№170

 幽霊ってあんなにはっきり見える物なんですね。びっくりしました。

――穂波さんは大学生の時にカラオケボックスでアルバイトをしていたという。

 駅近の普通に繁盛している店でした。休みの日なんてほぼ満室で・・・・・・でも1室だけ貸しちゃいけない部屋があったんです。そこは機械の調子に波があるから・・・・・・とアルバイトには説明されていました。でも社員が何度かその部屋にお客さんを入れているのを見て「何してんだ?」と首をひねっていました。今思い出すとその部屋に通されたお客さんは皆、一人で来たお客さんでした。特にその部屋を意識したこともなかったんですが、その日、使用後の部屋を清掃に行く途中、その部屋からか細い声が聞こえてきました。女性がアカペラで歌っているようでした。その時、その部屋は空室のはずでした。他の部屋を使っているグループがいたずらで入っているんだろうかと、ドアに付いているはめ殺しの窓から中をのぞき込みました。しかし人影は見当たりません。ドアを開けると歌声がやみましたが、誰かが息をのむ気配がしました。「すみませーん」となんとなく謝りながら入ると冷たい空気が頬をなでました。その日も今みたいな気候だったんで、閉め切ってる部屋なんかは蒸し暑いはずなんですが。でも部屋を見渡しても誰も居ないし、空調だって点いていません。なんか怖くなってきて、急いで部屋を出ようとしたとき、後ろからまた歌が聞こえたんです。とっさに振り返りました。誰も居ません。だけどよく見ると、壁が一部波打ってるんです。チープな造りなんで、湿気か何かで浮いているのかと顔を近づけてよく見ました。しかし、すぐに部屋から逃げ出しました。ほんの10センチくらいで気づいたんです。それが顔の形になっているって。顔面が壁紙の中から突き出している感じで、波打っているのは口の部分を動かしていたんです。受付に戻ると社員の上司が俺を見てびっくりした顔をしました。見たものを必死で説明しながら、自分の見間違いかも、そんなことより頭おかしいと思われてクビになるかもと、だんだん冷静になっていきました。一方上司は真面目な顔でうんうんと、話を聞いてくれたんですがとんでもないことを言い出しました。例の部屋は本当は機械不備なんてないそうです。以前からその部屋で撮った写真は必ず知らない顔が映り込むとかで、お客さんの一部で心霊系の噂が立っていたそうなんです。「写真を撮らなかったら大丈夫なんだよ」そこで俺はピンときました。一人客ならそうそう写真を撮ることがない。だから一人客だけ入れていたのか、と。そして上司は冷静な口調のまま言いました。「今日見たもの、本社には黙っていてくれる? これ以上問題抱えたくないんだよね」

 あれから10年たちますけど、その店、まだあるんですよ。

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