第三話 おーい
都内の某ビル街に勤務する会社員のYさんが、昼休みに外食するため、表を歩いていた時のことだ。
初夏の、雲一つない快晴の日だった。
「おーい」
ふと頭上の方から、叫ぶ声が聞こえた。
甲高い、子供か女性の声のように思えた。
道を行く大半の人は、気にも留めなかった。わずかに数人が気にする素振りを見せたが、それでも足を止めることはなく、軽く空を振り仰いだだけに留まった。
Yさんだけが――足を止めて見上げた。
見上げた先には、誰もいなかった。
ビルの窓にも屋上にも、声を上げたような人影はない。
特に興味もなく、Yさんは再び歩き出した。
ところが少し歩くと、再び「おーい」と叫ぶ声がする。
声は、また頭上から聞こえた。
気にせずに歩く。大通りを渡って角を曲がったところで、またもや「おーい」と誰かが叫んだ。
やはり、頭上から聞こえた。
――あれ?
Yさんは、ようやく奇妙なことに気づいた。
もし誰かがビルの上から叫んでいるなら、こちらが歩けば、声は遠ざかっていくはずだ。
なのに――ついてきている。
声は必ず、Yさんの頭上から聞こえている。
まるでYさんを、追いかけるように。
「おーい」
またも聞こえた。Yさんは、足を速めて先を急いだ。
「おーい」
なのに、ついてくる。
「おーい」
――しつこい。
不安と苛立ちが、Yさんの中に同時に込み上げてきた。
「おーい」
「うるさい!」
気がつけばYさんは、空に向かって叫び返していた。
周りを歩いていた人が、何事かとYさんの方を振り向いた。もっとも目を向けただけで、足を止めた者はいなかったが。
Yさんは赤くなりながら、顔を下ろして歩き始めた。
声は、もう聞こえなかった。
その後会社に戻ってくると、上司が困惑した顔で話しかけてきた。
さっきから、誰もいないはずの屋上で、Yさんの声が聞こえているらしい。
「――うるさい!」
声はずっと、そう叫び続けているのだという。
Yさんは真っ青になったが、もはやどうすればいいのか、さっぱり分からなかった。
屋上の奇妙な声は、それから一時間ほど続いた。
しかし、あるタイミングを境にぱったりとやみ、それ以降は聞こえなくなった。
――きっと外で、誰か次の人が足を止めてしまったんだ。
Yさんは、そう思ったそうだ。
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