10.人数の偏り

 ――などと思っていた時期があった。

 しかし、結果的に言えばそれは失敗に終わる。早撃ちしようと思ったが、クラーラの動きを銃口で捉える事が出来なかったのだ。これなら、射撃訓練も真面目に受けていれば良かった。自分には合わないだろうと決め着けずに。


「ああ、クソ……! 当たらない……!!」


 引き金を引きっぱなし、連射してみたが効果は皆無だった。完全に動きを読まれており、しかも付与術式が発動しているせいで全く照準が合わせられない。

 ほとんど彼女の動きは見えないのだがしかし、そんな侍女が僅かに笑みを浮かべた気配を感じた――


「クラーラッ!! 一旦退きなさいッ!!」


 その声は間違いようもなくバルバラの声だった。

 瞬間、ほぼ同時に様々な事が起こる。

 まず主人であるバルバラの声に驚いたクラーラが反射的に足を止めた。その彼女が、バルバラの言葉の意を理解するより早く、チェスターと交戦していたはずのブルーノが突っ込んで来たのだ。


「……!? ……は!?」


 いまいち頭の整理が追い付かず、目を白黒させているとクラーラに突っ込んで行ったブルーノが軽快なステップで隣に並んで来た。その手には《旧き者》のみが扱える専用武器、《ラストリゾート》が握られている。これで吸血鬼と戦っていたのだろうか。

 あり得ないとは思うが、まさかこの短時間でチェスターを仕留めた?


「ジャック、俺はリカルデの手助けに行く。イアンと協力して、そっち3人の処理をしろ」

「いや数を見ろ数を! 比率可笑しいだろ!!」

「イアンが召喚獣を頭数に加えられれば、俺も戻る。これ以上はリカルデを放っておけないな」


 ぐっ、とジャックはその言葉に反抗の言葉を呑み込んだ。何故なら、召喚獣の相手を自分が出来るかと言われれば出来ないからだ。


 しかし、ブルーノに軽く吹き飛ばされたクラーラが早々に復帰した。彼女は自身を弾き飛ばした人外になど目もくれず、バルバラへ向かって叫ぶ。


「バルバラ様! 落ち着いて下さい、それはまだ使ってはいけません!」

「分かっているわ……!」


 へえ、と何か術式を編んでいたイアンが目を輝かせる。嬉々とした雰囲気さえ漂わせる彼女にうんざりとした気持ちが湧き上がってきた。


「何やら面白い物でも持っているのですか? お披露目が楽しみですねぇ……。良いのですよ、何だか知らない兵器なり魔法なりを使用しても」

「お前の口車には乗らないわ……ッ!! 落ち着いて処理すれば、今は私達の方が有利なのだから」

「頭を冷やされたのですね。冷静そうで何よりです。うふふふふ」


 それは良いがな、とあまり積極的に戦闘へ参加していないらしいチェスターが苦言を呈する。


「使える道具があるのならば、使用して貰おうか。バルバラ大尉。時間の無駄だ」

「ハァ? 貴方、日が落ちるまでは全く使えないご老人ではありませんか。口出しは控えて下さいますか、大佐殿」

「私に八つ当たりをするな。本来、私は前線に出てやる義務など無いことを忘れるなよ、人間風情が。あと老人という歳でもない、我々の種として見ればな」


 ――こっちもこっちで仲悪いな……。

 脱走兵の始末に駆り出されているせいか、双方ともピリピリとした空気を纏っている。


 一方で、比較的まともな思考回路を持っているらしいクラーラがおずおずと上司2人を諫めた。


「お、お二人とも落ち着いて……。というか、相手はあのイアン――」


 術式を一つ完成させたのだろう。イアンの紡いでいた3つの術式の内、2つが起動する。一つは殺傷能力を伴った風の刃へと変化し、もう片方は水球を生み出した。水の弾はイアンの周囲を漂い、自動的に一番近くに居る敵に対してレーザーじみた水を吐き出している。

 風の刃で対峙しているバルバラの動きをコントロール、彼女が近付いて来たところで水レーザーが追撃を仕掛ける――


 苛々とバルバラがレイピアの間合いにしては気合いを入れて距離を取った。その手の平をイアンに向ける。

 氷の矢が魔道士へと飛来したが、杖の一振りで地面に叩き落とされた。一体どういう原理だと言うのか。


「ジャック。ボーッとしていないで、手伝って頂けますか? 貴方、今日はリカルデさん以上に働いていませんよ」

「俺とリカルデが毎回、観戦しているような言い草は止めろ。あんた等人外組みたいに働けって方が無理あるだろ」


 呟きながら、曰く付きのタガーを装備する。そろそろ日が落ちるので、とにかくチェスターに注意する必要があった。案の定、それを見た吸血鬼は苦い顔をする。そういえば、手には白い包帯が巻かれたままだ。


「――やはり、ブルーノさんは居た方が助かりますね。うーん、召喚術でリカルデさんを援護、が正しいでしょうか」

「イアン、ブルーノはあんたが召喚獣を貸してくれるのを待っているみたいだったぞ」

「え? そうなのですか?」


 ――情報伝達は正確にしろ!

 一時はほぼ一人で戦う事になりそうだ、と心中で頭を抱えた。

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