07.乱入者

 しかし、動き始めた彼女の足はすぐに止まる事となった。イアンには見向きもせず、自分とブルーノの方へ駆け出そうという明確な目的があったにも関わらず。


「……どちら様?」


 目を眇めたバルバラはブルーノの更に背後を見ている。困惑の表情をしているであろう彼は後ろを顧みるべきかを判断し倦ねているようだった。


「俺が後ろを確認する」

「おう、頼んだ」


 そこは数の利。瞬時にやるべき事を察したジャックは後ろを確認する。そして、意外な人物の姿に言葉を失った。

 見目麗しい男性。忘れられないある種人間離れした眉目秀麗な顔立ちは、確かに見覚えのあるものだ。ただし、彼はブルーノの知り合いである。名前は――ちょっと思い出せ無いが。


「おい、ブルーノ。あんたの同胞ってやつじゃないのか?」

「お、そうか。……ん?」


 明るく応じたブルーノだったが、ここで気付いたらしい。

 自分が会った《旧き者》はブルーノを除けば2人しかいない。イアンの師匠を語って軽くストーキングしてくるルーファスと、そしてロードの血族と噂の彼だ。今回はどう見てもルーファスではないので、後者の彼である。


 話題を振られた事に気付いたのだろうか。声を掛けるべきか否か、迷っていたらしい彼が朗々たる口調で言葉を紡ぐ。


「取り込み中のところすまない。介入させてはくれないだろうか」

「えっ、ルイス様!? 今度はどうされたのですか」


 バルバラの顔がどんどん険しくなっていく。明らかにブルーノの知り合いという事で、突如出現した得体の知れない男が敵に回る事を危惧したのだろう。

 ルイスと呼ばれた彼はひたとバルバラを見据える。どうするつもりなのだろうか。


「人間の娘か。すまない、急ぎの用がある。また後にしてはくれないだろうか」

「わ、わたくしに言っているのかしら?」

「ああ。見た所――物騒な事になっているらしい。秩序を守る者として、ある種弱者を虐げる真似に関して看過する事も出来ない。私が関わる事で話が拗れるのは明白なので、ここは一度引いて貰っても良いだろうか。それが恐らくは最も君の為になる」

「……わたくしが背を向けて駆け出したら、まさか後ろから強襲するつもりは」

「無い。それをさせる事も無い」


 雲行きが怪しくなってきた。ルイスは完全に中立、どころか多対一の状況に非難がましい言葉すら漏らしている。計らずしてこうなってしまった訳だが、そんな事、彼には関係ないようだ。

 バルバラもまた、数の利的に見て圧倒的に不利である事は明白。しかも戦闘パターンが一切不明な男が、進行方向へ現れたとなれば冷や水を掛けられたも同然なのだろう。眉間に深い皺を寄せているのが伺える。


 数瞬の間。

 その後に、鋭く舌打ちしたバルバラはぱっとその場から離脱した。イアンが追おうという素振りを見せたが、ルイスの短い制止の言葉により動きを止める。


「――ブルーノ」


 イアンと会話していたチェスターがこちらもまた、苛々とした様子で訊ねる。そういえば、彼はルイスと初対面だったはずだ。


「あ? どうした?」

「お前達、他種族のトラブルに首を突っ込むつもりは無い。面倒事になる前に私は離脱するが良いな?」

「吸血鬼か。濃い血が流れているように見受けられる。先程はああ言ったが、大した用事がある訳でもない。そこに居てくれても一向に構わないが?」

「世迷い言を。終わったら呼べ」


 ひらり、と優雅に手を振ったチェスターはそのまま村の方へと足音も無く消えて行った。彼の線引きは非常に分かりやすい。

 仲間の後ろ姿を見送ったブルーノが遠慮がちに訊ねる。


「ルイス様? 今日はどういったご用件でしょうか」

「ああ。楽しげにしている所に悪かった。今日はそもそも、現ロードのご用命で人魚村を視察しに来ていただけだ」

「用事などは無いという事でしょうか?」

「そうだな――ブルーノ、お前への用事は無いな」


 涼しげで整った面持ちがジャックを捉える。ただ視線を合わされただけなのに、ピンと伸びる背筋。住んでいる世界が違う事をまじまじと見せ付けられているかのようで息がし辛い錯覚すら覚える程だ。

 しかし、そのまま視線は逸れていって今居るメンバーを順に巡り、イアンの前で止まった。


「同胞の気配がする。それとは別に、お前は――我々の兄弟に造形が似ている気がするな」

「……私の事ですか? それは目の錯覚だとしか思えませんが」

「似ている気がする、近しい誰かに」


 考え込んだ様子のルイスはやがて、頭を振った。その頃合いを見計らってか、ブルーノが口を挟む。


「すいません、話が前後しますが、人魚村の何を視察するおつもりですか?」

「言葉が足りなかったな。人魚が幽閉されている恐れがあるとの事だったが――我々の他に伝承種の気配は無いな。所詮は噂か」

「では、もう戻られますか?」

「いや、もう少し洗ってみる。騒がしくしてすまなかったな」


 何をしに来たのだろうか。いまいち用件とやらが謎だったが、ルイスは軽く頭を下げると再び村の中へと入って行ってしまった。まさか、バルバラとの戦闘を止める為だけに出て来たのかもしれない。


 ルイスの背が見えなくなった頃、散々行動を制限されて来たイアンが抑揚の無い声でぽつりと呟いた。


「バルバラさんとまた会うのも面倒ですし、移動しましょうか」

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