31.それでもダメだと言うか?

 ラスターといえば沙耶が思いつく人間は扇だ。常に自分の快楽を求めて行動をする。自分さえ良ければ他人なんてどうでもいいような奴だ。そのせいで自分はおもちゃにされ恥辱を味わった。しかし、扇と比べると日中の綾崎は随分と大人しい。



「で、でもラスターは常に欲に従うはずです。昼の綾崎さんはそうは見えなかったです」

「沙耶ちゃんの言う通りさ。僕は噂や人の話を盗み聞きするのが大好きさ。そして奏の側にいたから平気なんだよ。だけど今は夜だ。誰もいないし奏も寝てしまう。いつもいつも、僕は一人で慰めているのさ」



 一人の適合者の苦悩を見せつけられ、そして自分がこのような姿に成れ果てるかもしれない。沙耶は動揺する。もしも……、もしも、綾崎のようになってしまった場合、自身の欲に打ち勝つことが出来るのだろうか。



「それでもダメだと言うか?」



 綾崎の目は真剣そのものだ。我慢の限界だと、そう訴えかけているのだ。

 心情は察するが沙耶もおいそれと許すのはどうだろうか。いや、ダメに決まっている。



「綾崎さん……」



 沙耶は首を振った。それを見た綾崎は首を傾げて項垂れる。そして立ち上がると沙耶の元に近づくとソファに押し倒した。



「なら沙耶ちゃん。君が僕を慰めてよ」



 綾崎は沙耶の首元に鼻を当てると嗅ぎ始めた。こそばゆい感覚が沙耶の全身にめぐる。沙耶は綾崎を押しのけようとするが常人が適合者の力に敵うはずもなくされるがままである。



「あ、綾崎さん。やめてください!」



 そうは言ってもラスターの欲は簡単に制御できるものではない。それは理性でなく本能のままに動く。主に性欲を中心とする快楽を求める。グラトニーやスリーパーの様に一人で完結できるものならまだしもラスターには必ず第三者が含まれる。



 綾崎の場合は噂、情報収集、そして性欲。

 第三者が存在しなければ欲求は満たせず。だからこそラスターが適合者の中で危険視される理由でもあるのだ。



 体を寄せ合う。そのたびに沙耶の首輪の鈴が鳴る。リン、リン、と。だが、音を気にせず綾崎は沙耶に抱きつく。



「……何をしている?」

 鈍く低い声。それは冷淡で針のある声。その言葉に綾崎は我に返った。



「か、奏。違う。これは僕の意志じゃない!」



 必死に弁明をする。そして体を震わせえ怯えているのだ。その怯えは何だと沙耶の目に映っていた。それは賀堂に対して向ける事を沙耶にしたからなのか。それともまた別の意味があるのか分からない。



「それは荷物だ。傷をつけるな」



 賀堂はベッドから立ち上がろうとするがまだ酒は抜けていない。体はゆらゆらとしている。沙耶は綾崎を押しのけて賀堂に手を差し伸ばした。



「ダメですよ。横になってください」

「いや、大丈夫だ。それよりも綾崎。その恰好は?」

「こ、これは、その……」



 気まずさ、いや、羞恥が上回るだろうか。だが、元より綾崎は賀堂に見られてもなんとも思わない様子だ。それよりも沙耶を襲う直前を見られて事が大きい。



「お前がラスターってのは知っている。俺らは適合者同士、助け合う必要があるからな。俺が出来ることは何でもしよう。だから、関係ない奴を巻き込むな」

「うぅ、ごめん」



 綾崎は沙耶に向かって謝る。綺麗な女性、それも自分よりも大人の女性に謝を下げられるのは恐れ多い。沙耶は慌てて綾崎に駆け寄って頭を上げるように言った。



「私は大丈夫です。先ほどの綾崎さんのお言葉を覚えておきます」



 賀堂には聞こえないように小声でだ。綾崎は何も言わなかった。



「それよりも服を着ましょう。風を引いてしまうかもしれません」

「その前に奏。さっき何でもするって言ったよね」

 ベッドに腰を掛けている賀堂は「あぁ」と答えた。



「じゃあ僕とセッ――」

「ダメです!」

 全力で沙耶が遮った。



「まだ何も言っていないじゃないか。それとも僕が言おうとしていたことが分かったのかい? 沙耶ちゃんも隅に置けないね」

「ち、違います。綾崎さんの事ですから余計な事を言うかもと思っただけです」



 しまったと後悔するが遅い。でも、頭の中に言葉がよぎってしまい想像したのも事実だ。



「変な事を言うつもりじゃねぇだろうな」

「それじゃあ、キスがしたい!」

「ダメだ」



 賀堂は即答だった。その返答に綾崎は不満で顔を膨らませている。



「何でもするって言ったくせになんでダメなんだ」

「俺が出来ることだ」

「なら側で寝てくれ。僕はそれで満足する。お願いだから、ここが苦しいんだよ」



 綾崎は胸を押さえる。ラスターの本能には抗えない。だから少しでも満足が出来れば症状が治まる。賀堂もそれを知っているが容易に女性に手を出す下種なことは出来ない。だから一線は引かなくはならない。



「少しだけでいい。いつも……いつもなら黙って許してくれるじゃないか」

「……」



 賀堂は気まずそうに目をそらした。綾崎が言っていた。「いつも賀堂の隣で寝ている」という言葉を沙耶は思い出した。

 ラスターは欲に抗えばモータルと成り果ててしまう。少しでも満足をさせれば良い。ということは賀堂は毎晩、綾崎がベッドに潜り込んでいることを知っていたのだ。

 絶対に一線だけは超えないように、そして適合者として手を差し伸ばしていたことになる。



「分かった。沙耶ちゃんだな。目の前では恥ずかしいってことか」

「いや、そういう訳ではない」

「ならいいじゃないか」



 少し興奮気味の綾崎は賀堂に請う。そして沙耶もその場にいることに申し訳ない気持ちなった。自分がいるせいで綾崎が苦しんでいるのだと感じている。



「……分かった。好きにしろ」

「やっと許してくれるか。うん、分かった!」



 まるで幼子の様に笑顔になる綾崎。渋々承諾する賀堂はため息をついた。ベッドに勢いよく潜り込んだ綾崎は横になる。



「ったく。ラスターは面倒だな」

「いいさ。このおかげでわがままを聞いてもらえるから」



 綾崎は賀堂の手を握ると自分の胸に引き寄せた。肌のぬくもりを感じると安心できるのだろう。そのまま目が閉じていった。

 時にして数分だろう。綾崎は体に残るアルコールのおかげか直ぐに寝息を立てた。賀堂もゆっくりと手を放すと頭を撫でた。



「すまんな。騒がせて」

 立ち上がった賀堂はゆっくりとソファに向かって歩き、座った。



「いえ、適合者の方は色々辛いのですね」

「まぁ、特にあいつらはな。そう考えると扇を責めにくい」



 無言になる沙耶。まだ心に残るしこりが騒ぎ立てるのだ。それを必死に押さえつけ自我を保つ。



「悪いな。お前には酷なことか」

「いえ、大丈夫です。それよりも私も寝ます。明日もありますから」

「あぁ、そうだな」



 横になる沙耶を後に賀堂は立ち上がる。



「どちらに?」

「女が寝る部屋にいるのもなんだ。俺は別で寝る」

「ふふっ、そうですか」



 沙耶は不器用な男を笑ってしまった。口は悪いし顔を怖い。けど、心は温かく律儀な男。とても安心できる。

 扉が閉まる音を聞いた後には瞼が重くなり沙耶は眠りについた。

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