第六十六話◆ルーナの光


「……私の負けよ。トール・ヨシュア……。」エルミリアは、槍の石突いしづき(刃がついていない方)を杖替わりにして、玉座に座った。


「……」好矢は無言で体力回復ポーションと魔力回復ポーションを二本ずつ取り出し、自分で飲んだ後、両方エルミリアに手渡した。


「……ありがとう。」エルミリアはお礼を言ってそれを飲んだ。


「エルミリア、お前……」好矢はもう相手が女帝という立場であることを忘れ、普段の話し方になっていた。


「……何も言わなくていいわ。」エルミリアは好矢の表情を見て察したのか、そう言った。


エルミリアは明らかに手加減していた……さっきの戦闘で俺が大した痛手を負わないと把握した上で、実力に合わせた戦いをしていたんだ……。

結果、命を狙われていると感じた好矢は必死だったので、戦闘している最中は気付かなかったが、明らかに手を抜いて戦っていたようだ。


「……魔力増幅ポーションをあんたに渡したら、それを何に使うつもりだ?」好矢は尋ねてみた。


「使用目的か……量産して金を稼ぐ…もしくは、私が絶対的な力を手に入れるため。」エルミリアは正直に話してくれた。

しかし、相手はアグスティナ魔帝国の女帝だ。とはいえ、ガルイラ王が言うほど悪い魔族には見えなかった。


「量産させるわけにはいかない……だから情報開示はしない。そしてどうして絶対的な力を手に入れようとする?」好矢は今度は別の質問を投げかけた。


「世界の覇権の為に悪しき者と協力するためよ。」エルミリアは言った。

違う――彼女は純粋過ぎて危険なのかもしれない。探り合いをしようとせず、本音ばかり話しているが、それは自分が既に強力な力を持っていると自負しているからに他ならない。

例えばこのエルミリア城に策を立てて城を攻め入るとする。しかし彼女はその絶対的な力で、正面からその策ごと捻じ伏せるつもりなのだ。


「そんな行為の加担は出来ない……いや、したくない。」好矢は正直に言った。


「そう……残念ね。」エルミリアは、ふぅ とため息をついてから続けた。

「ところで……ジェラルドに連れて来られる前、トール・ヨシュアさん御一行はどこへ行くつもりだったのかしら?」エルミリアが聞いてきた。


素直に答えていいものか……?考えた結果…


「それを話す意味がない。」とりあえずそう答えておいた。


「……分かったわ。サヴァール王国の王との謁見、上手くいくといいわね。」


「!?」完全にバレていた。

サヴァール王国へ行く道として有名なルートだが、他の国にも行くことは出来る。カマをかけたつもりだろうか?


「……とにかく、俺はアンタのモノになるつもりは毛頭ない。もう、行っていいか?」好矢は言った。


「えぇ。……おい!トール・ヨシュアを応接室へ案内しろ。」

エルミリアは玉座の間の扉へ向かって声をかけた。

すると、扉の向こうから声が聞こえた。


「はっ!」



「好矢くん、大丈夫だった?何かされてないか?」心配そうに声をかけてくる沙羅。アウロラも心配そうに見つめてきた。


「何ともないですよ。ただ……」


「ただ……?」沙羅は好矢に続きを聞こうとしたが、扉の外の気配を感じ取って続けた。

「ここじゃ話しにくいことなのね?」


「あぁ……もう既にバレている可能性もありますが、どこで誰が聞いているか分かりませんから……例えば、とかね。」


扉の向こうから、ガタッという音がした。好矢は扉を開けて、ジェラルドの顔をみた。


「ちっ……バレていたのか。」ジェラルドは悔しそうに言った。


「気配を殺すなら、もう少しバレにくくしてください。」


「やっぱり、好矢くんもコイツが外にいるの気付いてたのね。」沙羅は言った。


魔力増幅ポーションのことをエルミリアが知っているとはいえ、ジェラルド以外の人物が魔力増幅ポーションについて知らないまま、一緒にいる可能性もあるし、

あるいは、部屋に盗聴器…もしくは、盗聴魔法が仕掛けられている可能性もあった。


「ジェラルドさん、我々はもうここを出ます。問題ありませんよね?」好矢は続けた。


「あぁ……サヴァールまでの馬車を出す手配をしよう。」ジェラルドは言った。


「結構です。では……」


好矢はそう言うと、皺月の輝きの一行はアグスティナ魔帝国を後にし、ライドゥルに沙羅とアウロラを乗せてサヴァール王国へ向かった。



「今夜はここで休みましょう。」ライドゥルに乗らず、ずっと歩いている好矢が疲れていることを感じ取ったアウロラが言った。


「お気遣いありがとうございます……。ちょっと休ませてください。」

エルミリアと戦った後、体力回復ポーションと魔力回復ポーションは飲んだものの、物理的な休憩は一切挟まずに何時間も歩き続けていた好矢。

辺りも暗くなっていたし、さすがにもう休みたいと思っていた。


「じゃあ、テント張るのは私と沙羅さんに任せて、ヨシュアくんはそこで顔でも洗って休んでて。」アウロラは近くにあった川を指差して言った。


「すいません、そうさせてもらいます…。」好矢は川へ行って、バシャバシャと顔を洗った。


しばらく川沿いに座って夜空を眺めていた。星々がたくさん見られる美しい夜空だった。

その中でも一際輝いて見られるのは、一番大きく見える星。この世界の月、“ルーナ”だった。

ルーナは、地球で見られる月よりも二周りほど大きい。

「東京とは全然違うな……」そう好矢が呟くと、その呟きに応えるように流れ星が見えた。


「意外と綺麗よね。この世界。」テントを張り終えた沙羅が好矢の横に座った。


「そうですね。」


ふと後ろを見ると、アウロラは魔法で枯れ木を創り出し、そこへ火属性魔法で火をつけていた。

好矢も沙羅も火属性は扱えないので、焚き火などの火を使う作業はアウロラに任せていた。


「ところで好矢くん……」


「はい?」


「キミはいつまでアタシを先生呼ばわりするのかな?」沙羅は月光に照らされた美しい表情で言った。


「そうは言っても、俺にとっての先生は沙羅先生ですから。」


「先生抜いて呼んでみてよ。」沙羅は普段このような事は言わないので、ルーナの光が頭をおかしくさせたのかと思ったが本人は真面目な表情だった。


「……沙羅。」好矢は、恩師の名前を人生で初めて呼び捨てで呼んでみた。


「好矢くん……」沙羅は好矢に寄り添い、そのまま肩に寄り掛かって目を閉じた……


「お二人さ~ん……食事の用意出来てるんですけど~……」真後ろからアウロラがジト目で二人を見る。


「うわっ!?いつからそこに!?」好矢はガバッと沙羅から離れて言った。


「愛してるよ、沙羅……ってところからかな。」笑いながらアウロラが言った。


「言ってませんよ、そんなこと!」


東京での生活も大変でありながらも楽しかったが、ここでの生活も悪くない。何より、沙羅せんせ…沙羅がいるから。

好矢はそう思いながら、焚き火の方へ向かうアウロラに付いて行った。


「邪魔しないでよね……」沙羅の呟きは誰の耳にも届いていなかった。




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