第6話 盗賊あらわる


 新学期が始まって数日後のことだ。ある日突然ユキは学校を休んだ。

「今日は家の都合らしくてな。悪いがヨウサ、帰り道、ユキの家に寄ってもらえないか」

 そう言って担任のレイロウ先生は、ヨウサに宿題の本を手渡した。こうしてその日の放課後、ヨウサはユキのお屋敷に宿題を届けに行くこととなったのだ。

「ねえ、シンくんたちもユキちゃんち行くの付き合ってよ」

 放課後、ヨウサに声をかけられ、遊ぶ気満々だった三人の男子は少々残念そうにしていた。

「え〜、なんでオラ達まで行かなきゃならねーだ?」

と、あからさまに不機嫌そうなのはシンだ。

「今日はトモたちと遊ぶ予定だっただよ?」

 不機嫌に唇をとがらせるシンに、ヨウサは両手を合わせる。

「だって、ユキちゃんのお屋敷って、なんだか豪華ごうかすぎて一人で行くの気がひけるんだもん……。ね、お願い!」

 そんなヨウサのお願いに、最初に同意したのはシンジだった。

「しょうがないなぁ。シン、一緒に行こうよ」

「え〜……。オラ遊びたいだべ……」

 弟のシンジのうながしにも彼はなかなか「はい」と言わない。思いがけず弟の声のトーンが落ちた。

「だって、今日なんで急に休んだのか、ちょっと心配じゃない? もしかしたら具合が悪いのかもしれないよ?」

 心配そうなシンジのその声色に、シンの心も動く。

「む……。確かにそうだべな……」

「そうだよ〜! せっかくだからお見舞いに行こうよ〜!」

 最終的にはガイのひと押しと、ヨウサの静電気の脅しもあって、四人はユキのお屋敷に向かうことになった。

 しかし――。


 お屋敷についた途端とたん、四人は入り口で困惑こんわくする羽目となった。

「えええ……」と、まゆを寄せるガイ。

「これは……」と、息を飲むヨウサ。

「一体……」と、周りを見回すシンジ。

「……どういうことだべ??」

 四人の目の前の光景は、数日前に見た時とは違っていたのだ。町の警備員の小型魔導車が門の前に数台止まり、忙しそうに何人もの警備隊が動き回っている様子は、どうにもただ事ではない。

 思わずそれにあっけにとられていると、聞き覚えのある声が彼らを呼んだ。

「あ! あなた達はユキお嬢様の……!」

 声をかけられた方を向くと、あのシロクマの執事が彼らに歩み寄ってきた。執事に話を聞けば分かるだろうと、少し安心したのも束の間、四人はその執事の姿を見てあっと声を上げた。

「し、執事さん……どうしたの、その姿……!」

 ヨウサが驚いて声をかけると、執事は困ったように頭をかいてみせた。なんとその手は包帯だらけ、頭にも絆創膏ばんそうこう包帯ほうたいをしていて、先日までの姿とは打って変わって怪我だらけ。その痛々しい姿に、四人は思わず駆け寄っていた。

「どうしたの、執事さんのその怪我……」

「階段からコケただべか?」

 双子の問いかけに執事は苦笑して答える。

「いやあ、階段から落ちたくらいなら良かったんですが……ちょっと賊と戦ってしまいまして……」

「ゾク……?」

 聞きなれない言葉に、思わずガイの表情が曇る。

「ゾクってもしかして……」

 問いかけるバンダナの少年に、執事は一つうなずいて答えた。

「はい、昨夜、屋敷に盗賊が現れたのです」




 四人は客間に通された。そこでまた高そうなお茶と美味しそうなお菓子を出されるが、さすがに今日の四人は興味がそちらに向かない。

「執事さん、盗賊って、ホントにそんな姿してたんですか……?」

 緊迫感ある空気で問うのはシンジだ。少年の緊迫感ある問いかけに、シロクマ執事は深くうなだれる。

「はい、奇妙な仮面をかぶった身長の高い男でした……。真っ黒なマントを羽織っていて、あの仮面は……本当に不気味な顔で……」

 その発言に四人は思わず顔を見合わせていた。

「仮面の男だなんて……」

「ああ、ペルソナに違いねーだべ!」

 コソコソとヨウサが言うと、シンもそれに答える。シンのその言葉に、うなだれるように執事がつぶやいた。

「はい、詳しく話しましたら、警備隊の人も言っていました。おそらく『ペルソナ』という盗賊だろうと……」

「で、そのペルソナ、一体何をしに現れたんですか?」

 シンジが問いかけを続けると、執事は首をかしげる。

「それがわからないんですよ……。さっきも警備隊の人に同じ質問をされたんですが、思い当たるものが全くなくて。そして実際何も盗まれなかったんです」

 その発言には、さすがにペルソナをよく知る四人も思わず首をかしげる。

「ペルソナが現れたら、だいたい盗みものよね」

「絶対に闇の石だね〜」

 ヨウサに続いてガイがつぶやくと、それを聞いていたシンがうなる。

「でも、ここに闇の石があるなんて聞いたことないだべよ?」

「そう言えばそうだね……。闇の石の本で探した事もあったけど、町の中で反応が出たことはなかったもんね」

 兄の言葉にシンジも思わず首をひねる。闇の石の本を手に入れてから、四人はよく石を探そうと本を片手にうろついていたものだ。身近な学校や街の中は、当然調べ尽くしたはずだった。当然このお屋敷付近もうろついたが、この辺りに石の反応が出たことはなかった。

「執事さん、ここに『闇の石』なんてものはあるだべか?」

 シンの問いかけに、執事は困ったようにまゆを寄せる。

「闇の石……? そんな物騒ぶっそうな名前の宝石は知りませんね……。ブラックダイヤや氷水晶ならまだしも……」

「そういう宝石じゃないんだ。なんかこう……闇の力を持つ、ふるーいアイテムなんだけど……」

 続けてシンジも説明するが、執事の表情は曇ったままだ。

「ううーん……。心当たりがありませんね……。魔鉱石とは違うのですか?」

「うん、まったく違うだべ」

 素早いシンの返しに再び執事はうなる。

「ううーん……闇の石……うーん、知らないですねぇ……」

「ところで執事さん〜……」

 問いかけたのはガイだ。

「執事さん、盗賊と戦ったって言ってましたよね〜? 一体どうなって戦うことになったんですか〜?」

 その言葉に、双子も首をかしげる。

「たしかに〜! あのペルソナ、強いから大変だったんじゃない?」

「執事さんじゃ弱いから、あのペルソナにはかなわねーだべさ」

「子どものあなたに言われたくありませんっ!」

 シンの発言に一度はみ付く執事だったが、すぐにため息をつくと言葉を続けた。

「そりゃあ、見た感じ不気味な男でしたし、何らかの魔術の使い手であるのはすぐに分かりましたよ。でも……放っておけないじゃないですか……。ユキお嬢様が襲われそうになっていたら……」

「えええっ!!??」

 執事の発言に四人は跳び上がった。最初に問い詰めたのはヨウサだ。

「ちょ、ちょっと待ってよ! ユキちゃんに襲いかかったですって!?」

「なんてひどいことするんだ、ペルソナめ!」

「あんなか弱い女の子をいじめるなんて〜! ボク許せないよ〜!」

 シンジとガイも怒りに声が大きくなる。シンも思わず立ち上がっていた。

「だああ! ていうか、執事さん、なんでそんな大事なこと早く言わね―だっ!?」

 怒りのあまりまくし立てる四人の少年少女に、シロクマ執事は思わず小さく縮こまる。

「す、すいません……話の手順を間違っていたでしょうか……」

 大の大人が、子ども相手に型なしである。

「いや、そんなことより、ユキちゃんは無事なの?」

 そうシンジが問いかけた時だった。客間の扉が開いて、見慣れた人物が中に入ってきた。白い肌に水色のお下げ髪のほんわかした少女――

「ユキちゃん!!」

「ユキ!」

 姿を確認するなり、四人は思わず駆け寄った。

「大丈夫!? ユキちゃん、怪我してない?」

「心配した〜! 盗賊に襲われそうになったって聞いたけど、大丈夫だった?」

 ヨウサとシンジの問いかけに、ユキはあっけにとられたようにぽかんとしていた。

「その様子だと、元気そうだべな。よかっただ〜! 怪我してないみたいだべ」

 シンの言葉に、ユキは一呼吸はさんでうなずいて見せた。

「あ、あの、私は大丈夫です」

「うん、今見て安心したよ〜」

 ユキの回答にガイもほっとしたようにほほえんでみせる。その隣でシンもうんうんと嬉しそうにうなずく。

「それにしても、このテンポが一つ遅いのは、いつものユキだべな」

 相変わらず一言余計なようである。

「それにしても執事さん。盗賊がユキちゃん襲ってたって……ユキちゃんはなんともないじゃない?」

 彼女の無事を確認してヨウサが首をかしげると、執事のシロクマはえっへんと胸を張ってみせた。

「当然です! ユキお嬢様が襲われる前に、私がお守りしたのです!」

「へぇ〜! 執事さんかっこい〜!」

 ガイが思わず声を飛ばすと、ユキが小声でポツリつぶやいた。

「あ……。あの仮面の人は……別に……襲って来ませんでたよ」

「え?」

 その発言に思わずヨウサとシンジが目を丸くする。

「あの人が現れてびっくりしていたら……執事さんが部屋に入ってきて……そのままイキナリその人に体当たりして……。執事さん、それを避けられて棚に激突しちゃったんです……」

 その説明に四人の子どもはがっくりと肩を落とした。

「なによそれ……」

「それじゃあ、自分で怪我したようなものだべさ……」

 執事に聞こえないように思わず小声でつぶやく二人である。

「え、でも……そしたら、ペルソナ、一体ユキちゃんに何をしたの?」

 シンジが問いかけると、ユキはふるふると首を振ってみせた。

「何も……しませんでした。私が……怪我した執事さんを心配していたら、急にそのまま窓から出て行って……。気がついたら……消えてました」

 その説明に双子は顔を見合わせる。

「消え方はペルソナらしいけど……」

「でも何もしないで去っていくって、一体どういうことだべ?」

 思わず首をひねり考えこむ二人に、ヨウサが割り込む。

「待って待って。そもそも一体どうしてユキちゃんの所にペルソナが現れたのかしら?」

 その問いかけに、双子はまた首をひねる。

「そりゃあきっと……闇の石を盗みに来てると思うだべ……」

「とはいえ、闇の石なんて一体どこに……」

 シンジはそこまで言いかけて息を飲んだ。彼女の首にかけてある一つのペンダントに目がいったのだ。

 黒く丸い宝石の中に、金色の光が閉じ込められたような不思議な宝石――

「シン、原因がわかったよ――」

 そう言って青髪の少年は、ユキの首元をそっと指さしていた。






*****

「今回はどうされたのです……?」

 珍しく困ったような声で幼子は主に詰め寄る。薄暗い石造りの部屋に、一人の幼子と長身のマントの男がいた。オミクロンとペルソナだ。作戦が失敗したにもかかわらず、ペルソナの様子は落ち着いたものだ。少々あわてたオミクロンとは対照的に、ゆったりと椅子に腰かけている。

「あの闇の石……あの少女を守護すべきものとして、機能してしまっている」

 声を荒げるでもなく、どこか余裕を感じさせる声色で仮面の男は答えた。その答えに逆に幼子は驚きを隠せない。小さな顔の大きな瞳を見開いて、オミクロンはその小さな口を開いた。

「闇の石が……人を守る……というのですか……?」

 とても想像がつかない、と言った口ぶりだ。

「闇の石は陰の力そのもの……。今の精霊族やマテリアル族の性質を考えれば、有害性の方が高いかと思っていましたが……」

「光の闇の石は特殊だ」

 幼子の声をさえぎって仮面の男の声が響いた。沈黙するオミクロンの目の前で、男は椅子の上で足を組む。男の仮面のひたい部分にある奇妙な模様がうっすらと光った。それをなでるように男は左手を仮面のひたいにかざした。

「あの闇の石は、邪悪な闇の力でありながら、光の力をコントロールする。しかしそれは、人間を手助けするために働くのだ。大事なアクセサリーとして少女が身に着けていれば、石はそれに応える。あの本のようにな……」

 その言葉に、納得がいったように幼子は口を閉じた。その間にもペルソナの言葉は続く。

「いずれにせよ、あの光の闇の石の欠片は奪還しにいかねばならん。ただし――」

 と、そこで仮面の男は一つ息を吸った。

「あの少女の了承りょうしょうが必要だ。……何か策を考えねばならんな……」

 その言葉に、うつむいていた幼子が顔を上げた。幼い顔立ちに不釣ふつり合いなほど大人びた笑みを浮かべ、その小さな口元を不気味にゆがめていた。

「ペルソナ様……私に一つ案があります。邪魔者を寄せ付けずに石を入手する方法です」

 その声は、思ったよりも低く部屋に響いていた。

*****






「なるほどねぇ……まさかユキちゃんが持っているペンダントが闇の石だったとはねぇ」

 テーブルにひじをつき、ひとり言のようにつぶやくガイに、シンジがうなずきながら部屋に戻ってきた。

 時刻はもう夜。お風呂も終えてあとは寝るだけの状態だ。寮住まいの三人はそろそろ自分の部屋に戻らなくてはならない時間なのだが、隣部屋のガイはいつものように双子の部屋にお邪魔しているところだった。三人はジュースを飲みながら、今日、ユキの屋敷で聞いた盗賊事件の話をしているのだ。

「多分、ユキちゃんのペンダント、僕らの持つこの本と一緒だよ。光と闇の力を持つ、光の闇の石の欠片だと思う」

 答えながら、手にしたコップをテーブルに置き、シンジもクッションの上に腰かける。

「まさか欠片が見つかるとはね。ユキちゃんが持っていたなら、今まで反応も出ないわけだ。だってこの町にはユキちゃんいなかったんだものね」

 言いながら思わずため息をつくシンジの向かい側で、空のコップにささったストローをみ、ブツブツ言っているのはシンだ。

「それにしたって、今回のペルソナは意味がわからねぇだべな……。どうしてユキからペンダントを奪って行かなかったんだべ……」

「さすがに人が来るのを恐れたんじゃないかな?」

 注ぎ足したジュースを飲みながら弟は首をかしげてみせる。

「でも、シンの言うとおりだよ〜。あの執事さん相手なら、別に怖がることないと思うしねぇ……。どうして無理にでも奪って行かなかったのかは謎だよ〜」

 立て続けにガイが言うと、再び三人は沈黙してしまった。

 今回のペルソナの行動には違和感があった。いきなり現れるのはまだ想像できる。神出鬼没しんしゅつきぼつなあの魔術師のことだ。いきなり見知らぬ場所に現れてもおかしくはない。しかし、今回のその行動はいつものペルソナらしくなかった。学校に現れた時には時計を壊してまで闇の石を奪った盗賊が、今回は執事の抵抗一つで去ったのだ。これが校長先生や、警備隊の抵抗があったというのなら、逃げる理由もわからなくはない。しかし今回は、魔法ではとてもペルソナの足元にも及ばないであろう人物の抵抗……しかも、その体当たりですらペルソナは食らっていないのだ。闇の石を目の前にして、奪わなかった理由がわからない。

「だあぁ〜! 考えても謎は解けねーだべ!」

 大声で沈黙を破ったのはシンだ。兄の言葉に、シンジは苦笑気味にそれをなだめる。

「まあまあ、ペルソナのことだからきっとまた姿を現すよ」

「そんなこと言って、今日またユキのところにペルソナが現れてたらどうするだ?」

 心配そうなシンとは裏腹に、シンジは肩をすぼめて苦笑している。

「だって、さすがに僕らが屋敷にずっといるって訳にはいかないしさ。今日は警備隊の人もいて忙しそうだったし」

「それに今日はきっと大丈夫だよ〜。警備隊の人も、さすがに今日はユキちゃんのお屋敷の警備についてるんでしょ〜?」

 ガイの言葉に、不納得そうにシンは唇をとがらせる。

「確かにそうだべが……」

「また明日、ユキちゃんちに行ってみようよ。しばらくは僕らもユキちゃんの警護にあたろうよ」

 弟の言葉にしぶしぶシンはうなずいていた。しかし敵の出方が、彼らの予想を上回るものになろうとは――この時の彼らに分かるはずもなかった。


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