第14話 初対決! 仮面の盗賊

 時間は、夜の九時を回った頃だろうか。セイラン町の中央図書館には、全く人の気配は伺えなかった。そんな図書館の庭に一際強い一陣の風が吹き抜けた。風はくるくるとうずを巻き、一瞬黒い影が走ったかと思うと、風の中から黒い闇が細い糸のように現れた。それはみるみる大きくなって、布のかすれる音がしたかと思うと、風を切るように大きく黒いマントがはためいた。マントの広がりと共に現れたのは、白銀の髪をした長身の男だった。ばさりとマントを翻し、男は図書館のほうを振り向いた。その顔には真っ白い顔面にぽっかり明いた空洞の瞳の仮面をつけていた。……ペルソナだ。

 ペルソナはその空洞の瞳で図書館を見渡した。そして、ある一ヶ所で目線がとまった。

「……どうやらあの部屋にありそうだな……」

 そう彼はつぶやくと、再び軽く周りを見渡し、正面玄関に向けて歩き出した。静まり返った図書館の庭に、石畳を歩く靴のカツコツという音が響いた。ペルソナが正面玄関にたどり着くと、大きなその木製の扉には、鍵がかけてあるのが伺えた。扉の中心にぼんやりと光る魔方陣が見え、扉全体がうっすらと白く光っている。セキュリティの役目を果たす魔法の鍵だ。下手に開ければ当然セキュリティが働き、警備魔法が発動する仕組みだ。下手をしたら警備用の召喚魔獣が現れることもある。

「……フ、防御システムか」

 鍵に気がついた仮面の男は静かにその左手を魔方陣にかざした。その次の瞬間、魔方陣はくるくると回転し、男の手のひらに吸い込まれるように縮小して消えていった。魔方陣が消えれば、鍵は解除されたも同然だ。先ほどまで光っていた扉は光を失い、押せば開くただの扉となった。

 ペルソナはその扉を静かに押し開けた。扉のきしむ音が無人の館内に必要以上に響き渡たる。だがそんなことは全くお構いなしに、ペルソナはなんの躊躇ちゅうちょもなく館内に足を踏み入れた。堂々たる侵入だ。

 目の前の受付カウンターを横切り、一階の本や部屋には目もくれず、男は左右対称に設置された木の階段の左側を上りはじめた。歩くたび、沈黙した館内に階段のきしむ音が響き、それが余計に館内の静けさを際立たせていた。

 二階に上がると、ペルソナはある一ヶ所に向けてそのペースを崩すことなく足音を響かせ続けた。規則的な足音が、月明かりがうっすらと差し込む廊下に響いた。

「……ふむ……」

 廊下の角を曲がりすぎた時、ペルソナは歩みを止めず、少し顔を上げて先の扉を見つめているように見えた。心なしかその仮面にひたいについている宝石のような模様が、うっすらと光っているように見える。

「間違いない……。目的の物はこの先にある……」

 何かの確信を得たかのようにつぶやいた、その直後だった。突然歩みを止め、ペルソナは勢いよく振り向き、同時に左手を後ろに向けて突き出した。まるで、背後の何者かに術を放つかのように。

 しかし、その背後には何も居なかった。しかしそのペルソナの左手にはうっすらと紫色の光が放たれていた。何か術を使ったらしい。

「……何者かが私の気配をうかがっていたようだな……」

 ペルソナはその左手を納めながら言った。しばらく背後を伺い、沈黙して何か物思いにふけっていたようだが、すぐにきびすを返し、再び扉に向けて歩き出した。何か考え込むほど、彼を追っていた気配が只者でなかったということであろう。今までの平淡へいたんな態度とは違い、その歩み方から少々苛立いらだちのようなものが見え隠れした。

 しかし、彼が再び歩みを止めるのはすぐだった。数歩歩んだところで、再びペルソナは動きを止めた。しばしの沈黙後、振り向きもせず唐突にペルソナは声を発した。

「……誰か、私の後を追っているな……。誰だ」

 一瞬の沈黙後、唐突に足音が静かに響いた。ペルソナではない、もっと歩幅の小さい子どもの足音だ。ペルソナが歩いてきた廊下の奥、曲がり角の闇の中からうっすらと現れたのは……。

「ごめんなさい、夜中に……。今日返す本を忘れてて……」

 ちょっと恥ずかしそうに笑う一人の少女だった。黒い靴と靴下の上に、青っぽい上着をはおり、その頭をその上着のフードで隠していた。いかにも人にばれないように工夫した服装だ。ペルソナ同様、こっそり図書館に侵入しようと思っていたのだろう。

「どうしても今日のうちに本返したかったんです。遅れてごめんなさい。期限過ぎちゃうと怒られるから、急ぎたかったんです! 管理人さんが居たら返そうと思って……。よかった、まだ帰ってなかったんですね!」

 おそらくは正面玄関が開いていたから、そこから入ったのだろう。堂々と館内に侵入したペルソナの様子を、もしかしたら遠くで見ていたのかもしれない。その堂々たる様子に、彼が泥棒だという思いは微塵みじんも持たなかったのだろう。加えて、今ペルソナが後ろを向いていることが幸いしたというのだろうか。ペルソナのその格好は後ろ向きにはマントしか見えず、少女は彼を図書館の管理人と勘違いしているようだ。怯える様子など一切なく、笑顔で後ろ向きの男に小走りに近づいてきた。

「残念だが、私は管理人などではない」

 少女が彼の姿を確認できる位置まで近づいた時、これ以上近づくのを制するかのように、ペルソナが再び声を上げた。

「……え?」

 予想外の返答に、少女の足が止まる。立ち止まった少女の目の前で、ペルソナは振り返った。息を飲むような小さな悲鳴を上げて、少女は一歩後ろに引いた。それもそのはずだ。目の前の管理人と思った人物は、全く予想できない、不気味なお面をつけた男だったのだから。

 硬直してしまった少女をよそに、ペルソナは言葉を続けた。

「危害を加える気はないが……。見られてしまった以上、放っては置けんな」

 初めは警戒していたペルソナだったが、背後の気配がただの少女と知って、心なしか声は優しかった。ただ腑に落ちない点はあった。これほど至近距離――廊下の角のあたりまでだから、数メートルといったところか――に近づくまで、ちっともその気配を感じさせなかったことだ。ペルソナ自身、普通の術者相手なら、気配を感じることも、また自分の気配を感じさせないこともたやすいはずなのだから。

 そんなペルソナの思いを知らない少女は、ペルソナのその言葉に危機感を感じたのか、また一歩後じさる。だが、今度はペルソナの予想に反して、少女がにらみつけてきた。

「あ、あなた一体何者なの!? ど、泥棒!?」

 精一杯の声を張り上げて少女が叫ぶように質問してきた。この状況で堂々と質問してくる様から、少女は見た目以上に強気な人物のようだ。でもさすがに恐怖心は押さえられないらしく、その声はわずかに振るえ、身体は緊張のあまりこわばっている。

 ペルソナは少女の反応に若干感心していた様子だったが、すぐに顔を上げ言葉を続けた。

「致し方なくな……。貴女には悪いが……目的を達成するまで、眠っていてもらおうか」

 そういってペルソナがその左手をかざすと、その手がうっすらと光を放ち始めた。術を発動しようとしているのだ。

 少女がまた一歩、後じさったその次の瞬間。

 ペルソナが術を放つよりも速く、にらみ合う二人の間で窓ガラスが勢いよく割れた。ガラスがくだける激しい音と共にペルソナに向かって一つの火球がつっこんできた。いち早くその火球に気付いたペルソナは、その左手を少女の方向から火球の方向にずらし、マントを払うように腕でなぎ払い、火球を打ち消した。

 それに立て続いて、がしゃんとガラスが床にくだけ落ちた音に続き、じゃりっというガラスと床がこすれる音が二つ響いた。

 ペルソナは火球の来た方向から、少女の居た方向に顔を向けた。あの数秒の間に、彼と少女の間には二人の少年が立ちふさがっていた。彼らには見覚えがあった。赤い少年と青い少年――。

「またあっただべな!」

 赤髪の少年、シンがにらみつけながら、ペルソナに口を開いた。

「悪いことしようとしてたの、ちゃーんと見ちゃったからね!」

 シンに続いて青髪の少年、シンジが腰を落とした低姿勢の構えのまま、シンと同様ペルソナをにらみつけて言った。

「ヨウサに悪さしようとしただべな! 許さねーだべよ!」

 シンの発言に、少女がフードを外す。きれいなピンクの髪に大きなエメラルド色の瞳……ヨウサだった。

 ヨウサは図書館に侵入する振りをして、ペルソナに近づき鎌をかけたのだ。彼女はガイの術を使い、自分の気配を環境と一体化させていた。だからこそ、あのペルソナも背後数メートルに近づくまでその存在に気がつかなかったのだ。もっとも、彼女の唯一の誤算は、敵が扉を開ける前に、自分に気がついてしまったことなのだが。

「……まさか、再び私の前に現れるとはな……」

 事の真相を悟ったペルソナが、にらみつけるように仮面の空洞の目で二人を見つめ、声を発した。少年二人の突然な登場に、いつもは感情を感じさせない冷たい声が、軽く怒気を含んでいた。言いながらペルソナは払った左手をマントの中に納める。

「へへん、おめーのことだべ! オラたちの気配を感じたら現れないと思って、ちゃんと準備していたべよ!!」

 一方で、双子はこの部屋の真下の外に待機していた。もちろん、彼らもガイの術によって完全に気配を消していたのだ。だからこそ、ペルソナに攻撃を仕掛けるその瞬間まで、気配を悟らせなかったのだ。

「さっきの発言、しっかり聞かせてもらったからね! お前のせいで僕らは時計を壊した悪者扱いだ!! ちゃんと盗んだもの、返してもらうよ!」

 続けてシンジも声を上げ、二人の少年は少女を守るように姿勢をとった。いつでも戦いに入れるようにとの戦闘態勢の構えだ。その様子に、今まで何の構えもしていなかったペルソナが初めてその姿勢を変えた。彼らに対して左斜めに立ち、その左手でマントを払い、腕を出した。マントの切れ目から、彼の白い服装が見えた。この姿勢が、いつでも術を出せるようにとのペルソナの構えだろう。

「フ……。まさかこんな子どもに、この私が欺かれるとはな……。よくぞ私の目を逃れて、間合いに入ったものだ」

 ペルソナが感心したように言うと、シンがにやりと笑って返す。

「おめーがオラたちをナメすぎてただよ!! これでもオラたちは魔術学校の生徒だべ!!」

「なるほど……。だが、子ども二人で私に立ち向かおうというのは、ずいぶん無謀むぼうだな」

「無謀かどうか、試してみたら?」

 ペルソナが無表情の声で言うと、今度はシンジが挑発するように言った。その発言にペルソナは鼻で笑う。

「フ……よかろう……。お前達の力、見せてもらおうか」

 今度はその声にうっすらと笑いを含ませ、ペルソナが言った。その姿勢とその左手から、強力な魔力がにじみ出ていることが分かる。

 双子は構えと目線を敵に向けたまま、声をかわす。

「何使ってくるかわからねーだべ……。なるべく距離をとって攻めるだべよ!」

「わかった!」

「二人とも、無茶はしないでよ!」

 二人の会話にヨウサが混じって、心配そうに声をかける。その言葉に二人は、目線はペルソナに向けたまま、笑って返した。

「わかってるだべ! ヨウサも離れているだべよ!」

「最悪の時は、ヨウサちゃん連れて逃げ出すしね!」

 言うが早いが、シンがその両手を身体の前にあわせて呪文を唱えた。

火燄カエン!』

 たちまちシンのあわせた両手からボッと燃える音がして、燃え盛る火球が現れた。

「ほう…』

 その様子にペルソナが声を上げる。

「先ほどの術はお前のか…」

「はっ!!」

 シンはそんなペルソナの発言を無視して、その火球を、まるでボールを当てるかのように投げつけた。術者の手を離れた魔法の炎は勢いよくペルソナに向かって突撃してきた。

 が、炎があたるよりも先に、ペルソナのマントが勢いよくひるがえされ、そのマントで身を守るかのように身体をおおうと、まるで壁に当たってくだける水玉のように、火球はあっけなくマントに当ってくだけた。

「残念ながら、一度使った術は見切っている」

 マントを払い戻しながらペルソナが言い放つ。最初のガラスを割った火球で、すでに術の力量は測られているようだった。

水柱スイチュウ!』

 間髪入れず、今度は水の柱が突然床から噴出してきた。勢いよく廊下の上を突進してくる水の流れを、壁に張り付くように紙一重でさらりとペルソナはかわす。

「そちらの青い子どもは水の使い手か」

 水流をかわしきり、少年の方を見てペルソナがつぶやく。水の流れの発生地点に、しゃがみこんだシンジが両手を床に向けて術発動の構えのままペルソナをにらんでいた。

 休む暇を与えず、シンが再び術発動のそぶりを見せているのを、ペルソナは視界の隅で確認していたのだろう。反撃に出た。

『フレイ!』

 聞きなれない呪文だった。

 呪文にはっとする間もなく、左手から放たれたその魔法は、シンジから少し離れた地点で術の発動準備に掛かっていたシンに突撃してきた。

 シンの放つ火球とはまた違う。炎の色に怪しげな黒い光が見えた。確認するや否や、シンは術発動の姿勢から防御の構えを取る。がそれとほぼ同時に敵の魔法がシンを直撃した。

「シン!」

「シンくん!?」

 炎の破裂音と共に、シンジとヨウサの声が飛ぶ。ズズズッと靴と床のこすれる音がして、炎を受けたシンは衝撃で壁に追いやられる。だが、その立った状態の体制は崩さなかった。身体の前で交差された両腕からは薄く煙があがり、シンが苦痛に顔を歪める。明らかにその両腕にはやけどの跡が見え、その様子にシンジが息を飲む。

「シンが炎系の魔法で傷を受けるなんて……!?」

 驚くのも無理はなかった。炎の術を使うシンにとって、炎の魔法でダメージを受けることは今までなかったからだ。それだけ敵の魔法の威力が高いのだ。思わずひやりとした。

「人の心配をしている場合ではないぞ」

 ペルソナの声にシンジが我に返ると、敵はすでに自分の方を向き、魔法の発動直前だった。

『アクイア!』

 再び聞きなれない呪文と同時に、今度はペルソナの左手から鋭い水流が怪しく光りながら突進する。かわす暇はない。シンジは即座に右手をかざし、それと同時に呪文を唱えた。

氷刃ヒョウジン!!』

 シンジの右手から一瞬にしてすさまじい冷気が一直線に吐き出された。それはペルソナの放った水流と激突し、シンジの目の前で激しく氷結を始め、一瞬にして凍りついた。

 そしてまるでガラスがくだけるような音がして、氷はバラバラにくだけ散った。くだけた氷は四方八方へ飛び散り、月光を浴びてキラキラと輝く。シンジの姿が、その氷のきらめきに霞んで見えた。

「相殺したか」

 微塵も悔しがる様子も驚く様子もない。まるで予想していた結果であるかのようにペルソナが声を発した。その一方で、降り注ぐ氷の隙間から、急な術の発動の反動でシンジがよろめくのが見えた。

「勝負あったな」

 ペルソナが間髪入れず、その左手をかざしたその時だ。ペルソナの視界の隅で、予想外なことが起こった。

「……!」

 ペルソナが気配に気付いてシンの方向を向いた時にはすでに、シンがその両手を彼の方に向けてかざしていた。やけどで痛む腕を震えながらもめいっぱいに伸ばし、その両手の前には、うっすらと赤く光る円と、その中に不思議な模様がくっきりと浮かび上がっていた。

 それを見てペルソナは確信した。あれは、炎系の召喚魔法の魔方陣だった。

 ペルソナが気付くのとほぼ同時だった。シンは魔方陣の向こう側で呪文を発動した。

炎精エンセイ召喚!!』

 ペルソナがシンジにむけた左手を、すかさずシンの方に向ける。その左手の目の前で、召喚された無数の炎がいっせいにペルソナを包み込んだ。激しく炎が燃える轟音ごうおんに覆われ、一瞬ペルソナの姿が炎に飲まれる。

 しかし、それは本当に一瞬だった。

 ペルソナのかざした左手から球体上に薄い光の壁が発生し、彼の姿を覆っていた。防御壁だ。炎はその防御壁に覆われ、その光の壁をすべるように消え失せた。

 召喚魔法といえば、なかなか扱う術者はいない、それなりの高等魔術だ。それを年端もいかないこんな子どもが発動するとは、ペルソナにとっても予想外だった。しかしそれですら、いとも簡単にはじくペルソナも、半端でない術者であるということだ。

小癪こしゃくな真似を……」

 ペルソナが苛立いらだちげにつぶやいたその時だった。風を切り裂く音がして、ペルソナの左手に青い光が走った。その次の瞬間にはペルソナの左掌から真っ赤な鮮血が滴り落ちる。

 ……シンジだ。

 ペルソナの防御壁が消えると同時に、そのふところに飛び込んだのだ。シンジの右手にはいつの間にか水色に光る剣が握られていた。その刀身は透明な水のように美しく、うっすらと冷気をはらんでいた。

 そう、ペルソナの術を相殺したシンジの魔法は、ただの氷系の魔法ではなかったのだ。あれは氷の魔力を集め、自身の武器を作り出す特殊な魔術。あくまで反撃のためだけではなく、すでにそこから先の攻撃も見据え、その上での術の発動だったのだ。

 しかし、ペルソナはその傷に驚く隙も見せず、今度はその右手で大きくマントを払った。その動作にあわせて、すさまじい強風が吹き、その風は懐に入ったシンジを勢いよく間合いの外に追い出した。

「うわあ!」

「いでっ!」

 シンジと一緒に、壁際に居たシンまでも、ヨウサの足元近くまで吹き飛ばされた。

「もおーっ!! あと少しだったのに!」

「いでででで…! 今ので腕を擦っただよ~!」

 肩で息をしながら、傷の痛みが続くにも関わらず、それでも敵をにらみつけてくるその少年達を、離れた位置から見下ろすようにペルソナが視線を向けていた。

「フフ……くっくっくっく……」

 二人の予想に反して、ペルソナは唐突に笑い出した。その声は冷たい響きのまま、不気味な雰囲気をかもし出しながら、しかしどこか愉しげに、男は笑っていた。

「……むッ」

「一体何がおかしいだ!!」

 そんなペルソナの様子に、双子は意味が分からず噛み付くように問う。ペルソナはその左手を折り曲げて仮面の目の前に持ってくる。その左手からは赤い雫がぽたぽたと落ち、その白い服を赤くにじませていた。まるでその左手を見て、愉快だと言うかのように、ペルソナは再び笑った。

「フフフ……。まさかこの私が、こんな子どもから傷を受けるとはな。私自身、傷を受けるのは久しぶりだ。……確かに、少々見くびっていたようだ……」

 ペルソナがその左手に右手をかざすと、いとも簡単に傷口が消えた。まるで撫でて傷が消えるかのように。その様子に双子は息を飲む。回復魔法も使いこなす術者とは、やはり敵は手ごわい。

「だが、お前達ではこの私には勝てない。おとなしく手を引くことだな」

 まるで二人の考えを読むかのごとく、敵は冷たく言い放った。その言葉に再び双子が食いかかろうとした次の瞬間だ。ペルソナを中心に、黒い圧力が風となって三人に襲いかかった。ざわざわした不気味な感覚に三人が悲鳴を上げる。

「キャッ!」

「なんて魔力……!」

「……!!」

 恐怖を抱かせるような強力な黒い闇の波動だ。身体に当たった途端とたん、その不気味な気配は、まるで毛穴から侵入するように、ぞわぞわと伝わってきた。その波動を直に受けて、三人の背筋に冷たいものが走る。

 それでも勇気を振り絞ろうとするシンとシンジに、今度はペルソナが左手をかざし、またうっすらとてのひらを紫色に光らせた。すると……

「えっ……!?」

「あ、足が動かねーだ……!」

 まるで凍りついたように、二人の足が床に張り付いてしまった。必死に動かそうともがく二人に、ペルソナが冷たくその声を響かせた。

「無駄だ。私の闇の波動を受けてその術を受けたら、しばらくは動けん。体内の闇の気が消えるまではな」

 そういって、ペルソナはくるりと三人に背を向ける。そう、目的であるその部屋に入るために。

 双子だけでなくヨウサも、その様子にはっとする。

 ……まただ。また目の前で、闇の石が盗まれてしまう!

 焦るように二人が再びもがき、声を大にして叫んだ。

「くっそーッ! 待てぇっ!!」

「てめー! 待つだっ!!!!」

 二人の叫び声を背に、ペルソナがその扉に手をかけた。ギギギと木がきしむ音がして、その重い扉がゆっくりと開かれた……。


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