第四十一話 真っ黒

 過去にネット上で動画を配信していた、Oさんという男性の話だ。

 Oさんが扱っていたのは、廃墟や廃村を撮影した映像だった。

 仲間同士で集まって車で現地に行き、カメラを回しっ放しにしながら歩き回る。あくまでただの廃墟なので、これといって奇妙なものは映らないが、それでも視聴者の探検心をくすぐると見えて、アクセス数は割と好調だったという。

 そんなOさんが最後に訪れたのが、A県の、とある無人の神社だった。

 国道沿いのパーキングエリアに車を止め、そこから森の中を徒歩で進んだ先に、その神社はある。Oさんは森の中からカメラを回し始め、自分が先頭に立って、雑草だらけの道を黙々と歩いていった。

 やがて道の途中に、古ぼけた鳥居が一つ、ポツンと佇んでいるのが見えた。

 くぐって進むと、十メートルほど先に、また鳥居があった。これもくぐっていくと、さらにまた別の鳥居がある。

 こんな調子で、全部で六つの鳥居が、参道とは名ばかりの荒れた道に、等間隔で並んでいる。

 その先は境内だが、もはや草ぼうぼうで、見た目はただの野原と変わりない。そんな「かつて境内だった場所」の一角に、屋根ごと潰れた社殿が、ひっそりと横たわっていた。

 無人になって久しい頃、地震の影響でこうなったそうだ。

 地に落ちた瓦屋根の下に、無数の木材や瓦礫がひしめき合い、それ自体が巨大な一つのしかばねのように見える。

 もはや、神社と呼べるかどうかも怪しい代物だった。

 Oさん達は、その荒れ果てた景色をたっぷりとカメラに収め、また六つの鳥居をくぐって、神社を後にした。


 車に戻ったOさん達は、撮ってきた映像を、さっそくチェックしてみた。

 最初は森の風景から始まる。昼なお暗い道を進んでいくと、やがて樹々の間に、古ぼけた鳥居が現れる。カメラはまっすぐに、その鳥居の下をくぐり――。

 ……ふっ、と画面が一瞬だけ、真っ黒になった。

「あれ? 今、変だったよな」

 一人が呟いた。しかし、おかしかったのはほんの一瞬だけで、映像はその後も普通に続いている。

 何かの弾みで、あの時Oさんがカメラの操作を誤ったのだろう――。何となく各々がそう結論づけながら、さらに映像を進めた。

 するとまた次の鳥居の下で、ふっ、と画面が真っ黒になった。

「おかしくない?」

「O、撮ってて何か気づかなかった?」

 口々に言いながら、全員で首を傾げた。

 映像はその後も、カメラが鳥居をくぐるたびに、ふっ、と真っ黒になる。

 境内や社殿を撮っている間は、何事もない。しかし、帰りにまた鳥居をくぐると、やはりそれに合わせて、画面が一瞬だけ真っ黒になるのだ。

 映像が途切れている――というわけでもないらしい。

「……何かが映り込んでるんじゃないか?」

 一人がそう呟いた途端、車の中がシーンと静まり返った。


 問題の映像は、仲間の一人に調べてもらうことになった。

 彼の言うには、おそらくレンズの真正面に何かがあって、それが一瞬だけ映り込んだ可能性が高いようだ。だから、専用のソフトを使って映像に補正をかけてやれば、何が映り込んだのか、ある程度目視できるようになるかもしれない――と言う。

 Oさんは帰宅後、映像データをネット上の共有フォルダにアップし、あとは任せておくことにした。

 仲間から連絡があったのは、それから数日後のことだ。

『この動画ヤバい。消した方がいいかも』

 そんなメッセージとともに、補正後のデータが共有フォルダにアップし直されていた。

 ――再生は各自一回だけにしておくこと。

 ご丁寧に、そんな一言も添えられている。

 Oさんはおっかなびっくり、動画を再生してみた。

 まずは森の景色から始まる。何も変わりない。

 荒れた道をカメラが進む。ここも、何も変わりはない。

 やがて樹々の間に、鳥居が現れた。カメラがまっすぐに、その下をくぐり――。

 ……ふっ、と画面が、真っ黒なものに覆い尽くされた。

 一瞬だが、くっきりと見えた。

 髪の毛だった。

 黒々とした髪の毛が、突然カメラのレンズに覆い被さるように、現れたのだ。

 もちろん、Oさんの髪ではない。

 その後もカメラが鳥居の下をくぐるたびに、髪の毛が現れて、ふっ、とレンズを覆う。

 行きに六回。帰りに六回。合わせて十二回の髪の毛を確かめたところで、Oさんは急いで、動画を補正してくれた仲間に電話をかけた。

「おい、今例のやつ見たんだけど」

『見たんだ。一回だけ?』

「うん。あれ何?」

『分からない。とにかく、もう再生しない方がいい』

「でもさ、これガチなやつだろ? アップしたら、かなりウケるんじゃないかな」

『いや……やめといた方がいいと思う』

「どうして?」

『再生するたびにさ、……毎回、全部の鳥居で変わるんだよ』

「何が」

『……髪の毛の量』

「……」

『ああ、あと――』

「……何だよ」

『……三回目の再生で、顔が映った』

 それ以上の確認は必要なかった。

 Oさんはすぐに手元の映像データを削除し、それ以来、廃墟巡りもやめたという。

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