第3章 双子、湖で大冒険!

第1話 沈黙の期間

 青白い光が所々にうっすらと光っていた。湿気に侵食された石の床に壁は、どんよりと黒い色が染み付いている。空気もどんよりと重く、ひんやりとその空間を包んでいた。そんな薄暗い空間に、同じように漆黒しっこくの影が身動きもせずに立っていた。

 ――ペルソナだった。

 相変わらずの真っ白な仮面には空洞の黒い目が大きく開かれ、不気味にゆがみ笑う口元からは、聞こえるか聞こえないかくらいの小さく暗い声がれていた。何かを暗誦あんしょうするその声は、空間同様に異様な不気味さを漂わせ、空気に溶けるように響いては消えていった。細長く、影のように伸びる彼のマントの切れ目から、白い袖が伸び、その先には服と同様に青白い手と指先。その手は彼の胸の前で何かを抱えるように置かれ、その両手のひらの間で、ぼんやりとした光が白みがかった緑色に輝いていた。

 男の暗誦にあわせ、その光は徐々に光の強さを強めていった。

「――さあ……一つ目の封印といこうか……。闇の石よ!!」

 ペルソナが低い声で叫ぶと、それに呼応こおうするように、彼の両手の光が一際強い光を放った。そしてその光を中心に、低く響く低音のような波動が空間を駆け抜けた。それはまるで心臓が血液を体中に送り出すように力強く、でも静かに石造りの空間を通り抜けて、そのまま外へと響き渡った。それと同時に、地響きのような音が空間を震わせていく。

 その反応に満足するように、仮面の男の口から、鼻で笑うような笑みがこぼれた。

「……何千何万という時を超え……いまだにその力を失わぬとはな……。いや、それは片割れも同様か……」

 しばらくその光を見つめているようだったが、沈黙の後、男は光を支える両手に力を込めた。またもそれに反応するように、緑色の光はその勢いを強める。

「我が闇の力に勝てると思うな……。光があれば闇も当然あるのだからな……」

 また鼓動のような波動が光から発せられ、それと同時に地響きが通り抜けた。それはまるで大地の鼓動のように……。



1,沈黙の期間


 徐々に蒸し暑くなって、夏の訪れを感じ始める時期だった。真っ暗な外から、静かな雨の音が聞こえてくる。じめじめと湿っぽく、空気は肌にまとわり付くような、そんな雨の夜だった。

 双子はいつものように寮の自分達の部屋にいた。兄であるシンは、窓ガラスにはりつくように外を見ていた。表情はぼんやりとして、見るからに外の雨にうんざりしているようだ。

「シンー。そろそろお風呂に行こうか? ガイも迎えに来る時間だよ」

 そんなシンに、机に向かっていた弟のシンジが向き直って問いかける。シンが生返事していると、シンジも彼越しにその場から外を見る。

「ああ、また雨なんだ。こういう時期を梅雨って、昔の人は言ったらしいよ」

 シンジはそう言ってシンの隣にやってきて、彼と同じように外を見る。

「雨だと、明日も校庭では遊べないだべな……。ここ一週間くらい遊んでない気がするだー!」

 隣のシンジに訴えるようにシンが言うと、シンジも首をひねって答える。

「そういえばそうだね。ここんとこ、ずっと雨だったもんね。ま、僕は久しぶりで気持ちいいけど、みんなと遊べないのはつまらないね……」

「シンジは雨はあんまり関係ないだべよな……。泳ぎにでも行ったほうがいっそのこといいかも知れないだべ」

 シンジの発言にうらやましそうにシンがぼやく。シンジは水の属性を持つため、雨はむしろ歓迎なのだ。雨が当たっても、風邪を引く、体が冷える、といったことはなく、体はどうともない。水の中でも行動は制限されない体質なのだ。

 そんな会話をしている最中、突然ぐらりと家がゆれた。家具が倒れるほどではないが、割と大きな地震だ。ズズズと低音の地響きが聞こえ、がたがたと寮全体が震えた。

「……また地震だべな……」

「……うん。……あ、止まったね」

 地震があったのは数十秒程度だろうか。沈黙して地震のゆれを感じていた双子だったが、その対応は冷静なものだった。特別あわてる様子もない。それもそのはず、

「今日は三回目だね」

「ここ一週間くらい、地震が続いているだべな……」

 双子が言うとおり、ここのところセイランの町は地震が続いていた。家が壊れるほど大きい地震ではないのだが、体感できる地震としては決して小さいものではなかった。町の新聞でも取り上げられてはいるのだが、調査隊の調べでも大きな危険は見つかっていないらしい。気にはなるものの、大きく騒ぐほどではないらしい。

「そういえば、今日の新聞でも地震の話載ってたよ。地割れもないけど、震源地は海の方ではなくて、大陸の方なんだって」

 思い出したようにシンジが言うと、そこでシンは初めて振り向いた。

「地震の原因分かっただべか?」

「ううん、わかんないって。でもこのセイランのある大陸って、そんな大きな火山もないのに、おかしいって、それは騒がれているみたいだけど」

 シンの言葉に、ふるふると首を振ってシンジが言うと、シンも興味をなくして、また窓を見る。

「そういえば、新聞にももうペルソナのこと、載らないだべな……。あれからペルソナもデルタも、姿を現さねぇだ……」

 シンの言葉にシンジもうーん、とうなだれる。

 そうなのだ。彼らとデルタが対戦してから、デルタが化けていたデュオは忽然と姿を消した。当然、強盗ごうとう強盗未遂ごうとうみすいと、学校の時計破壊という器物破損きぶつはそんの罪で、ペルソナとデルタは指名手配されていた。連続で、しかもそれが世界に名高いセイランの魔術学校で起こった事件と言うだけあって、その時は町の新聞にも大きく取りざたされていた。連日新聞には犯人を推測する学者や専門家の意見が載り、非常に騒がれていたのだが、それはもはや一ヶ月以上前の話。あのデルタとの対戦以来、ペルソナの動きはなく、なんの手がかりもないまま時間だけが過ぎていた。さすがに新聞にも彼らの話も載らなくなってきていた。

 シンの発言に、シンジは机の上に置きっぱなしの黒く古びた本を見た。闇の石の組み込まれた超古代文明時代の本である。この本のおかげで闇の石を見つけることができ、ペルソナの悪事も妨害できたのだが……。

「本のほうも、まったく反応しなくなっちゃったしね……。手がかりをつかみようがないからな……」

 そうぼやいて、シンジは小さくため息をつく。

 この一ヶ月、シン達「超古代文明探検隊」は何もしていなかったわけではない。本を例の呪文で発動させ、闇の石の在り処を突き止めようと悪戦苦闘していた。しかし残念なことに、魔法陣に地図は浮かび上がっても、肝心の闇の石の光が発生しなかったのだ。

 ガイの推測では『闇の石のある場所が遠すぎて、今の地図の範囲にはないんじゃない?』との事だったので、彼らは本を片手にうろうろとあちこち出歩いていた。時には双子が、時にはヨウサが、時には級長のフタバも巻き込んで、彼らは本を片手にうろついてみた。ところが本は反応しないばかりか、本を狙ってきてもいいような、ペルソナやデルタですら、遭遇そうぐうしなかったのだ。そんなことが繰り返されるうち、彼らの気持ちもえてきて、本を持って出歩く回数も減り、ここのところ雨だったこともあって、この一週間はまったく活動していなかったのだ。

 シンはしばらく黙って、シンジ同様に机の上の本を眺めていたが、息を大きく吸い込んで、弟の方を向いた。

「シンジ……。明日、久しぶりに本持って歩いてみるだべか?」

 唐突とうとつにシンが問うと、シンジも振り向いて、軽く笑ってうなずいた。

「最近、探してなかったしね。明日も雨っぽいから、久しぶりに探しにいこっか。かさでもさして」

「……だべな! 明日はちょうどお休みだべさ! じっくり探しに行くにはいいだべな!」

 弟の反応にシンも笑顔で答え、勢いよく立ち上がった。

「そうと決まれば今日は早く寝るだべ! さ、シンジ、寝る準備するだべよ!」

「それはいいけど……お風呂が先だよ?」

 そんな会話をしながら、双子は窓から離れた。その窓の向こうでは、重たい雨がまだまだ降り続いていた。


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