第百九十話から第二百三話の厄落とし
※この項では、『夜行奇談』第百九十話から第二百三話までのネタバレが含まれています。該当するエピソードをお読みになった上で、ご覧下さい。
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『夜行奇談』第百九十話から第百二百三話は、鳥山石燕「画図百鬼夜行」シリーズの十二冊目となる『
以下に、各話のタイトルと、モチーフとなった絵のタイトル(妖怪名)を、合わせて記す。
●第百九十話
石燕の創作妖怪の一つ。生きた能面の妖怪で、
『夜行奇談』では、見たままどおり能面の怪異に仕立てた。数ある能面の中から翁を選んだのは、元の絵の中で妖怪化していたのが翁面だったからだ。
ちなみに僕が一番苦手な能面は、
●第百九十一話 神主 ――
石燕の創作妖怪の一つ。
ちなみに姿の原型になっているのは、室町時代に描かれた百鬼夜行絵巻に登場するキャラクターの一体である。
もともと情報が少ない妖怪ということもあって、アレンジが難しかったので、『夜行奇談』では素直に神主を走らせてみた。夜の神社の境内で神主が走り回っていたら、きっと怖いだろう――と直感に任せて執筆したのだが、果たしてどうだろうか。
●第百九十二話 鏡に映る ――
石燕が創作した妖怪の一つで、鏡に怪しい顔が映った姿をしている。「
『夜行奇談』では、純粋に鏡の怪談をオムニバス形式で書いてみた。鏡というのはホラーの定番だけあって、だいたいどう書いても怖くなるから助かる。
特に一つ目の話は、自分がよく鏡の前で想像するシチュエーションを、そのまま形にしてみた。
……いつもこんなことばかり考えているせいで、夜鏡を見るとドキドキする。このドキドキを、ぜひ皆様と共有したい。
●第百九十三話 出てきて ――
石燕の創作妖怪の一つ。頭に鈴をつけた女が
この妖怪は、
『夜行奇談』では、この天岩戸の話を踏まえて、主人公がトイレに籠っていたら外から「出てきて」と言われるエピソードに仕立ててみた。
……日本神話をベースにした割には、あまりにも下らないアレンジになってしまったが、まあ気にしない。
●第百九十四話 予知夢 ――
石燕の創作妖怪の一つで、空穂が化け物の姿になったもの。空穂とは、矢を入れて携帯するための筒状の容器をいう。石燕曰く、この古空穂は、
『夜行奇談』では、第六十三話「光る恋人」(玉藻前)、第百三十八話「形見の石」(殺生石)と合わせた「九尾の狐三部作」の完結編として、このエピソードを書いた。作中で古空穂に相当するのは、クロスボウで光る恋人を射た「殺人鬼」であり、その謎を探るうちに、先に挙げた二つのエピソードが繋がっていたことが判明する、という展開になっている。
男を
執筆中は、どのような順番で情報を出していけば効果的かだいぶ悩み、何度も書き直すことになった。その苦労に見合ったものになっていれば幸いである。
●第百九十五話 車椅子 ――
石燕が創作した妖怪の一つで、行縢の化け物。行縢とは、馬に乗って出かける際に腰から下を覆う毛皮のことで、足を保護するためのものである。
石燕の解説によれば、この無垢行縢は、
『夜行奇談』では、行縢から連想できるものとして、車椅子に乗る際の膝掛けが思い浮かんだので、それを題材にしてみた。
ちなみに舞台をG県(群馬県)の峠道に設定しているが、これは無垢行縢のことを調べていた際に、「赤沢山」を「赤城山」と読み違えたことによるミスだったりする。……赤沢山は静岡にあるので、S県が正解。
●第百九十六話 小人 ――
石燕の創作妖怪の一つ。小さな
石燕は解説の中で、
『夜行奇談』では、酒と小人というキーワードから連想して、作中のようなエピソードにしてみた。僕は怪談を書くと、大抵意味不明な怪異を登場させたがる癖があるのだが、今回は主人公の行動も含めて、因果関係がはっきりしたものになっている。
ちなみに原典では猪口を被った妖怪だったので、作中でもチューハイのグラスを被ってもらった。「被る」の意味がちょっと違うが。
●第百九十七話 破片 ――
石燕の創作妖怪の一つ。瀬戸物が寄り集まって武人の姿になったもので、石燕は解説の中で、これを
絵では廃材が積まれた場所に佇んでいることから、『夜行奇談』では廃墟を舞台に、瀬戸物の破片が怪を為すエピソードに仕立ててみた。
原典の瀬戸大将は、頭は
●第百九十八話 犯人は猫 ――
石燕の創作妖怪の一つ。頭に五徳のような角を生やし、口に火吹き竹を
石燕は『徒然草』第二二六段にある、
『夜行奇談』では前述の『徒然草』を踏まえて、物忘れが激しい主人公を登場させてみた。また妖怪図鑑の解説に倣い、猫に火を起こさせている。
化け猫が登場するエピソードは、他にも第七話「猫の視点」、第二十一話「猫と伯父」があるが、今回はかなり直球的な化け猫の話になった。現代怪談にはそぐわないかも、という不安はあったが、ほんわかした感じにまとまった気はする。
●第百九十九話 聞こえない ――
頭が釜になった毛むくじゃらの妖怪。室町時代に描かれた百鬼夜行絵巻には、この絵と酷似した釜の妖怪が描かれており、石燕はこれをモデルにしたものと思われる。
本来の鳴釜とは、釜を火にかけた際に音が鳴る現象で、吉凶の前兆とされた。また岡山県
一説に、釜が鳴るのは「
『夜行奇談』では、釜そのものは登場しないが、『
「吉備津の釜」では、結婚を前にした男女が釜で吉凶を占ったところ、釜がまったく音を立てない。これは紛れもない凶兆だが、二人はこの神託を無視して結婚し、その結果悲劇に見舞われてしまう。
つまり、聞こえなければ凶、というわけだ。この要素一点に焦点を絞り、死の予兆という形で話をまとめてみた次第だ。
●第二百話 チクチク ――
石燕の創作妖怪の一つで、頭がおろし金の形になった化け物。その名前の由来は、動物のヤマアラシから採られている。ヤマアラシは体に無数のトゲを生やしているが、この妖怪もトゲだらけだから……ということらしい。
『夜行奇談』では、「おろし」という名前から「堕胎」を連想。さらにもう一つのキーワードである「トゲ」を、呪詛で用いる針になぞらえ、作中のようなエピソードに仕立てた。
さすがに本物のおろし金やヤマアラシを絡めるのは難しかったので、針だらけの人形を登場させて、お茶を濁したというわけである。……始めは、どうやって大根おろしで不気味な話を創ろうか、真剣に悩んだ。無理だわ。
●第二百一話 洗面台 ――
石燕の創作妖怪の一つ。水瓶の化け物で、その水は汲めども尽きないという。
災いとは、吉事が引っくり返ることを言う。しかし水が尽きることのない瓶長は、物事が変わらぬことを表す、とてもめでたいものなのだそうだ。
この瓶長は、『百器徒然袋』シリーズの事実上の最後の妖怪となる。だからこそ石燕は、この後に続く二点の絵と合わせて、この一連の妖怪画集を「めでたいもの」で締め括ったのだろう。
もっとも『夜行奇談』では、めでたさなど欠片もない、いつもどおりのノリのエピソードになった。
ただ今回は、この後に控えている前後編を除けば、事実上ラストとなる単発エピソードである。だからこそ単純な幽霊譚にするのは避け、「自分の死に様が前もって暗示される」という、少し毛色の変わった真相にしてみた。
主人公を死に追いやろうとしていたものが何だったのかは、作中では特に明示していない。実は瓶長のように、洗面台そのものが悪意を持った妖怪だった……としておくのもいいかもしれない。
●第二百二話 七人迎え、来たる(前編) ――
●第二百三話 七人迎え、来たる(後編) ―― 宝船
上中下と三巻に渡る『百器徒然袋』は、「宝船」と題された二枚の絵によって締め括られる。『上』の冒頭では眠りこけていた七福神が、ここでようやく目を覚ます。そして、背に宝の山を積んだ
獏は悪夢を食う霊獣として知られる。
『夜行奇談』では、元の絵が二枚あることから、前後編に分かれたラストエピソードという位置付けにした。またここに登場する怪異は、もちろん七福神をモチーフにしたものとなる。「七人迎え」と名付けたこの怪異を、あらかじめ第百五十六話で前日譚として仕込み、さらにこの最終エピソードで本格的に動かす――というのが大まかな構想だった。
また今回のもう一つのポイントとして、「七人迎え」を構成するメンバーは、これまでのエピソードに登場した怪異の中からチョイスする、という試みをおこなってみた。要はオールスターのイメージである。
なお、その筆頭候補であったのが、他ならぬヘビコさんだ。これは、七福神の紅一点である
当初は他の六人についても同様に、元の七福神を連想させるようなチョイスにしよう……と考えていたのだが、第百五十六話で七人迎えを詳しく設定する際に「非業の死」という条件を設けたところ、選べる怪異が大幅に減ってしまった。その結果、七福神を連想させるメンバーを揃えることができなくなり、このアイデアは没となった。
代わりに、自分の中でも気に入っている
この七人の死者は、「七人迎え」としてのみならず、本来の怪異としても主人公(僕)を苦しめる。当初は、その七人の中でも最恐なのが、ヘビコさん……の予定だったのだが、異久那土サマとモウサンを採用した時点で、彼女の活躍はほぼなくなってしまった。自分の構成力の足りなさを反省するばかりだ。
一方でモウサンは、本エピソードでも大活躍し、最終的には僕にとどめを刺すことになった。もっとも、さすがにここまでやったおかげで、作り話感は増してしまったわけだが――。まあ、最後のエピソードなのだし、リアルにしすぎて盛り上がりに欠けるよりは、お祭り感を出した方がいいだろうと考え、このまま押し切った。
なお余談だが、異久那土サマの弱点を犬にしたのは、この怪異が「
ともあれ本作のラストでは、僕が読者に『夜行奇談』がフィクションであることを強く訴え、幕を下ろす。もともと「実話である」とは一言も言っていないし、このオチに嘘は一切ないのだが、こういう演出でカミングアウトすれば印象に残るのではないか――と考え、このような結末にした次第だ。
以上――最終エピソードの厄落としでした。お付き合いいただき、ありがとうございました。
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