第五十二話 夕間暮れ

 冬から春へと移る頃の、夕間暮れのことである。

 都内に住む主婦のKさんが、散歩も兼ねて買い物に出かけた、その帰り道。歩いている途中で、いつもは通らない遊歩道が目に留まり、何となく足を向けてみることにした。

 あまり利用者が多くないのか、今までここを出入りしている人を見たことがない。どんな感じだろうと思い、いざ踏み入ってみると、民家の裏と並木に囲まれた、幅も視界も狭い細道が、どこまでも続いていた。

 くらい――。

 真っ先に、それを思った。

 行く手には、赤々と夕陽が燃えている。なのに昏い。

 景色が逆光になっているからか。それとも、なぜか街灯が消えているせいか。

 寂しげな空気に呑まれながら、Kさんは一人、とぼとぼと歩き始めた。

 程なくして、人とすれ違った。

 逆光で顔は分からなかったが、老人のようだった。

 自分以外にも歩いている人がいたことに安堵しながら進むと、また人とすれ違った。

 子供連れの主婦に見えた。二人とも、顔は昏くて分からない。

 ふと目を凝らすと、向こうから、さらに何人も歩いてくるようだ。

 ――意外と人通りがあったんだ。

 顔の分からない人達と次々にすれ違いながら、Kさんはぼんやりと、そんなことを思った。

 道はまだ続いている。

 やがて向こうから、どこか見覚えのある人が歩いてくることに気づいた。

 顔は分からない。しかしその輪郭は、近所に住んでいる、顔見知りのお爺さんのように思える。

 声をかけようか、でも別人だったらどうしよう――とKさんが迷っていると、向こうの方から「Kさん」と声をかけてきた。

「こんばんは」

 Kさんがお辞儀をする。だがお爺さんは、それ以上は何も言わずに、すぅっとすれ違っていった。

 変だな――と思ったところで、ふと気づいた。

 あのお爺さんは、去年の暮れから、ずっと寝たきりのはずではなかったか。

 ハッとして、振り返った。

 そこに――全員が、いた。

 今まですれ違った全員が、無言で一列になって、Kさんの後をぞろぞろとついてきていた。

 夕陽が姿を照らしている。見る方角が違えば、逆光ではない。

 ……なのに、顔が分からない。

 どの人も、黒く塗り潰されたように――昏い。

 Kさんは逃げ出した。

 後から足音が、ぞろぞろと追いかけてきた。

 必死に走るうちに、遊歩道の出口が見えた。足を速めて一気に飛び出した。

 人通りのある、いつもの明るい往来の景色が、Kさんを包み込んだ。

 ……ふと、背後の足音が、パタリとやんだ。

 息を切らせながらKさんが振り返ると、そこには、夕陽を浴びて燃えるような並木道が、ひっそりと延びているだけだったという。

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