第10話 神殿地下の迷宮

 その頃、ちょうどガイは休日特別課外を終えたところだった。お昼ごはんも食べずに課外を続けていたため、さすがに腹ペコのようである。出された宿題の山を抱え、真っ先に食堂に転がり込んで、机の上で突っ伏していた。

「ずいぶんおつかれね」

 声をかけたのはリサだ。リサの声にガイは反射的に飛び起きる。

「リーサー! そりゃ疲れるよ~! 朝から今まで課外だよ~!? 今日はお休みなのに課外だよ~! あんまりだよ~!!」

「まぁ、宿題出してないから、仕方ないわよね」

 必死に訴えるガイに、リサが困った表情で笑いかける。そりゃそうだけど~とまた倒れるガイをなだめ、リサがお盆を渡し食事を促す。さすがに腹ペコだったガイは、お盆を見た途端とたん、大量の食事を注文する。リサはハイハイと笑顔でそれに対応する。しばらくして食事が出そろうと、ガイはそれをものすごい勢いで食べ始めた。がつがつと勢いよく食べるその様は、お世辞にもお行儀がいいとはいえない。。

「そういえば、今日はシンくんもシンジくんもおでかけしたのね。ガイくんは一緒に行けないって、二人とも残念そうだったわよ」

 ガイの食事の様子をしばらく感心して眺めていたリサだが、朝の双子を思い出して、ガイに話しかける。それを聞いて、ガイは食事の手を休めることなくうなずいて答える。

「おうあよ(そうだよ)~ほういふっていっへははらへ(今日行くって言ってたからね)~」

 さっぱり言っていることはわからないのだが、雰囲気で言葉を読んだリサが苦笑いでそうなの、と答える。

 それにしても……とリサは外を見る。外は決して大降りではないものの、雨はまだしとしとと続いている。こんな天気の悪い中、あの双子はまだ帰ってこない。まだ日は高いとはいえ、こんな天気だ。夕方になればすぐ暗くなる。加えて、リサにはもう一つ気がかりなことがあった。

「こんな雨の中、よく男の子って出かけるよね……。早くかえって来るといいんだけど……」

 誰に言うでもなく、リサはつぶやいて外を眺めた。

*****





 キショウの予測どおりだった。三人が食事を終え、一休みして体力回復したくらいに、キショウが予測していた天井が静かに開いたのだった。それと同時に徐々に溶け出していた水の高さが落ちているようだった。シンジが補強して凍らせた、足場となる氷のその下で、水の深度が下がっているのが見えた。

「氷もずっと凍っているわけではねーんだべな」

 足元の氷越しに見える水面が遠のいていく様子を眺め、シンが興味深そうにつぶやくと、シンジがまたケラケラ笑う。

「ずっと凍ってたままでも困るでしょ。それに凍った状態を維持するなら、相当魔力も使うしね。それより」

と、シンジはすぐ真上の開いた天井穴を指差してはしゃぐ。

「早くこの上に上がろうよ!」

 そうだべな、と勢いよく飛び出そうとするシンを、またもキショウが髪をひっぱってあわてて止める。

「だからそうやって考えなしに突っ込む癖を直せってーの!」

「いででで! キショウこそ、急に髪引っ張るのはやめてほしいだ!」

 シンが涙目で訴えるが、キショウは鼻を鳴らして、

「だったらお前もその突っ込んでくくせを直せっ」

と、反省の色なしである。もっともキショウの意見も一理いちりあるので、言い返せないのだが。

 双子が彼の言葉に黙ると、キショウはまた本を開かせ、そこに表示される地図を指差す。そこには地下二階の様子がうっすらと見て取れる。

「道は開けたが、この二階もクセモノだと思うんだ。見ろよこれ」

 と、キショウは地図を拡大して双子に見せ付ける。

「……なんだべ、このごちゃごちゃしてるの……」

「……あ、迷路?」

「そのとおり」

 双子の返答にキショウはそういって神妙しんみょうにうなずく。

「おそらく万が一入ってきた侵入者を、上に上げさせないための迷宮だろう。ただの迷路なら、この本さえあれば問題ないが、どうもそれだけじゃない気がするんだよな……」

 そういうキショウの表情は真剣だ。見かけは小人だが、厳しい表情をするときは、さすがは鬼の一族と言うべきか、威圧感やら緊張感が伝わってくる。双子は自分より小さなその小鬼の言葉に、いつになく真剣に地図を見つめる。

「そうだね……。この地下水路だってキショウがいなかったら、上に上がれなかっただろうし、ちゃんと準備して進めるって大事だよね」

 シンジが真剣なまなざしで兄のシンを見ると、あのシンも珍しく真剣な表情でうなずいた。

「だべな。準備は大事だべ。迷路をうろつくなら、体力も大事だべ。飯も食ったから、まず体力は心配いらねーだな」

 ……発言は相変わらずのようだ。

「ま、仕掛けは上に上がってみないと分からんだろうしな。また超古代文字のヒントを頼りに進むしかねぇな」

 シンの発言に少々不意を疲れたキショウは微笑んでそういった。

「じゃ、さっそく行ってみるだべ!」

 シンは飛翔ひしょうの術でふわりと浮かび上がると、キショウを頭に乗せてそのまま上の部屋へと身をすべらせた。続けてシンジが剣で壁を刺して足場にして上に登る。

 地下二階も、地下三階と同じ様にまっくらだった。古臭い、カビのような匂いが鼻にまとわりつく。シンジの浮かべたライトの術だけでは、とても奥まで見えない。それほど真っ暗なのだ。その暗闇の向こうまで、細長い通路が続いているようである。

「キショウ、どうだべ? 壁に何か、書いてあるだか?」

 頭の上できょろきょろとせわしない小鬼に、シンが声をかける。

「……あったな。シンジ、ライトを右の壁に寄せてくれ」

 うん、とシンジが一歩前に踏み出した途端とたんだ。ゴゴンと音を立て、つい今ほど三人が上がってきた通路、地下三階をつなぐ床が閉じた。思わず警戒するシンとシンジが後ろに向けて構えるが、特に異常は感じられない。しかし視界はますます真っ暗になり、暗闇が重くのしかかってきた。

「心配するな。トラップ系ではなさそうだ。だが……」

 そういって、キショウは壁の文字を目で追う。

「『神の御加護ごかごを受けぬものは、迷宮でさまよい続けよ』……だとさ」

 壁の文字を読み、キショウはシンが開いた本を眺める。

「なるほどな、この壁の向こうに、地下一階に上がる道があるんだ」

 地図を眺め、迷路のつくりを把握はあくしたキショウは、地図を指差しながら双子に教える。

「この壁の向こう? んなら、いちいち迷路歩かねーでも、この壁壊せば上に上がれるんでねーべか?」

 そういって、シンが超古代文字が書かれた壁に触れる。その壁には複雑な模様が書いてあり、シンが手を置いた少し上に、奇妙なくぼみがあった。

「下手に触れるなよ、シン。その壁におそらく細工がある。そのくぼみ、何かはめるものだろう。そこにはめ込むアイテムがないなら開かないって仕組みなんだろ」

 キショウが腕組みして答えるその下で、シンはくぼみとにらめっこしている。何やら見覚えがある気がしたのだ。一方のシンジは急に首を傾げ、シンの持つ本をのぞき込んで絵を指差した。

「……ねぇ、シン。これさ、闇の石の位置がおかしいよ?」

「へ?」

 全く予想外な弟の質問に、シンが素頓狂すっとんきょうな声を上げる。

「これ見てよ、この地図。今いる地下二階と地下一階と、あとさっきまでいた地下三階が表示されてるでしょ? 緑の闇の石は、今ここには表示されてないのに……」

「……青い闇の石の反応が……出てるだな」

 三人がのぞくその地図は、かなり現在位置を拡大表示しているため、神殿内の地下部分だけが表示され、神殿の一階から上は表示されていない。にもかかわらず、本の魔法陣の表示は、青い闇の石が反応して光っていたのだ。

「これって、もしかして、地下に水の闇の石があるってことかな?」

 シンジが必死に興奮を押さえて質問すると、シンもうんうんと首を激しく振る。

「あ、ありえるだべ! ってことは、ペルソナがまだ闇の石を盗み終えていないってことかもしれないだべ!」

「表示をもっと詳しく見てみるか」

 今のシンの首振りで振り落とされたらしいキショウは、宙に浮いて、本の真上に浮かび上がって呪文を唱える。魔法陣内の地図はますます拡大され、現在位置がより鮮明に表示される。そのずっと奥の方に、闇の石の反応が出ているのだった。

「こりゃ怪しいな……。わざわざこの危険な場所に置いておくだなんて……。もしかして、この扉を開けるアイテムが……この闇の石なんじゃないか?」

 キショウの言葉に、双子はハッとその壁を見た。超古代文字が書かれ、今シンが触れているその壁、シンの手の真上にあるくぼみをよく見ると――。

「……ありえるだな……」

「この形なら……」

 そう、あの奇妙にゆがんだしずく形の穴が、そこには空いているのだった。



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