05.昔の話

 ***


 ――こいつ、いつまで付いてくる気だ?

 ジャックは心中で溜息を吐いた。悩ましげな溜息の先に見えるのは、先程遭遇したルーファスその人だ。ブルーノがピリピリするのであまり関わり合いになりたくないが、ずっと付いてきて離れてくれる様子が無い。


 しかし、ここで事態が大きく動いた。流石にずっと付きまとわれるのは鬱陶しいと思ったのか、イアンが苦言でも呈するかのように口を開いたのだ。


「――ルーファスさん、貴方は何がしたいのでしょうか? ずっと我々に付いてきていますが。迷子でしょうか」

「まさか。愛弟子がどうやったら記憶が戻るのかを考えていたのさ。君も、そのままじゃあ気持ちが悪いだろう?」

「そうですか……」


 イアンの何事かを思案するような顔。これは突飛な事を言い出す前触れなのではないだろうか――


「そういう事でしたら、私に協力して頂けますか。ルーファスさん」

「うん? 何だい、話だけは聞くよ」

「いえ、私も記憶喪失のまま過ごすのは危険だと判断しました。よって、私の事を知っているという貴方の話を聞いてみるのも一興かと」

「お、なら僕達の目的は一致している事になるね。取り敢えず、動きながら話すのもアレだし、どこかに座るかい? 出来れば屋外が良いから、公園とか」


 やや嬉しそうな顔をしたルーファスは既に人気の無い空き地を指さしている。公園と言うより、本当にただの空き地だ。整地されてはいるが、次の建物が入るのを待っている、それだけの状態。

 とはいえ、近くに公園も見つからないのでイアンはあっさりと頷いて見せた。リカルデだけが心配そうに視線を彷徨わせている。


「さあ、何から話そうか。何せ、僕達の思い出はたくさんあってね。そうだ、折角ヴァレンディアにいるんだ、ここであったお話をしようか」

「私は貴方の事を欠片も覚えてはいないのですが」

「いやあ、冷たいね」


 そうだな、と何から話すのか整理していたルーファスは不意にイアンが羽織っているローブを指さした。


「まずはそれの話をしようかな。メイヴィスの遺物、《烏のローブ》。元々は君の父君が、妻の為に特注してメイヴィス・イルドレシアに作らせたローブさ」

「……? ああ、私の、父が」

「そうそう。ただ、君のお母様は魔道士でも無い、一般人だったからね。不要だという事で君に譲ったのさ。メイヴィスが着ていたそれと2つしかないローブだよ」

「二つあるのですか?」

「そうだよ。彼女は本当に天才だったからさ、作り方さえ理解してしまえば量産そのものは簡単だったんじゃないかな。商売はからっきしだったけれど」


 メイヴィス・イルドレシアと言えばイアンから教えて貰った、錬金術の母だ。歴史に名を残す偉人。そんなのとルーファスは知り合いだったのかと思うと、壮大な話になってきて上手く整理が付かない。


「君の父君がメヴィちゃん――」

「メヴィちゃん?」

「ああ、あの子の愛称かな。みんなそう呼んでいたし、君もそうだったけど。それで、そのメヴィちゃんに君が特注して作らせたのが《幻想の庭》さ。我が儘言ってね」

「……ちょっと、思い出せませんけれど」

「君って、メヴィちゃんに錬金術の基礎も習ってるはずなんだけどな。苦手とは言いつつも、異様に上手にやるでしょ。錬金術」

「――私が錬金術で出来る事は先人の模倣のみ。彼女は生み出した技術を多く公表していますので、その情報が正しいものであるとは到底思えませんね」

「君が使っている指示液の配合方法なんて、彼女は世間に公表しちゃいないよ。何せ、一人で完成したアルケミストだったから、弟子らしい弟子も取ってない」


 何だか昔からやんちゃをしていたようだ。ルーファスの言葉を信じるのであれば、だが。

 難しい顔をしたイアンはさらに訊ねる。


「私は誰と、何故ヴァレンディアに来ていたのでしょうか」

「僕と君の父君と。彼は目的があってここへ来ていたようだけれど、君や僕は彼に着いていっただけじゃないかな。君とメヴィちゃんはいつの間にか仲良しになっていたけれど」


 イアンは目を細めるだけだ。本当に心当たりが無いという顔。ここまで来ると、いっそ何か魔法にでも掛けられているのではないかと疑ってしまいたくなる。見かねたジャックは会話に横槍を入れる形でイアンに訊ねた。


「なあ……本当に話聞いてるだけで、何か思い出せるのか?」

「どうでしょうね。ただ、そういう記憶が……あったような、無かったような。不思議な感覚ではあります」

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