13.居眠り娘は面倒だ

 少女は眠りについていた。ユサユサと揺れる感覚は夢うつつの中でも感じ取れる。確か小さいころお父さんに似たような事をしてもらったことを思い出す。温もりのある大きな背中。身を任せても安心できる存在。だからこうしてゆっくり眠ることができるのだと。



「ったく居眠り娘の相手すんのも疲れるものだな」



 賀堂は気持ちよさそうに眠る沙耶を背中に愚痴をこぼす。だが決して嫌がるわけではない。何処か笑みを浮かべながら面倒だと思うだけだ。



「あら、いいじゃない。合法で女子高生に触れることができるのだから」



 対して皐月はまだ幼い子供を背負う。こちらもぐっすりと眠っている。



「結局、誰もいなかった……とでもいうべきかしら」



 確かに生きている人間はいなかったと言いたいのだろう。屋敷の中は扇が言ったように誰もいなかった。かつて生きていた一人の屍を除きもぬけの殻であった。

 その一人はおそらくリーパーの親玉だった人物だろう。小汚い服装が目立つリーパーだがその屍は立派な服を身に着けていた。ただ、額に小さな弾痕だけが残されていただけだ。



「まぁ、いい。二人とも無事だったからな」



 扇が面倒を見ていたのか子供は至って健康体であった。見つけた時にはリーパーが使っていたベッドで寝ていたのだ。それも清潔に洗濯までされたシーツや布団を使っていた。食事もきちんと取れていたという。

 それを子供から聞いたときは本当に扇は何をしたかったのかと考えるがするだけ無駄だった。賀堂でも扇の心中を察することができない。



「おねぇちゃんや怖いおじさんたちと遊んでいたんだよ」

 と口にされた時は賀堂と皐月も絶句した。



「ねぇ、扇って人。福岡に行くって言っていたけどあなた達も向かうってことかしら?」



 仕事については不介入だった皐月は賀堂に尋ねる。さすがに気になるところだろう。賀堂もためらうことはなかった。



「まぁな。俺はこいつを福岡まで護送するって話だ。……内容までは聞かないでくれ」

「そういう事ね。それで、扇は何をしに福岡に行くと思う?」



 賀堂も悩みはまさにそのことであった。



 適合者でありながら反適合者派に身を置く軍人なところから既に意味が分からない。そして子供や沙耶に危害を加えるわけでもなく賀堂らに出会うと早々に立ち去る理解不能な行動。

 すべてはラスターの快楽的行動に基づいていることは間違いない。だが、やりたいことを見つけた、福岡で会いましょうと言う言葉を残していったのは事実だ。扇は一体何をしたいのか誰も分かるはずもない。



「俺には分からねぇ。名古屋で活動している情報屋にでも聞いてみるとするか」

「情報屋か。いまいち怪しいわね」

「全くだ。今回の仕事を持ってきた奴だからな。きっちりと問い詰めてやるよ」



 さて、どう料理してやろうかと笑みを浮かべる。非常に面倒な仕事を持ってきたからそれなりの働きはしてもらわないと損をする。



「……んぅ」

「お目覚めのようだな」

「あれ? 賀堂さん」



 沙耶はまだ寝ぼけているのか目の前にいるよく知る人物の顔がぼやけて見える。状況を理解するとゆっくりと降ろしてもらった。



「気分はどうだ? 歩けるか?」

「はい……。大丈夫です」

「ったく扇のやつ首輪をつけていきやがった。すまねぇが外すことは出来んようだ。ナイフを使っても切れやしない」



 沙耶は自分の首を触った。まるで犬が付けているような物が自分に付けられていると今一度理解する。動くたびに小さな鈴も鳴る。



「いえ、いいのです。賀堂さんに助けてもらいましたから」



 沙耶はにっこりと賀堂の顔を見る。扇さえいなければ私は正常でいられる。だけど、この首輪はどこか扇にまだ縛られている感覚が残るようだった。特に鈴の音が扇を引き寄せてしまうのではないかと不安にも思える。



「……そうか。お前を見たときは何があったか理解できんかった。手首は大丈夫か?」

「え、あ、はい。少し痛みますけどしばらくすれば治ると思います」



 二人の会話が理解できない皐月が間に入った。



「ちょっと待って。沙耶ちゃんの手首って何があったのかしら」

 あぁ、そういえば言っていなかったなと賀堂はつぶやいた。沙耶もそういえば皐月さんは知らないですよねと続く。

 そして賀堂と沙耶が口をそろえて言った。



「縛られていた」

「はい、縛られていました」



 少し恥ずかしそうにもじもじとする沙耶。さすがに口にするのも恥ずかしい。それに賀堂にはしたない姿を見られてしまったことも含まれるだろう。



「……はい? 待って、扇ってそういう趣味があるわけ?」



「お前、ラスターに出会ったことないのか? 奴らは快楽中心で生活しているからな。ちなみに扇はどっちもいけるタイプだった気がする」

「いやいや、適合者そのものが少ないしラスターは私たちに比べたら珍しいじゃない」

「そういうものなのか? 俺は身近にいつもいるからな」



 皐月は目に手をあてる。呆れたというよりかラスターと付き合えるあなたも相当な人間ねと言いたいだろう。賀堂の鈍感と言うべきか神経の鈍さには感服する。



「待ってください。私たちってことは皐月さんも適合者なのですか?」

「あれ? 奏でに聞いていないの?」

「初耳ですよ!」

 ということは皐月さんのお父さん、おじいさんも適合者なのかと思ってしまう。とりあえず賀堂に尋ねてみると



「皐月はスリーパーだ。ちなみに爺さんは普通の人間。こいつは適合者になってからそんな年数も経っていねぇからな」

「そうよ。もう眠くて仕方ないわ」

「さすがにお前は持てないぞ。体重が違うからな」



 瞬間、首元目がけた手刀が飛ぶが間一髪、賀堂は避けることに成功する。



「ちっ。外したか」

「おいおい、今の食らったら無事じゃすまないぞ」

「当たり前でしょ。そのようにやったのだから」



 よくもまぁ、子供を背負いながら一連の動作ができるものだと沙耶は関心をする。存在する適合者は少ないと聞いていたのに既に二人、いや三人も出会っているのだから人生は分からないものだと感じるだろう。



「はぁ、早く帰りましょう。眠くて仕方がないわ」

「おいおい、大丈夫かよ」



 結局、子供は沙耶が担当することとなる。皐月は疲れ果て、いや、スリーパーとしての本能に逆らえず眠り込んでしまった。賀堂が面倒だとため息をつきながら皐月を背負うこととなる。

 面倒だ、沙耶は賀堂がいつもこの言葉を口にするのを耳にする。だけどその時は本当に面倒と思っていることは少ないだろう。現に今がそうだ。



 お疲れ様と小さくつぶやく。沙耶は聞き逃さなかった。



「おい、何をしている。行くぞ」



 賀堂の背中で気持ちよさそうに眠る皐月。笑みを浮かべて幸せそうにしているのがとても印象的だった。

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