第7話 湖底の神殿

 コツカツと、ひんやりした空間を双子はゆっくり下っていた。滑らないよう氷の壁に手を付き、弟の後を一歩一歩、シンが進む。その目の前で、シンジが氷の剣を道の先に突き出しながら進んでいく。シンと同じように氷の壁を伝いながら、その剣先を水の中に突き出していく。その剣先からは冷気が噴出ふんしゅつし、触れた水をじわじわと凍らせていた。おかげで人が通れるだけのトンネルが出来ているのだ。そう、シンジは水を凍らせながら水の中に氷の穴を作り、そこを通って湖の底を目指しているのだ。確かにこれなら湖全体を凍らせるほどの魔力は使わない。

「しかし考えただべな~! 湖全部を凍らせるんでなくて、水の中に氷の道を作るとは!」

 さすがオラの弟、と感心する兄を尻目にシンジが不敵に笑う。

「いつもの僕では出来ないよ。でも、なんだかこの水はとても僕には相性がいいみたい。魔法の力を高めてくれるみたいなんだ。多分底に着くまでは、氷も持つと思うから、水が入ってくることはないと思うよ」

 と、双子がハラハラと楽しそうに進む中、一人キショウだけがまだ表情を曇らせていた。それに気がついたシンが肩の上のその小鬼に声をかける。

「なに難しい顔をしてるだべ?怖いだべか?」

「バカ言え、そんな訳あるか。オレが気にしてるのは、その建物のことさ」

 シンの問いかけを一笑し、キショウが言葉を続ける。

「建物を守る空気の膜だろ? なにか意味があるとしか思えない。意図的にこの湖の中に建物を沈め、外敵から何かを守っているんだろうな」

 その言葉にシンが目を輝かせる。

「何かを守る! まさに闇の石を守っているんだべな!! 超古代文明のアイテム、闇の石!これは超古代人が闇の石を守るために、その城を湖に沈めたに違いねーだ!!」

 はしゃぐシンに、珍しくキショウが笑顔を浮かべて同意する。

「そうだな、その可能性は高い。ただ一つ気なるのは……」

 そう言ってキショウがまた難しい顔に戻る。

「水に沈めた後、まるで誰かがまた訪れることが出来るかのように、工夫がされていることさ。わざわざ空気の膜まで張って……。一体何のためにだ?」

 自問自答するようなキショウの問いかけに、シンもまゆを寄せて考え込む。その二人の前で、シンジは氷の剣をくるくる回しながら水を凍らせる。

 シンジの作る氷のトンネルは、壁の向こう側である湖の中の様子がよく見えた。薄暗い水は思ったより透明度が高く、遠くの湖の底まで見えた。生憎あいにくの曇り空で水面は灰色に染まっていたが、晴れの日ならば光が注ぎ込んで、さぞかしきれいなことだろう。

 しばしの沈黙のあと、唐突とうとつにシンジが口を開いた。

「誰かが入れるように……って、もしかして、すでに一人入り込んでないかな?」

「……!」

 その言葉にシンが闇の石の本をあわてて開く。湖に潜ることで頭がいっぱいだった。

『クワエロ!』

 呪文と共に例の魔法陣が白く光り、今三人がいる場所を映し出した。光り輝き点滅する闇の石の絵、それは二つの絵が交互に光っていた。

「青と緑……。この緑の闇の石……」

「そう、ペルソナ。もしかしたらいるのかも」

 先ほどまでのワクワク感に加え、二人には緊張感も加わった。唯一話がイマイチ分からないキショウが、のん気に口をはさむ。

「ペルソナ? おまえらが探してる闇の石を、奪っているっていう悪党……だったっけ?」

「そうだべ! 人を傷つけたり、物を平気で壊す悪いやつだべ!」

「正確にはヤツが闇の石を集めているから阻止しているんだけどね」

 キショウの言葉に双子が口々に言う。

「でもすごく手ごわいんだ。アイツ、あの中に入れるほどの力があるなんて、ホントに只者じゃないよね。何をしてるんだろう?」

「そりゃもちろん、まだ手に入れてない闇の石を奪いに来ているんだべさ! それしか考えられないだべ!」

 弟の問いにシンは怒りもあらわに声を張る。

「ま、いずれにせよ、楽しく湖底の城を探索たんさく、とは言っていられなそうだな」

 双子の反応を見て、キショウがため息交じりにつぶやいた。


 しばらくして、シンジの作るトンネルは湖底の城へとたどり着いた。薄い膜に氷のトンネルがつながった途端とたん、三人の横を湿った空気が通り過ぎた。どこか古臭い、湿っぽい匂いのする風だった。膜の中の空気が、外の空気へとつながったのだ。

「す、すげーだべ…………!これが、湖の底の城だべな……!」

 辿たどり着くや否や、シンが城を見上げて感嘆かんたんの声をらす。灰色の城壁は薄黒く湿り、重々しい感じがした。シンたちの学校と大して変わらないその大きな城は、城というよりも神殿のようだった。城壁を囲むように太い柱が何本も立ち並び、それぞれに細やかな細工が施されていた。不可思議な文様の柱の上には、うっすらと光る光の玉があった。おそらく魔法で光っているのだろう。その柱の向こうの城壁に、一ヶ所、入り口らしきものが見えた。双子は自然とその入り口に向かって歩き出していた。

「それにしたってすごいな、これは……。こりゃ、明らかに今の技術じゃないだろ……」

 シンの頭の上で、キショウも感心した様子できょろきょろと周りを見てつぶやく。

「この柱の光、ただの光じゃないな……。柱の文様を見た限り、この城を守る防御システムか何かだ。もしや、この空気の膜もこの光で作ってるんじゃないか……?」

「キショウから見ても、これすごいんだね。僕らもこんな建物見たことないよ」

 シンジが答えるとシンもうなずき、興奮で鼻息あらく言葉を続ける。

「これはまさに、オラ達の活動にふさわしい調査だべな! 謎の建物発見! しかもこの中に例の闇の石があるだべよ! くうぅ~! 興奮してきただべ!!」

「興奮するのは構わんが、ちょっと冷静になって行動しようぜ」

 興奮する双子に釘を刺すようにキショウが言う。思わず双子の視線が集まる。

「いいか、そのペルソナとかいう手ごわい敵もいるかもしれないんだろ? しかもこの城はオレたちは初めて入るわけだ。もしかしたらそのペルソナは、この城については大分詳しいかもしれないからな。ちょっとは策を考えてから進んだ方がいいんじゃないのか?」

 その言葉にシンジが足を止め、つられてシンも歩みを止める。

「そうだね、確かに! 今僕達は敵の城に乗り込もうとしているようなもんだもんね。万が一ペルソナと出会ったときのことを考えておくことは大事だよ!」

「……万が一っていうか、闇の石を狙うなら、確実に会うんじゃねーの?」

 思わずキショウが口をはさむ。

「だべな……。でもまずは城の中を調べて、それから石のありかとか、ペルソナの位置を知って、それからでないと、何もできないだべよ?」

 いかにも早く中に入りたいと言わんばかりに、シンが足踏みしながら発言する。それを見て、シンジもそれはそうだけど、と口をへの字にする。こういうとき、双子の好奇心の行動力はすさまじい。このままでは突っ込みかねないと心配したのか、見かねてまたキショウが口をはさむ。

「まぁ待て。今日は調べるだけで終わりにしたっていいだろ? 大体、こうやって湖の底にいけると分かっただけでも十分だ。イキナリ中に突っ込んでいく必要はないだろ。それに」

 そこでキショウは表情冷たく付け加えた。

「闇の石をとって来るとか、ペルソナを退治するとか、そこまでオレは手伝う気はないんだしな」

「ひどーい! いいじゃない、もうちょっと手伝ってくれたって!」

 キショウの冷たい発言に、思わずシンジがほほを膨らませる。これにはシンも怒る。

「そうだべ! と、いうか、イヤでも巻き込んでやるだべよ!」

 と、言うなり、シンは突然入り口に向かって駆け出した。

「な! バカ!! 何の考えもなしに入るんじゃねぇ!!」

 シンの頭の上に乗っていたキショウは、突然走り出す彼の髪にしがみつきながら叫んだ――が、もう遅い。シンは奇妙な彫刻にはさまれた入り口を駆け抜け、暗い城内に足を踏み入れた。それを追うような形でシンジも後を追う。重い空気が城内には立ち込めており、その空気にシンが思わず足を止めたその直後だ。


 フォオオオオン……と空気を震わせるような、奇妙な音が彼らの足元に響いた。三人が床を見つめるや否や、その床にゆっくりと光の模様が浮かび上がった。

「やばっ……!これ召喚用の魔法陣かな!?」

「いや、これは……!」

 シンジの問いに、キショウが答えるよりも早く、空間に女の声が響いた。

「水の古代神殿に、ペルソナ様の許可なく侵入する者は、古代邪教徒撃退の罠に導いてさし上げましょう……」

 その直後だった。双子の足者がうっすらと透明になり、抵抗する間もなく、床がすっぽりと消えてなくなってしまった。

「だぁあああああ~!!!!」

「ぅえええええ~~ッ!?」

 双子と一匹の姿は、その悲鳴と共に、そのまま薄暗い床下の底へと飲み込まれてしまった……。

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