第五十七話◆あの日の思い出

「あ、アタシは……うぅ…頭痛い……」コールブランドを落として、頭を抱えるサラ・キャリヤー。


「お…おい……ウソだろ……」そう言っていたのは好矢。彼の目にはサラ・キャリヤーの姿がハッキリと映っていた。


「お…?」その声に気付き、好矢をまじまじと見つめるサラ・キャリヤー。

「え……もしかして………………ええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!??ちょ、ちょっと!好矢くんじゃないの!!」



……知り合いだった。



彼女は刈谷かりや 沙羅さら。28歳独身。剣道六段。

日本では天才剣士と呼ばれ、最速で六段まで上り詰めた女性で、好矢に剣道を教えてくれていたプロの先生でもある。

刈谷沙羅選手は、剣道の国際大会予選の前日、行方不明となり警察が捜索を始めるが、ついぞ見つからずに捜索は打ち切りになってしまった。

ちなみに、28歳の刈谷選手に教わっていたのは、当時14歳の好矢だった。それが理由か、好矢本人だと気付いてもらうのには時間が掛かってしまった。


コールブランドに肉体が保存されるというのは本当のようだ。


「え……えと……エンテル?沙羅先生……どっち?」


「……ごめん、アタシがエンテルって名前のゴブリン族の女の子だったってこと自体は知ってるんだけど……その時の記憶が無いんだ。」沙羅は頭をポリポリとかく。

そして続ける。「それにしても……貴方本当にあの悪ガキの刀利好矢くん?」


「よ、よしてください……本当なら俺は今、医学生なんですよ。灯明医科大学の……。」魔王、指揮官、一等武官のお偉いさん三人を無視して照れくさそうに話す好矢。


「の、のう……お主……」好矢に声を掛けるガルイラ王。


「あっ、すいません!はい!」ガルイラ王の存在を思い出し、反応をする好矢。


「トール・ヨシュア……お主……サラ・キャリヤーの知り合いなのか?」と言ってくるガルイラ王。


「え、えぇ…まぁ……。」好矢は答えるが……

「では何故、知り合いであることを黙っていた?」ガルイラ王が詰め寄ってくる。


「あ、あの……彼女の名前はサラ・キャリヤーではなく、刈谷沙羅さんで……まさか先生と会えるとは思わなくて……」とぶつぶつ言っていたが沙羅が助けてくれた。


「ウチのかわいい教え子を虐めるのは、止めてくれるかしら?」昔見たキリッとした表情をする沙羅。

綺麗な女性なのだが、このキリッとした表情で叱られるのが怖くて何度剣道を辞めようと思ったことか……


「す、すまぬ……」

沙羅にすぐに謝るガルイラ王。

どうやら、以前の戦いで上下関係のようなものが出来ているようだ。


「ところで……」好矢が口をはさむ。


「どうした?」と反応する沙羅。


「どうして、沙羅先生は約五百年前の人間になっているんですか?俺とは元々14歳差だったのに。」好矢がそう言った。


「確かに……どうしてかしらね?」


ガルイラ王が考えられるその理由を話してくれた。

「お主達の世界と、こちらの世界では、そもそも流れる時間が違うのかもしれん。……だから、時間に大きなズレが生じたのかもしれんな。……あるいはお主達を引き合わせるための神のお戯れか……。」

なるほど……確かに時間軸の違いについては考えられる。



――数時間後。


魔王城の客室にしばらく宿泊ことになった、好矢と沙羅。

「とりあえず、気が済むまで思い出話でもしてから、お前の本当の要件を聞いてやる。」とガルイラ王に言われた。

……そうだった。謁見の目的がまだ果たされていなかった。


「――それで、アタシがいなくなっちゃったから、剣道を辞めたってわけ?」話しながら、綺羅びやかな鞘にコールブランドをしまって部屋の隅に置く沙羅。


「はい。何故か、剣道続けても意味が無いな~って思ってしまいまして。」と当時の事を思い出しながら言う好矢。

剣道教室で沙羅に花束を渡して「刈谷先生、試合頑張ってください。」とグレていた当時、沙羅を応援していた好矢。

「お前、不良のくせに気が利くな。でも花束は私が勝ったら受け取ってやる。」彼女と言葉を交わしたのは、それが最後だったのだ。


「あの時アタシさ……試合どころか大会そのものすら始まってもないのに、なけなしのお小遣い叩いてアタシの為に花束買って来てくれてさ……すっごい嬉しかったんだ……。」

懐かしそうに言う沙羅。


「…そうですか。」今でもハッキリと覚えている。

母親にお小遣い3000円を前借りして、その3000円で花束を作ってもらったんだ。


「あの後、アタシお前に言おうとして止めた言葉があるんだけど、今聞くか?」笑いながら言ってくる沙羅。


「あ、はい…聞きます。」


「……アタシ、もし大会が終わっても独身だし暇なんだよ。もし優勝したら、焼肉付き合えよ。」先ほどと変わらぬ笑顔のまま話す沙羅。


「…どうして言うのをやめたんですか?」


「やめるに決まってるだろ!お前は一番かわいがってた教え子なのは間違いないけど、エコヒイキって言われちゃうだろ?」

当時は怖い大人の女性という印象だったが、彼女の年齢に近付いてみて分かった。



――その言葉を聞いた好矢は沙羅に寄り添い、優しく抱擁をした。



「あ、おい!……ちょっ……こら……!」昔みたいに叱りそうな話し方を一瞬したが、すぐに大人しくなった。


「…………。」好矢は黙って抱きしめている。


「おい、何か言いなさいよ。恥ずかしいから……!」そう言って、背中をパンパンと叩く沙羅。


「……先生は、寂しかったんですね。」ボソッと言った好矢。

天才天才と持て囃され、負けたことが一度もない剣士……それが刈谷沙羅選手六段だった。

しかし、次第に勝って当然。勝てなければ刈谷沙羅ではない……という理不尽な重圧が彼女を襲っていた。

……心の何処かで、こんな人生やめてしまいたい……そう思うこともあっただろう。そして、一番大切に育てていた教え子の存在が心の支えでもあった。


「やめ…ろよぉ……グスッ…」好矢は初めて沙羅の涙を見た。おそらく、人前で泣くこと自体が初めてだろう。


「ごめんな。一緒にこっちに来れなくて。」好矢はそう言って離れた。


「でも……来てくれたじゃんか。」沙羅は一言そう言って、好矢を強く抱きしめた。



「……ところでさ、好矢くんはどうして医学生になったの?」更生は、しかけていたものの、出会った当時の完全に不良だった好矢しか知らない沙羅はそこに一番驚いていた。


「中学の頃……いたじゃないですか。鈴木。」


「あぁ…鈴木くん…いたねぇ。」

中学時代仲良くしていた、鈴木すずき 遊矢ゆうや。名前の雰囲気が似ているという理由で仲良くなった、自殺してしまった友人だ。

遊矢を剣道教室に誘って、よく一緒に練習に来ていた。


「アイツの父親蒸発したのは知ってると思いますけど……先生がいなくなって数ヶ月後、母親がガンで亡くなって、アイツ自殺したんですよ……。」


「えっ……?」


「それから……遊矢みたいな奴が出てきてほしくないと思って、必死に勉強しました。」


「それで……医学生に?」


「はい。」


「やっぱり、好矢くんは良い子だな……!先生、知ってたよ~!」そう言って頭を撫でてくる沙羅。


「いつまでも子供扱いしてますけど、今年で俺23歳ですからね?」


「そうだった!」てへっと笑う沙羅。


しばしの沈黙の後、沙羅はまた話し始める。

「それにしても……喧嘩ばっかりしてた子が灯明医科大学か……ホント、あっちの世界でアンタの成長を見届けたかったな……。」


「ホント、俺も頑張ってる所を先生に応援してもらいたかったです。」笑いながら言う好矢。


「言うようになったねぇ、色男~!」ちょこちょことからかってくるが、もう慣れている。

「そういえばさ……アンタ、この世界やって来てどのくらい?」

意外とお喋りで話題が尽きない沙羅。好矢自身がだいぶ落ち着いてきたから、そう感じるだけかもしれないが。


「え~っと……二年以上経ちましたね……。」


「え!うそ!じゃあこの世界のことはアタシよりも知ってるの!?」当たり前のように言ってきたが、少し考えると驚くべきことを言ってきた。


「え……?先生は?」


「アタシはこの世界来て、半年で悪しき者とかいう奴ぶっ飛ばして、封印することにしたの。」


「は……半年………」改めて、刈谷沙羅の恐ろしい強さを感じた瞬間だった。


「好矢くんは、こっちでは何をしているの?」


「俺は今は放浪魔導士です。国立魔導学校トーミヨって所に行ってたんですけど、エンテル……先生を街に入れようとしたら断られて、ここまで旅してきたんです。」


「こっちの世界でも名門校に行ってるのか……!すごいな、好矢くんは。魔力はいくつ?」


「あ~……いくつだろう?またしばらく見てないから解らないです。」


「じゃあ、おねーさんが王都の魔法館連れてってあげる!」沙羅は好矢の手を引いて城を出て街へと繰り出した。




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