第百四十六話 珍獣
もう三十年以上も前の話である。
男性会社員のKさんが、休日に幼い息子のM君を連れて、地方にある某動物園に遊びにいった時のことだ。
その日園内では、「世界の珍獣」というイベントが催されていた。
内容は文字どおりだ。園内で飼育されている動物の中から「珍獣」と呼べるものをピックアップし、それぞれの
さらに、普段はここにいない動物も、数種類だが特別に展示され、この企画の目玉になっていた。
その日は快晴で、園内は家族連れやカップルで賑わっていた。
M君もスタンプを求めて楽しそうに園内を駆け回っていたが、それがふと、ある檻の前で足を止めた。
すぐそばに据えられた解説用のプレートには、「マレーバク」とある。今回ピックアップされている「珍獣」の一体だ。
M君は檻の中をじっと見つめた後、Kさんの方を振り返り、こう尋ねた。
「パパ、どっちがマレーバク?」
Kさんは言われて、檻の中を覗き込んだ。
図鑑などでよく知られた姿の、白と黒に色分けされた獣が、落ち着かない様子で手前をうろうろしている。
檻の中にいるのは、この一頭だけだ。迷い様がない。
「これがマレーバクだよ」
「じゃあ、あれは?」
M君が、檻の奥を指差した。
他にも動物がいるのか。Kさんがそう思って、指先を目で追うと――。
……いた。
ちょうど檻の一番奥、日陰になった暗い壁際に、よく分からないものが
全身が長い毛に包まれた、真っ黒な生き物だ。大きさは、人間の大人と同じぐらいだろうか。
間違いなく、マレーバクではない。
しかし、なぜか同じ檻にいる。
心なしか、マレーバクが怯えているようにも見える。
Kさんは奇妙に思い、もっとよく観察しようと、目を凝らしかけた。だがそこでM君が、次のスタンプに向かって走り出したので、仕方なく檻の中の写真を一枚だけ撮って、急いで後を追った。
その後一時間ほどして同じ場所に戻ってくると、謎の生き物は、もういなくなっていた。
ただマレーバクがごく普通に、檻の中をうろついているだけだった。
撮影したフィルムが現像できたのは、それから数日後のことだ。
焼き上がった写真の一枚には、あの生き物の姿が、はっきりと写っていた。
だがKさんは、それを目にするや、誰にも見せずにすぐ処分したそうだ。
……写っていたのは、動物ではなかった。
黒い毛に覆われて細部までは分からないが、その形はどう見ても――。
……全身が隠れるほどの長い髪を垂らして体育座りをする、人間そのものだった、ということだ。
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