第百十三話 炎の中に
W県の某町であった話だ。
ある夜、マンションで火災警報が鳴った。
どうやら、どこかの部屋が燃えているらしい。住民達は慌てて外に避難し、不安気に建物を見上げた。
煙は、四階の一室から立ち昇っている。窓越しに、荒れ狂う炎が見える。
その炎の中に、人影があった。
若い男だった。
男は助けを乞うように、懸命に内側から、窓ガラスを叩いている。
逃げ遅れた住人だ、と誰もが思った。あの部屋には確か、Aさんという若い男性が、一人で住んでいたはずだ。
だが――炎の中に見えたのは、Aさんだけではなかった。
Aさんの両隣に、さらに一人ずつ、誰かがいた。
どちらも、髪を振り乱した女のように見えた。
女達は左右から、Aさんの体に、しっかりとしがみついている。
さらによく見れば、Aさんの後ろにも、大勢の人影があった。
いずれも髪を振り乱し、背後からAさんの腕や肩を、ぎゅうっとつかんでいた。
異様な――としか言い様のない光景だった。
まるで、大勢の女がAさんを、炎の中に閉じ込めようとしている――。
住民達の誰もが、そのように感じたそうだ。
もっとも、この奇怪な人影が見えたのは、消防車が駆けつけるまでの、わずか数分の間だけだった。
部屋に隊員が着いた頃には、Aさんは救助を待たずして、すでに炎の中で事切れていた。
ついさっきまでAさんにしがみついていたはずの女達は、部屋のどこにも見当たらなかった。
ただ――運び出されたAさんの体の表面には、不自然に焼け残った箇所が、いくつもあったという。
いずれも、手の形をしていた、ということだ。
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