22.いやらしい匂いだ。実に人間臭い

 脱衣所から出る時に扉が開くか心配をしたが綺麗に修理され問題なく開閉できるようになっていた。まるで壊されていたことが嘘のようである。



「いいお風呂でしたね。しばらく使えると思うと幸せです」



 二人はタオルを首に巻いたまま廊下を歩いていた。ひんやりとした洋館内は湯冷ましに丁度良い気温だろう。

 浴場から脱衣所へと移動した二人は置いてあったバスタオルで体を拭き、ご丁寧に着替えまで用意されていた。賀堂の服があるのは当然だが沙耶の服までとなると情報屋の恐ろしさを垣間見た気がする。



 賀堂はジーンズにインナーと羽織を一枚着ていた。一方、沙耶は半袖のシャツに短めのスカートである。どちらも荒廃した世界では、ほつれも汚れもない上質なものだ。沙耶は服装を気に入っているのか嬉しそうな表情である。



「しかしこんな綺麗な服が用意されているとは思いませんでした。綾崎さんは太っ腹ですね」

「そりゃ、金は持っているだろ。なんせ情報屋だからな」



 運び屋または商隊の仕事は情報屋を通して行うことが多い。数々のコネクションを持っている情報屋ほど、うまい仕事を持っていることがある。それに本業である幾多の情報が金を稼ぐのに必要な物だ。もちろん利用するたびに金は取られるが。

 綾崎もまた名古屋では有名な情報屋だ。つまり稼げる仕事を持っていることになる。賀堂も綾崎から情報を仕入れて運び屋の仕事をしているのだが今回ばかりは外れくじを引いたようだ。



「ところで綾崎さんはどちらに? 本当に賀堂さんの家にいるのでしょうか?」

「さぁな。自分の家の様に使っているからどこにいるのかも知らん。いるとしたらリビングだろうな」



 賀堂は多くある部屋を通り過ぎて目的の部屋の前にやってきた。



「ここなのですね。素敵な服を用意してくださった方はどのような人なのか楽しみです」

「俺は文句しかないけどな」



 そして扉を開ける。



 部屋は落ち着きのある赤色の花模様の絨毯が一面に敷かれている。中央には木製のシックな机。ゴシック調のソファなどが並べられている。煉瓦で作られた暖炉があるが今は時期ではないので使われていない。その代わりに天井に吊るされたランプが部屋に明かりを灯していた。



 そして賀堂らの正面に人の姿がある。



 タンクトップにスリムパンツ。沙耶ほどではない胸とくびれがはっきりと綺麗に見える姿。髪の毛は亜麻色のショートボブ。そして何よりも目立つのが机に置かれたシャーロックハット。自身の職業を言い表しているかのようだ。



「やぁ、奏。久しぶりだね。僕が選んだ服はおしゃれだろ?」



 女性にしては力強い声だった。足を組んでまるで自宅であるかのようにくつろいでいる。



「何が久しぶりだ。てめぇに言いたい文句が山ほどあんだよ」



 すると綾崎はニコニコと笑みを浮かべた。



「いや、すまない。僕も奏を見送ってから色々聞いてね。面倒なことになっているんだって?」

「あぁ、そうだよ」



 文句があると言っているが綾崎に文句の言葉は言わないようだ。恐らく綾崎の事だから内容は把握していることだろう。賀堂はそれが分かっているのでわざわざ口にする必要はない。

 立ち話をする気がないので賀堂と沙耶はソファに座る。



「まぁ、詳しい話はあとにしよう。すまないね、のけ者にしてしまって。君の名前を聞かせてくれないかい?」

「はい。片桐沙耶と言います」

「沙耶ちゃんね。僕は綾崎結衣。君も中々の人間だね。話には聞いているよ」



 綾崎は笑みの表情を崩さない。そして意味深な言葉を投げかける。賀堂は二人の会話はどうでもいいようで腕を組み全く聞いていない。だが沙耶は違う。綾崎の表情が心底を見抜かれているような気さえした。



「え、えぇ。あ、この服は綾崎さん用意してくださったのですか?」

「そうだよ。君に似合うと思ってね。気に入ってくれたなら嬉しいよ」



 綾崎は女性らしさく両手を合わせて喜んだ。しかし、沙耶は先ほどの綾崎の言葉が耳から離れなく演技をしているのでは疑ってしまう。



「そんなに警戒しないでくれよ。僕は君と仲良くしたい」



 沙耶は確信する。この人は私の事を知っていると。まだ言葉を発していないにも関わらず心が読まれている。いや、情報を仕入れているのだ。

 警戒せざるを得ない沙耶の耳元に綾崎は近づき囁く。



「君は僕と同じ匂いがする。いやらしい匂いだ。実に人間臭い」



 沙耶は言葉が詰まる。何も言い返せない。だから少しでも意地を見せるために笑みで返答をする。



「君とは仲良くなれそうだ。よろしくね」

「は、はい。よろしくお願いします」



 綾崎が手を出し握手を求める。沙耶は綾崎の企みを読むことはできないが両手を出して受け答えた。ここでは知らないふりをするのが良いと判断したことだろう。



「それで綾崎。まず聞きてぇのはなぜ扉を壊しやがった」



 賀堂が問うのは脱衣所のドアノブのことだ。おまけにカギを掛けられていたので出ることが叶わなかったことである。



「それは僕の良心だよ。奏はあぁしないと風呂に入らないからね。びしょ濡れで屋敷を歩かれても困るのだよ」

「ここは俺の家だ。どうしようと勝手だろうが」

「でも掃除は僕がしているよ。そう、まるで家政婦のように働いているさ」



 賀堂の返答を見通して即答した。つまり綾崎は賀堂の家を住んでいる代わりに掃除や洗濯などしていると言うのだ。これに関しては賀堂も言い返すことが出来ない。



「それに奏は僕に感謝するべきだ。なんせ沙耶ちゃんとお風呂に入ったのだから。本当なら僕も入りたかったよ」

「余計な事をしてくれる」

「それで? 沙耶ちゃんの抱き心地はどうだったかい?」

「な、何を言っているのですか!」



 声を出したのは沙耶だった。綾崎の言葉は包み隠さず直球。女性が口にする言葉としては大胆すぎた。沙耶は顔を赤らめて何もしていないと弁明する。

 少しばかり調子に乗ってしまったことは黙っていることにする。賀堂も自分から言うことはないだろう。

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