04.情報の整理

 しかし、と話題を転換するかのようにイアンが少しばかり眉根を寄せた。


「シルフィア村の管轄はバルバラ少佐です。その彼女は港町に置き去りにして来ましたから、今、シルフィアには誰もいない可能性がありますね。まあ、重地ですし、誰もいないなんて事にはならないでしょうけれど」

「成る程。であれば、私が聞いた管轄を交代している話が有力だという事になるな」

「ええ、それで正解でしょう。となると、いるのは――ゲーアハルト殿か、或いはチェスター大佐かもしれませんね。リカルデさんは知っていると思いますが、チェスター大佐は伝承種族である吸血鬼に名を連ねる人物です。夜中に遭遇すれば怪我では済みそうもありません」


 ――吸血鬼。イメージとしては黒い衣装に身を包み、人の血を啜るというそれだが、人魚で一度イメージを裏切られているので表面の印象は鵜呑みにしない方が良いだろう。

 それを加味した上で、ジャックは訊ねた。聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥。


「なあ、吸血鬼っていうのは結局何なんだ?」


 吸血鬼ってのは、とブルーノが自嘲めいた笑みを浮かべる。


「俺と同じ伝承種族だ。ま、当然の如く不老。魔力の高い種で、そうだな……人間と紛れて暮らしていた歴史が長いからか、貴族気質の奴が多い印象がある。で、ここからが吸血鬼の大きな特徴だが――アイツ等、日が落ちた瞬間から太陽の光が差すまでの数時間は無敵だ」

「無敵?想像が出来ないな。具体的には?」

「まあ、攻撃は通らねぇ。俺も一度、夜中に吸血鬼連中とやり合ったが、殴ろうが魔法を使おうが全部擦り抜けちまって、暖簾に腕押しって感じだったぜ。ま、制限がある以上、俺等の扱う《ラストリゾート》みたくルール系の能力なんだろ。日が沈んでから出会えば全滅も視野に入れられるな」

「そうか……。あと、吸血鬼と言ったら血は吸うのか?」


 くくっ、と嗤ったのはイアンだ。そういえば、一昔前の読み物の『吸血鬼』は血を吸うが、最近の読み物は『吸血鬼は実は血を吸わない』というネタが多い気がする。どちらが正しいのかは分からないが。

 ともあれ、一頻り嗤ったイアンが頷いた。何に対してなのだろうか。


「答えは単純明快、吸います。吸血鬼側が昨今は印象操作して『実は吸いません』、などと宣っていますが私達が水分補給の為に飲む水の如く、彼等は生物の血を啜りますよ。そうですね、研究によると吸血鬼1体が1年間で飲み下す血液の量はおよそ676リットルだと言われています。分かりますか?1日に2リットル程という訳です」

「そ、そんな量の血液を一体どこから賄って……」

「前にチェスター大佐から直接聞いた話によると、少し古くなった輸血用の血液と、あとは一人歩きの人間から調達しているようですね。とはいえ、彼等は水も飲みます。喉が渇いたから血を欲するのではなく、食事という訳です」


 伝承種と言えば優雅な孤高の種族、と思われがちだが、その裏では存外と苦労しているようだ。悩みを抱えていない種などいない、良い例である。


「ところで、次の目的地はシルフィア村で決定、という事で良いのですね?」

「あ、ああ」

「ジャック、貴方が研究所へ行きたいと言い出したのは意外でした」

「いや、俺の身体は不安定だからな。一番に乗り込んで、メンテして貰って来るよ。いきなりポックリ逝っちまったらとんだ笑い種だ」

「成る程」


 少し良いだろうか、とリカルデがフォークを置く。彼女はすでに皿の上に乗っていたサラダを完食していた。


「私は人魚村とやらが気に掛かる。どの辺にあるのだろうか?」

「例の女性によると、辺鄙な村らしいですね。シルベリア王国内部、ウィズリア郊外のリムル森林奥地にある湖の周辺です」

「そ、そうか。私の知識ではそれがどこら辺にあるのか分からないな。地図があれば別なのだが」

「知名度が低いという事は、身を隠すのに適しているという事。精々愉しみにしておきましょう、ね?」


 何故かサングラスを一度外したブルーノがそのレンズを服の裾で拭きつつ、赤い双眸を細めている。顔の造形が整っているからか、誰が見ても何かを疑問に思っている顔だと分かる事だろう。


「イアン、お前が身を隠す提案をするのは似合わねぇな。何を企んでる?」

「何も企んでなどいませんよ」

「その頃までに、バルバラの件を片付けるつもりか?」

「どちらでも。彼女のペースに合わせますよ。ほら、ブルーノさん。ワインは時間が経てば経つ程美味いものです。それは人の復讐心にも当て嵌まるというもの。人は嫌な記憶を忘れる事で心の平静を保つ生き物ですよ。忘れられず、くすぶり続けた復讐ほど、熟成されて美味なものはありません」

「……狂ってるよ、お前」

「はい。ですが、これが私ですので。それに――個人的には人魚村に渦巻く人々の欲望、というフルコースも味わってみたいものですし」


 酷く興奮しているのをオブラートに包むかのように含んだ笑みを漏らすイアン。

 最近、彼女の人となりを理解し始めた。彼女は人の欲望に執着している。まるでそれは食事を摂るかのように自然で、注視しなければ気付く事は出来ないだろう。不自然は転がって自然になる。


 ――本当に、この怪物の思想をひっくり返し、人の心を取り戻させる事が出来るのだろうか。

 正直な所、イアンが別の何かに執着している姿は想像出来ないが。


「こちらをジッと見て。どうかなさいましたか?」

「……いいや。こう、あんたは初心に返ってみた方が良いんじゃないか、とか考えてた」


 クツクツ、イアンは相変わらず不気味に嗤っている。

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