10.思い出話

 ***


 ジャックは淡々と歩を進めるイアンの後を黙って着いていっていた。

 早々に仲間の捜索を投げた彼女は現在、目の前に見える帝都の象徴、王の依拠を目指しているようだ。


「イアン?」


 とはいえ、いつもよりずっと静かなその背に声を掛けてみる。一拍おいて、彼女はこちらをチラと振り返った。


「どうしましたか」

「いや、何か静かだったから……。考え事か?」

「そうですね……。子供の頃の事を思い出していました」


 そういえば、記憶が戻ったという喜ばしいエピソードからこっち、ずっと動きっぱなしだ。折角取り戻した思い出とやらを噛み締める暇も無かった気がする。

 歩くのにも飽きて来たジャックは丁度考えている彼女に更に質問した。


「そういや、父親は宰相殿で、母親は? どうなってるんだ?」


 聞いてすぐにデリケートな問題に首を突っ込んだと悟る。そういえば、イアンは確かに母親は一般の人間女性であったと言ったはずだ。であれば、先に寿命で亡くなっているかもしれない。

 ブルーノやチェスターを見るに、彼等は随分と長生きのようだし。

 案の定、イアンは肩を竦めて首を横に振った。


「母の名はアイリス・ベネットと言うのですが、既に他界しています。もう何十年も前の話となってしまいますが」

「ああ、そうだよな。人間だって言ってたもんな」

「いえ、そうではなく、母は私が幼い頃に山賊の襲撃によってその他の村人と共に殺害されました」

「えっ、あっ、わ、悪い……」


 こちらが狼狽えるのを余所に、イアンはより深く端正な顔の眉間に皺を寄せた。


「ですが、そういえば、父はあの日から何か変わったように思います」

「変わった、ってどういう風に?」

「母以外の人間には元々から興味は無かったのですが、例えば将来有望な錬金術師に投資をしたり、帝国に住居を構えたり。昔は小さな村で細々と生活するのが、愛おしいのだとそう言っていたのに」

「そうなのか。あんたはどうだ? 村でのんびり過ごして、楽しいか?」

「いいえ、ちっとも。長閑な生活には欲望のスパイスが足りませんからね」


 それは『感情』というおよそ他人には理解出来ない部分へ足を踏み込んだ疑問なのではないだろうか。そうは思いつつも、ジャックは更に気になった事を訊ねる。


「あんたとイーデンの事はまあ、何となく分かった。ルーファスは何なんだ?」

「彼は母が存命の間から姿は見掛けていました。居る回数は増えたのは、母が他界してからですね。師匠は絶対的な父の親友であるので、今回の出来事に彼の意思はないかと。父の望みを叶える手伝いをしている、というのが適切な状況でしょうね」


 そう呟いたイアンは難しい顔をして黙り込んだ。


 ***


「これは、本当にいつか魔力が枯渇して止まるのか!?」


 イアンとジャックが長閑な会話を繰り広げている頃。結界内部に閉じ込められ、脱出を試みていたリカルデは仲間に対してそう問いを投げかけた。

 一応、ブルーノがずっと庇ってくれてはいるが自分にルーファスの魔法が直撃すれば有無を言わさずあの世行きだろう。本当に彼には感謝している。お荷物の面倒を終始見てくれているのだ。

 ただし、チェスターは流石に現状に不自然さを感じているのか、先程から術者であるルーファスその人の姿を捜しているようだ。


 現状について思いを巡らせていると、先程の問い掛けに対しブルーノが苦々しい声で応じた。


「おかしいな、ルーファスさんと言えどこんだけ魔法連発してれば、そろそろバテてくる頃だと思うんだがな……。別のネタでもあるのか?」

「私もそう思うぞ、ブルーノ。このままじゃ、良い的だ……!!」


 これではルーファスが力尽きる前に、こちらの体力が切れる。この魔法連打祭りなのだから、逃げる体力を失った時点で即ち死だ。

 チェスターが苛々と口を挟む。


「ブルーノ、貴様、《ラストリゾート》はどうした? 使えんのか?」

「おー、俺の武器は分かりやすいからな。姿が見えねぇってのに形振り構わずブチかますのは難しいぜ」

「使えない奴……!! 何か細工があるとは思うが、それはどこに……」


 飛んで来た火球をブルーノが素手で弾く。周囲の建物に被弾し、壁が盛大に剥がれ崩れたのをゾッとしながら見守った。

 それを見ながら、堪らずリカルデは提案を口にする。


「私が魔力に関するネタとやらを探しに行こう。現状、お荷物状態だし」

「いや、止めとけ。危ねぇわ」

「ルーファスは私に対してノーマークだ。人間の小娘1匹逃げ出したところで、躍起になって攻撃して来るとは思えない。大丈夫だろう」


 とは言ったが、地面の蟻よろしく気付かぬ間に地面の染みとなってしまう可能性は大いにあるが。

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