29.って賀堂さん! それはスカートですよ!

「ありがとうございました! またのご来店を!」



 と酒場の店員の見送りを背後に千鳥足の賀堂と綾崎を何とかして自宅に連れて行こうとする沙耶。肩を貸せるのは一人が限界なので必ず片方は自身の足で付いてきてもらう他ない。



「賀堂さん! きちんと付いてきていますか? 私の服でも掴んでいてくださいよ!」

「あぁ、分かっている」



 綾崎よりもまだ正常である、正確には正常とは言えないが綾崎の泥酔から考えると幾分かましな程度の賀堂はポケットに手を突っ込みフラフラと歩く。こんな時ぐらい手を出して普通に歩いたらどうなのかと沙耶は思うが今の賀堂に聞かせても意味はなさない。



「ほら、綾崎さん。しっかりしてください。って賀堂さん! それはスカートですよ!」



 確かに服を掴めと言ったのは沙耶である。賀堂も綾崎と同等なほど酒瓶を空けているので服もスカートも判断が付かないので掴めるものを手にしておけばいいと考えただろう。いや、もしかすると単にそれが服だと思っているかもしれないが。



「そんなに引っ張らないでください。見えてしまいますから!」

「沙耶ちゃーん。減るものではないから見せてよ」

「うぅ、お酒臭いです。綾崎さんはそんなことよりも掴まってください。あぁ、もう! 賀堂さんはスカートでも何でもいいですからはぐれないでくださいよ!」



 夜遅いとは言え眠らぬ街には大勢の人がいる。時間が時間だけにそろいもそろって同じような人間ばかりだ。路上で寝る人間、大声で言葉にならない言語で言い争いをしている人間、女同士で服装がはだけるまで取っ組み合いをしている女たち。



 言い換えれば平和そのものだ。異形種に襲われた街とは思えないほど賑わい、身の危険を感じている者はいないに等しい。いや、それは違うか。これは今後起きる災悪に対しての逃避そのものとも捉えられるかもしれない。

 現にこれから身を危険にする男がスカートを引っ張っているのだ。角度によっては中が見えてしまっているかもしれないが外は夕闇、人は酒に飲まれている。心配するには及ばない。



「奏ばかり構ってずるいな。僕にも構ってよ」

「綾崎さんに肩を貸していますよ。もう……。どうして大人はこんなにもダメな人が多いのでしょうか?」

「そりゃ、時にはダメな人間さ。元より、大人はダメダメな人間だよ。僕も賀堂も。そして沙耶ちゃん。君もいずれ分かるさ」

「絶対に分かりたくないです!」

「そういうなよ。長く生きていれば辛いことが多いのさ。だから酒を飲んでこうして沙耶ちゃんとチューすることが出来る!」



 強引に口に引き寄せようとする綾崎だが全力で頬を押しのけてそれを防ぐ。舌打ちをすると陽気に歌い始める。自分もお酒が飲めたら周りを気にせずに好き勝手出来るのだろうか。それならば大人はある意味幸せな生き物だと思う。



「あ、あれ? 賀堂さん! 賀堂さんどこに行きましたか!」



 ふと気が付くとスカートを引っ張られる感覚が無くなっている事に気が付く。あたりを見渡して行く先を探すと直立不動の男が露店の前で立っていた。



「賀堂さん。何をしているのですか。はぐれないでと言いましたよね」

 と言いながら綾崎を誘導しつつ賀堂に近づく。

「あぁ、なぁ、お前に買うと約束したな」



 目の前の露店には東京では目にすることが出来ない品が並んでいた。電灯から煌々と照らされる金属類のアクセサリー、荒廃世界では高級品であるデザイン性の優れた服。それに女子好みの小物やらが置いてあった。沙耶は思わず「わぁぁ」と感嘆の声を漏らした。



 そして賀堂の顔に視線を動かす。賀堂は目を閉じて、腕を組んでいた。いや、寝ているのか怪しい姿である。だが、沙耶はその姿を見て思うことがあった。

 あぁ、この人は本当に優しい人だ。見ず知らずのたかが荷物でしかない女一人をきちんと人として見てくれている。それはとても暖かく受け取るには綺麗すぎる。受け取れないと言えたら恰好が付くかもしれない。でも、私は汚い人間。ただ一度の人生。だから、笑顔を振りまいて受け取ってしまうのだ。だって、女の子ですから、と。



「ありがとうございます。でも、明日にしましょう」

「そうか、明日か」



 ともかく今は二人を運ぶのが先決であると行動する。



 利用できるものは利用する。そして、望みが叶ったら今度はあなたに利用される。沙耶はそれを望んでいる。

 再び賀堂は沙耶のスカートを掴むとゆっくりと付いていく。二回目となると何かイタズラをされているのではないかと疑ってしまうが今の賀堂の様子を考えると難しい。沙耶は深く考えないことにした。



「さぁ、こっちですよ」



 賀堂邸の玄関まで何とか連れて帰り。肩を貸している綾崎は良く分からない言葉をぶつぶつと話し沙耶はそれに適当に返答する。反応しなければまたよくわかない言い分で絡まれるのでうんうんと相槌をしておけば本人は気を良くする。賀堂は話しかけなければ声を掛けてはこない。依然としてスカートを掴んだままであるが。



「賀堂さん、鍵はありますか」

「……これだ」



 沙耶に手渡す。代わりに開けてくれと言わんばかりだ。確かに酔っぱらいにやらせてモタモタするよりも余程いい。

 三人は賀堂邸に入ると施錠する。



「寝室はどこでしょうか?」

「んん? あっちだよ」



 つぶやいた言葉に反応したのは綾崎だ。指さす方向に奥へ奥へと進んでいく。そして綾崎の指先が廊下ではなく扉を向いたところで到着をする。



「眠いな」



 賀堂が真っ先に扉を開けると沙耶は追うように綾崎を誘導しながら中に入っていく。

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