれるかも知れないと内心思っていた俺は、罵りながら次々に矢を番え放つ。


全て茶狼の頭を目掛けて。


ドスッ! ドスッ! ドスッ! ドスッ!


それ程距離が離れていない事もあり、放つ矢は全て狙い通りに命中していく。ここまで全て1発で仕留められている。この調子でいけば‥‥‥


茶狼の数が残り3頭まで減った時、俺と茶狼の距離は既に6mを切っていた。


くそ! アウトレンジで何とかなるかと思ったけど数が多過ぎたか!


そんな事を思いながら俺は弓を後方に投げ捨て、腰に刺してある中脇差を抜き放ち、上段で構え迫ってきた茶狼に備える。

ルディ相手では力不足だった中脇差だが、小さい茶狼相手なら問題ない筈だ。


「でりゃぁ!!」


白狼ルディ程では無いが力強さを感じさせる牙が俺に迫る。

俺は雄叫びを挙げながら、目の前に迫った茶狼目掛け中脇差を振り下ろした。


ザシュッ!

ズバッ!

ザンッ!


煌めく白刃は茶狼の体に深く入り込み茶狼を一刀両断にした。そして返す刃で2匹目、3匹目と攻撃を加え葬り去る。


俺は返り血で顔などを血に染め上げながら、物言わぬ亡骸になった獣を見る。


「お前達の命は大切に使わせてもらう‥‥‥ 安らかに眠ってくれ‥‥‥」


返り血で汚れた顔を拭わずに、胸の前で手を合わせ黙祷する。

ツンとした血の匂いが鼻を付く。


臭くさい‥‥‥ だがどこか懐かしい。そんな気がする。


白狼ルディと戦った時は我武者羅過ぎて血の匂いなんて気にしてる暇は無かったが、改めて血を嗅ぐと何故か嗅ぎなれた匂いの様な気がした。


それに真剣を使った攻撃は今回で白狼ルディ以来2回目の筈なのだが、自然に体が動いているのが自分でも分かった。

俺の中に刻み込まれた軍人の遺伝子がそうさせるのか?


まるで戦い方が体に染み付いているかのように。まるで以前も体験した事があるかのように。


それほどまでに、俺の身体は違和感無く動いたのだ。


「まぁ何とかなってよかった‥‥‥」


俺は考えるのを辞めた。

今は命が無事なだけで満足だ。


人生で2回目となる戦闘を終えた俺は、自分で命を奪った者達への感謝の意を抱きながら剥ぎ取り作業を開始した。


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