第百九十三話 出てきて

 都内で一人暮らしをしている、女子大生のAさんの話だ。

 ある夜更け過ぎのことだ。不意に腹痛を覚え、慌ててトイレに駆け込んだ。

 ドアをしっかりと閉め、鍵をかける。もちろん一人だから、いちいち鍵をかける必要はないはずだが、これは実家にいる時からの癖なのだという。

 ともかく――そのまま十分以上、こもった。

 やがて腹の具合も落ち着き、そろそろ出ようかと思っていた時だ。

 突然、トントン、とドアがノックされた。

「えっ、何?」

「――出てきて」

 とっさに口走ったAさんに向かって、ドアの外から、誰かが話しかけてきた。

 女の声だった。

 ……しかしAさんは、一人暮らしだ。

(え、今の何? 誰?)

 Aさんは半ばパニックになりながら、慌てて下を穿いて、身なりを整えた。

 それから耳を澄ませたが、ドアの外に、誰かがいるような気配はない。

 声も、もう聞こえない。

 しかし――気のせいではなかったはずだ。

 そう思うとなかなか外に出られず、Aさんはじっと息を殺して、トイレに籠り続けた。

 そのまま、さらに五分が経った。

 ……何も起きない。

 もう大丈夫なのだろうか。

 そっと、ドアの鍵を外す。

 やはり何も起きない。

 Aさんは――覚悟を決めて、恐る恐るドアを押し開こうとした。

 その時だ。

 グイッ、とドアが、外から乱暴に引っ張られた。

 Aさんの目の前で、ドアが、バンッ! と瞬く間に全開になった。

「きゃっ!」

 思わず悲鳴を上げ、本能的に顔を背けた。

 ……背けて正解だったのかもしれない。

 ほんの一瞬だけ、Aさんの目に、異様なものが映ったそうだ。

 それは、笑顔を浮かべた女――だった。

 全裸で、頭がスイカのように巨大で真ん丸だった――気がした。

 ……はっきりとは思い出せない。いずれにしても、再び目を向けた時には、すでにトイレの外には、誰もいなかったという。

 以来Aさんは、家のトイレを使う時は、必ずドアを全開にして入っている。

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