赤腕の英雄

クロセ

二〇〇〇年 四月二十二日 ー石黒輝也ー

第1話 二〇〇〇年 四月二十二日 ‐1‐

 

 ――コロシナサイ。

 石黒輝也てるやには、父がそう言っているように思えた。

 ――コロシテ。

 母もそう言っている。

 ――テルにぃ、コロシテ。

 歩美の声も聞こえた。

 輝也が病院に来てから、もう二日になる。それは、輝也が全てを失った日数を表していた。家、町、クラスメイト、家族――。何もかも、失った。いや、奪われたのだ。みんな全て、バケモノに――。

 病院内では、グラグラと揺れる音や、建物が崩れる大きな音に混ざって、人間の叫び声や泣き声が聞こえてくる。あのバケモノが、輝也のいる病院を壊しているのだ。

 まるで、地球そのものがグラグラと揺れているようだ。これ以上揺さぶっても、輝也から出てくるものなんて、何一つ残っていない。もう空っぽだというのに、いったい何がほしいのだろうか。

 ――いや、これはチャンスだ。

 あのバケモノをコロセと、みんなが言っているのだ。

 輝也は自らの左腕を、ぼんやりと眺めた。

 輝也の左腕は、不自然に赤黒く染まっている。肩から指の先までまんべんなく、まるで、血の池にどっぷりと浸したかのように。生まれてから今までずっと、呪いのようにつきまとってきたものだ。輝也は母に、その腕のチカラは決して使ってはならないと、そのチカラについては決して誰にも話してはならないと、お箸の使い方を注意されるのと同じくらいに、何度も言われた。輝也は自分の生まれを恨んだ。この腕のせいで、周りの人たちからは、変なモノを見るような目を向けられ、クラスメイトからは仲間外れにされた。ゾンビとからかわれ、汚いものを付けているとバカにされた。輝也は自分が他の人たちとは違うという劣等感を、抱かずにはいられなかった。輝也が母にそのことを話すと、母は言った。それは違うと。その腕は、輝也にだけ神様が与えて下さった、特別な贈り物なのだと。だから、恥じることはなく、堂々としていればいいと、そう言ってくれたのだ。そして母はその時、こうも言ってくれた。輝也の肩をそっと抱き、やんわりと微笑んで。

 

 いつかきっと、神様がその腕を輝也に与えた意味がわかる日が来る。その腕を、誰か大切な人のために使う日が訪れる――。

 

 ――お母さん、今日がきっと、その日だよね?

 神様が、お母さんが、お父さんが、歩美が、クラスメイトが、町の人たちが、世界中の人たちが、言っているんだよね?

 あのバケモノを、コロセって。

 輝也は自分自身を納得させる。だから自分ひとりだけが、この真っ暗な世界に取り残されたのだと。だから自分ひとりだけが、まだ生きてしまっているのだと。 

 ――赤い腕のチカラを使えば、あのバケモノをコロスことができる。

 けれど、チカラを使えば、ボクは――。

 

 ふと、輝也の頭に言葉がよぎった。

『ウチに来ないか?』

 住む場所も家族もを失った輝也に、一人の刑事がかけてくれた言葉だ。

 あの刑事の元で生きていくことも、できるのかもしれない。それもきっと悪くない。

 ――でも、

 輝也は辺りを見渡した。周りは何も変わらず、ヘンな人間でいっぱいだ。

 ぶつぶつと何かを呟きながら、神様に祈りを捧げているヒト。終わりだ、この世の終わりだと、大声で笑いながらバレリーナのようにぐるぐる回るヒト。これは夢なのだから、空も飛べるのさと、五階の窓から飛び立とうとしているヒト。

 ――みんな、壊れちゃっている。

 こんな壊れた世界に、自分だけが、ひとりぼっち。

 輝也は思わず、フッと笑ってしまった。

 ――バカげている。

 これ以上なくすものなんて、なんにもない。

 もう、すっからかん。

 だって、二日前のあの日に、自分の世界はもう――壊れちゃっていたのだから。

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