第九十三話 食べられた
以前僕の担当編集者をしていたNさんが語ってくれた話だ。
ゴールデンウィークを利用して、K県にある実家に、家族で帰省した時のこと。
晴天に恵まれた行楽日和が続いていた。Nさんは奥さんと、五歳になる娘のRちゃんを連れて、近くにある小山にハイキングに出かけた。
実家の車を借りて麓まで行き、そこから子供でも無理のないコースを歩く。登山というほどでもない緩やかな道を散策し、途中、開けた河原で休憩することにした。
都会では見られない風景に囲まれてか、Rちゃんはすこぶる機嫌がよかった。おにぎりを頬張るのもそこそこに、すぐに辺りをはしゃいで駆け回り始めた。
「パパ、ウサギさん!」
Rちゃんが森の方を指して叫んだ。見れば、確かに一羽の野ウサギが、草むらから顔を突き出して、こちらを窺っている。
Nさんが写真を撮ろうと携帯を手にする間に、Rちゃんがウサギに向かって走っていった。
「ウサギさん驚かせちゃダメだよ!」
奥さんがそう叫んだが、すでにウサギはRちゃんに驚いて、背の高い茂みの奥に逃げていった後だった。
Rちゃんは気にせず、草むらを掻き分けて、ウサギの消えた茂みに向かっていった。
そして草の奥を覗き込み――。
いきなり「わーっ!」と泣き叫んだ。
涙で顔をグシャグシャにしながら、Rちゃんはすぐに戻ってきた。
「ウサギさん、食べられた」
Rちゃんのたどたどしい言葉に、Nさんは驚いて茂みの方を見た。
「……クマ?」
奥さんが怯えた声で言った。だが問題の茂みは、クマがいるにしては、葉の揺れる音一つしない。そもそもこの山にクマが出るという話は聞かない。
「野犬か、キツネかも」
Nさんはそう答えると、念のため奥さんに荷物をまとめるよう言ってから、様子を確かめるため、一人で茂みに向かっていった。
静かな草むらを掻き分け、ウサギの消えた辺りまで来る。すぐ目の前に茂みがある。
護身用の折り畳み傘を手に、Nさんは恐る恐る、茂みの奥を覗き込んだ。
そして――思わず悲鳴を上げた。
そこには、目も鼻も毛も手足もない、丸裸の人間のようなツルツルしたものが腹這いになって、死んだウサギにかぶりついていた。
Nさんは急いで奥さんとRちゃんを引っ張って、山を下りた。
後で実家の両親にそれを話すと、すぐに近くの寺に連れていかれ、一家揃ってお参りさせられたそうだ。
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